51話 辺境伯の嫡男です
結城レイこと、私はこっそりと訪問者の後ろに回り込み、サプライズで姿を現すか、様子見として隠れているか迷っていたけど、なんか面白そうな展開になりそうなので、ミステリアスレイちゃんとして現れることに決めました。
なんだか失礼な言葉を吐く商人。既にかなりの暴利を貪っており、その上こちらを見下しているのがあからさまに分かる失礼な態度。
一介の行商人であり、しかもこの瘴気の渦巻く街に来なければ儲けることもできない商才のない男が、テンナン子爵は偽物ですと、こちらを擁護するどころか、相手に告げ口をして、しかも証人になるとも言っている。
不愉快です。私はにこやかな笑みを見せつつ、内心では少し不機嫌となります。こーゆー相手はもれなくその行動に見合った報酬を差し上げないといけないと思うのです。
見かけはまったく怒っていない。口調も穏やかで耳心地の良い柔らかな声。誰も不機嫌だとは、不愉快だとは気づいていないが、一人だけ気づいた者がいます。
気づいた人間、即ちおったんは私の事をよく知っているため、内心で震えてすぐに行動に移す。
「なかなか面白い事を言うな。貴様は商人だったかな? 痩せたのが悪いと言うのかね? キオ伯爵代理、そのようなことを口走る事を良しとするのかな?」
商人を責めるのではなく、ここはあえてキオへと言葉をかけるおったん。まずいとお爺さん武者は顔を焦りで歪めて、キオはなぜか私をじーっと見ていた。おったんの言葉も聞こえてないようです。
「もちろん、檜野辺境伯の意思ではありませぬ。若様、若様、そうですよね?」
肩に手をかけられて、初めて話しかけられたことに気づいたとばかりにハッとすると、キオはコクコクと子供のように頷く。
「そ、そうです。この商人はただ私たちの移動に乗り合わせた者。その証言は檜野辺境伯の意思ではないことを明言致します」
貴族を偽物呼ばわりして、実は本物であった場合、とんでもないこととなる。辺境伯といえど、お詫びに幾ら払って良いかわからないほどの失態だ。しかも相手は名ばかりとはいえ、皇族であるレイ皇女の代官なのである。
身分の詐称は重罪だ。それとなく貴族と思わせるといった態度ならグレーであるが、おったんはテンナン子爵だと自己紹介をした。そして、それは辺境伯相手であり、皇女も後ろで否定しないのであれば、たとえ偽物であっても疑う余地などない。
安全策をとるキオに、商人がまずいと顔面を蒼白にする。この失態がどうなるか、この先、手に取るようにわかるからだ。
「そ、そんな!? この者はテンナン子爵ではありませぬ。信じてください、キオ様!」
だからこそ、失態を挽回しようと、さらに悪手を選んでしまった。
「私の証明は簡単だ。レイ皇女様が認めてくださるし、私の強化服の生体認証はテンナン子爵だと認識してくれる。本来は行商人ごときにここまで言う必要はないのだが、貴様の末路がわかっている身としては、せめてもの慈悲として教えてあげてもよいだろうよ。連れて行け、この者の財産を没収。牢屋に投獄し全ての財産を回収するまでは外に出すな」
「そ、そんな!? この男がテンナン子爵の訳が無い! こんな怖そうな男のはずがないのです。キオ様、お助けを〜」
泣き叫ぶ商人に、キオは助ける理由もなくあっさりと見捨てる。さすがは貴族、優しそうな少年に見えても怖いですね。
「あの者の店は辺境伯の街にあります。後ほどご説明致しましょう、姫」
手を差し出して、キオが笑いかけてくるので、おぉ、お店あったのかと、ラッキーと内心でガッツポーズ。良い情報をくれたキオと握手。
「よしなに」
ニコリと微笑み、思い掛けずザマァができちゃったとは思いますが、徴税官に渡す税金どうしよう。今年はテンナン子爵から回収したお金を使いましょうか。それに先程の行商人から回収する予定の財産もありますしね。後はおったんに任せましょう、そうしましょう。
他力本願これに極まれりといった感じですが、おったんは分体です。小躍りして喜んで仕事をしてくれるはずです。
「ではご案内いたしますね、檜野辺境伯代理」
「よろしくお願い申し上げます、姫。よろしければ、キオと呼んで頂ければ幸いです」
「わかりました。それではキオ、街へと案内致します」
檜野辺境伯代理とか長いから、呼び名が面倒くさいと思っていたら、察してくれたキオに感謝です。
では、街へとご案内〜。
◇
街は収穫祭で騒がしいです。一年に一回のお祭り。しかも今年は食べ物も潤沢にあり、お肉もあれば、お酒もある。皆は陽気に騒いでいます。
「皇女様にかんぱーい!」
「皇女様に!」
「皇女様に!」
屋台がそこかしこに建てられて、お肉がジュ~ジュ~と焼かれて良い匂いと香ばしい煙。そして木のコップに日本酒をなみなみと注いで、大人たちが乾杯しています。その横で子供たちもジュースを手に取り、乾杯と笑顔でコクコクと飲んでいる。
「皇女様にと呼ばれておりますので、少し失礼いたしますね」
フラフラと私は皆のところに合流しようとして、なぜか身体が浮きました。もしや『浮遊』の固有スキルも取り戻したかなと思っていたら、おったんの不機嫌そうな声が聞こえます。どうやら襟首を掴まれていた模様。
「お嬢様、今は辺境伯代理をご案内しているところだろう? 祭りに加わるところではないと思うが?」
『ずりーよ! 私も純米大吟醸飲みたい! こいつら、すぐに帰ると思うか? 酒が飲み尽くされるまでに帰ると思う?』
顰めっつらのおったんですが、内心でお酒の心配をしてます。私もお菓子やジュースが無くならないか心配です。あれからダンジョンの浅層を頑張って探索しまくって宝箱をたくさん開けてきたのに、私の分が無くなるとかありえません。
二人の心は一つになり、檜野辺境伯代理であるキオたちをさっさと追い出そうと心に誓う。どうでも良いことでは心が同じになる実にしょうもない二人であった。
「テンナン子爵、レイ姫に対して少し不敬でないだろうか?」
そこで止めたのがキオです。少しきつい目つきで、襟首を掴むおったんへと注意をします。たしかに他の皇族に対してこんなことをやったら大変そうです。
「失礼。ですが私はお嬢様の教育係も務めているのでね。礼儀作法に外れる行動を取る場合は、少しだけきつい行動を取るように許されているのですよ」
肩を竦めると、悪気はないと飄々とした風で答えるおったん。いつ教育係に就任したのでしょう。リコールはどこの部署に伝えると良いんですかね。
それなら仕方ないかと、不満を持つがキオは口を噤む。教育ならば、今の行動はたしかに………とか呟いています。どうやら私の味方はいないようです。
ならば、方向性を変えるまで。焼き鳥や焼き肉はぼーっとしていると無くなるのです。
「たしかに失礼しました。キオに私の街の美味しいジュースやお菓子、お肉などを試食してほしかったので、ついつい失礼な行動をとってしまいました」
楚々と頬に手を当てて哀しげに微笑みます。その態度は世間知らずの深窓のお嬢様といった感じで、その哀しげな笑みに同情する檜野辺境伯の皆さん。その中でもキオは身を乗り出すように私へと近づいて手を握ってきました。
「レイ姫の御心をわからずに申し訳ありません。もちろん頂きます!」
どうやら美味しい料理を食べたいのは同じようです、食いしん坊なのは子供の特権ですよね!
キオは首元に手を添えると、なにかを操作します。と、キオの顔が金属のヘルメットで覆われた光景へと早変わりして、小さなタイルとなって、バタバタと折り畳まれると、服に納まっていきました。
ありゃ、強化服を稼働させていたのですね。用心深いというか、過保護というか━━━。
「若様っ! ヘルメットを脱いではいけませぬ。この地は魔に汚染された街。この耐え難い臭い匂いと、背筋を寒くする不可思議な力がわかりませぬか!」
物凄く失礼なことを口にして、爺やと呼ばれた老人が、目を剥いてワナワナと身体を震わせてキオを制止しようと声を荒げる。
ですが、キオは不思議そうな顔で鼻を蠢かせてから、首を傾げると爺やに向き直る。
「爺や、嫌な匂いなどないぞ? それどころか心を軽くするような優しい花の香りだ。これのどこが臭いのだ?」
「は? そんなわけがありませぬ。皆も同じ思いですぞ。なぁ、そなたら?」
同意を求める爺やに対して、連れてきたキオの兵士たちは首を縦にする。
「いえ……若様と同じです。良い匂いしかしませんが?」
「薄っすらとですが花の匂いしかしませんよ?」
おずおずと答えるのは、キオの連れてきた召し使いたちだ。若様に合わせて嘘をついているといった感じはなく、本当にそう思っていると爺やは気づき、その違和感に疑問に思い、なぜなのかと考え込む。
そうしてハッと気づくと慌てたように私へと振り返ります。
「レイ姫様。もしやこの匂い……魔に汚染された者たちだけが嫌な臭いだと感じるのですか!?」
そうなのだ。キオも召し使いたちもまったく魔に汚染されていない。ヒイラギの力の影響を一切受けていないのだ。
おったんがパチリパチリとウィンクをしてくるので、その意図を正確に理解して、微かに頷き返す。
わかります、わかります。
ここは自慢しろって意味ですよね、自慢して褒められるのは大好きです。任せてください!
私はくるりと回転し、スカートを花のように広げて、舞うようにポーズを取ると、誰もが見惚れる笑みにて悪戯そうに舌をちろっと出す。
「その通りです。これは私が神聖術で作り上げた魔を追い払うヒイラギの木の力。魔獣を近寄られることはなく、瘴気から人々を守る奇跡の力なのです!」
バキューンと指を突きつけると、バターンとキオが倒れました。撃たれたふりをしてくるなんて、なかなかノリの良い少年です。
というか、せっかくのお祭りなのに、魔に汚染された身体では可哀想です。私が助けてあげましょう。
「貴方たちも魔に汚染された身体ではお祭りを楽しめないでしょう。浄化しちゃいますね」
『神術:太陽神の神灰』
『第三命術:気』
『第二命術:風』
『融合命術:浄化風刃』
焦げた軟骨の灰を混ぜると、気の形を風の刃に変えて、魔に汚染された爺やさんたちへと放ちます。浄化の刃はするりと吸い込まれると、檜野兵団を吹き飛ばす。
そして、毎度のことですが、皆さんの小鬼の角やら肌やらを元の健全なる人間の身体へと戻すのでした。
「こ、これは……!? 魔に汚染された身体が元に!? たしかに嫌な匂いが消えている。背筋を寒くする気配もない」
すぐに立ち上がる兵士たちですが、自分の身体をペタペタと触り、戸惑いと困惑の声をあげる。でも、そーゆーのもういいです。
「そのリアクションはもう飽きました。さぁ、皆さんで祭りを楽しみましょう!」
さぁ、お肉を食べに行きましょう。ほら、キオ、そこでいつまでも倒れたふりをしないでください。
まずは焼き鳥からいきましょう! なにか忘れているような気もしますが、お肉の方が大事ですよね。




