50話 呪われた街
オババは顔を顰めて叫ぶと、それはもう恐ろしい顔で杖を突きつけてくる。もはやその顔だけでホラーである。大人なら逃げ出し、子供ならギャン泣きすることは間違いない。
「儂は平仮名の読める情報通のオババ! どこのもんか知らぬが、この街、ラショウは呪われておる! もはやこの街は終わりじゃて。とく、去るがよかろう。見よ、魔に汚染された者たちの姿を!」
器用に指を鳴らして、合図を出すオババ。とても不自然だが、オババの恐ろしい顔に皆は圧倒されてしまい、なにも言わずに眺めている。
と、門の裏から魔物になりそうな人たちがよろよろとよろめきながらうめき声をあげて現れる。
「うぁー、でしゅ」
「がおーだよ、がおー」
「魔物でつ。おやつをくれないと悪戯するでつよ」
「あたちも、そのトカゲがほちい。かわって〜」
鬼の真っ赤な肌に、角を生やしていたり、背中に蝙蝠の羽を生やしてパタパタ羽ばたいたり、トカゲの身体に首から人の顔を生やしている者、最後の一人はトカゲの尻尾を引っ張って、代わってと駄々をこねていた。
皆は、魔物に堕ちかけている哀れな街の住人だった。というか、幼女だった。なんだかキグルミを着ているような気もするが、恐ろしくリアルな出来であるので判断に困るところだ。
なにせ鬼のキグルミであっても、その肌の質感は遠目には本物に見えるし、蝙蝠の羽は繊毛すら生えている。トカゲにしても、鱗の一つ一つが細かく作られており、どうやって作ったのかわからないレベルの出来であった。
「見よ! 今にも魔物に堕ちる寸前の青年たちを! ………ちょっと待っておれ」
オババはクワッと目を見開き、皆を驚かせると、歳に似合わず、スタタタと足早に幼女たちへと近づく。
「青年たちはどうしたのじゃ? ここまで練習してきた奴らは? なぜにお主らが来ているのじゃ?」
辺境伯の一行が来ると盗み聞きしたオババは、ここぞオババの出番じゃなと、張り切って劇団オババを設立。訪問者に不吉なる言葉を告げるオババ役をやることに決めたのだ。青年たちは魔物に堕ちる寸前の苦しんで徘徊する住民役である。ろくなことを考えないオババであるのは間違いない。
「酔っ払いってゆーのになっちゃったでしゅ」
「まじゅいおみずをひとくち飲んだだけで寝ちゃったよ」
「へべれけになったから、煎餅一枚でかわりまちた」
「大笑いをして、みんなでお歌歌ってりゅ」
面白そうなので、かわったのと無邪気な笑みで答える可愛らしい幼女たち。そこに全く悪気はない。遊ぶんだよと純粋な子供心からだ。
現在収穫祭が始まり酒が振る舞われている。そして、酒を初めて飲んだ青年たちは耐性がまったくなかった。ぐぬぬぬと、オババはうめき声をあげて、周囲からは魔物に堕ちそうだと、ドン引きされる形相となる。
見ろよ、魔物に堕ちそうだと、武者たちが刀に手を掛けるので、魔物に思われているぞと、嬉しそうに言葉を出す。
「気をつけるのじゃ! 決してこの地に長期間滞在してはならぬ! 撤収〜!」
このままでは、退治されるかもと恐れて、オババは幼女たちをカルガモのヒナのように連れて、スタコラサッサと去っていくのであった。
「………今のはなんだろう爺や?」
「わかりませぬ……ただこの地が魔に汚染された地域であるというのはおわかりになったと思います。あのおかしなオババが良い証拠です」
「そうだね……貴族に対してあんな事ができるのは、もはや頭が狂っているとしか思えないよね……」
怒涛の如き出現をして、嵐が去るように駆けてゆくオババ達を見て、キオは唖然として尋ねるが、どうやらこの地はおかしなところだとの実感は得たようであった。ある意味オババの目的は達成したと言えよう。
呆れつつも、あれがこの街に住むことによる魔の汚染の結果かなとキオがオババの狂乱としか思えない様子に納得しつつ、先に進もうとして、周りの部下たちが足を進めようとしないことに気づいた。
誰も彼も眉間に皺を寄せて、鼻を摘んでいる。そのことに訝しげになるキオへと爺やが嘆息しつつ、原因を告げる。
「若様、この地は恐ろしく臭いのです。それどころか、風邪でも引いたかのように、身体の震えが止まりませぬ。恐らくは瘴気のせいでしょう」
告げる爺やの顔は真剣そのものであり、冗談を口にしている様子はない。合わせて、他の部下たちも同じ考えであると頷いているので、ヘルメットに守られて匂いがわからないキオは真剣な顔で頷く。
「わかった。それほどに瘴気が強いのであれば、街に滞在しているだけでも危険かもしれない。体の異変を感じたら、すぐに言うように。いや、既に異変を感じているんだよな……。それなら部下たちは遠く離れた場所で野営をさせて、僕だけ挨拶に向かうのはどうだろうか?」
まさかヒイラギの花の匂いと葉の棘の魔を祓う力のせいだとは少しも思わずにキオは深刻な顔で提案する。
「いえ、なりませぬ。若様の護衛として我らは来ているのです。それを放置して、遠くで野営などと、領主様に叱責されればマシな方。処罰を受けるのは目に見えております。それに若様一人で滞在し、世話係の一人もいないとなれば、噂を聞いた宮廷雀たちは、ピーチクパーチクと檜野辺境伯の品格を疑う噂話をするでしょう。それでは困るのです」
この場所には数人の世話係として侍女や下女がついてきている。彼ら無しで滞在するとなれば、辺境伯の嫡男は召し使いの一人も用意できない無能なのかと言われるのは目に見えていた。
辺境伯の立場として、帝都の貴族たちと人脈を持ち様々な取引や勢力の維持を行う必要がある。爺やの言葉は説得力があった。
苦渋の決断だが仕方ないとため息を吐きつつ、召し使いたちと共に滞在することをキオは決めるのであった。
「それにもう出迎えの一団もいらしております。ここで兵士たちに踵を返させれば、まず間違いなく、我らの立場はまずくなるでしょう」
先触れの使者が伝えにいったので、遅まきながらも街から20人程度の兵士たちの一団が歩いてきていた。皆、革鎧に鉄の槍、騎馬に乗っている者など一人もおらず、貧乏な街だとその格好で示していた。
そのことに、内心で安堵しつつ自分たちの身なりを見れば萎縮して主導権はこちらになるだろうと、檜野辺境伯の兵士たちは思いながら整列する。キビキビとした動きを見れば、それだけで練度の低い兵士たちは威圧されるだろうとの思惑もある。
だが意外なことに、ラショウの兵士たちは立ち止まると、負けず劣らずキビキビとした動きですぐに横一列となった。
そのことに僅かに驚きを見せる檜野辺境伯の兵士たち。キオも同様で魔に汚染された街なので、皆はやる気がなく暗い顔をしていると、訪れる前に聞いた内容と齟齬があり、訝しげな顔となる。
「出迎えが遅れてしまい大変申し訳ない。檜野辺境伯の部隊でよろしいでしょうか?」
兵士たちの中で、唯一スーツを着込んでいる男が前に出てきて挨拶をしてくる。酷薄な顔つきの男で、油断ならない空気を醸し出しており、謝罪を口にしても目は笑っておらず冷え冷えとしており、本心はまったく謝っていないとわかる。
ダンジョンでしか手に入らない高価な服であるスーツを着込んでおり、その姿が至極似合っていた。
この地でスーツとは珍しいと思いつつも、礼を失してはいけないとキオも前に出ると柔らかな人に好感を与える笑顔を向ける。
辺境伯の嫡男として、礼儀作法はしっかりと学んでおり、このような挨拶は慣れているのだ。
「檜野辺境伯の嫡男、檜野キオと申します。本日は皇帝陛下の命により、第十三皇女結城レイ様に拝謁を求めに来ました」
皇帝陛下の命とのセリフに、眉をピクリとさせてスーツの男はなるほどと頷く。
「檜野キオ様にご挨拶を。私はテンナン相可と申します。畏れながらも皇帝陛下より子爵の地位を賜り、この地の代官として、レイ皇女様の右腕として勤めております」
「よろしくテンナン子爵。我らは多忙のため、皇女様に拝謁できれば、すぐに帰りますので短い間となりますがお世話になります」
この者がテンナン子爵なのかと、その鋭い目つきに知らず緊張しつつもキオは皇帝陛下の命のため暗にレイ皇女に会えなければ帰らないと告げる。
これで誤魔化すことは無理だ。もしも皇女が亡くなっていた場合は少し面倒なことになるかもと、テンナン子爵の身なりと態度から警戒感を強めると━━━。
「テンナン子爵ですと!? そなたがテンナン子爵だと言うのか!」
爺やが驚きの声を思わずといった感じであげる。その様子に涼しい顔でテンナン子爵は落ち着き払った様子で頷き返す。
「そのとおりです、なにか不審な点があるのでしょうか?」
「不審な点もなにも、前に帝都で会った時には、テンナン子爵はもっとふくよかな身体つきであったし……その、なんだ、そなたのような空気は纏っていなかった」
爺やはテンナン子爵はデブで小悪党のような雰囲気だとは言いたいが、さすがにそれを口にするのは失礼なので、口籠り言葉を濁して告げる。
「あぁ、どこかでお会いしましたか。申し訳ない、記憶になくてな。どこで出会ってたかな?」
「うむ、帝都にて五年程前の話だ。テンナン子爵が立身出世を求めて、武道大会への出場を目指し、訓練をしていた時だ」
「あぁ、そんな昔の話でしたか。その答えは簡単だ。この地での激務により痩せたのだよ」
なんでもないように答えるテンナン子爵の態度に不自然なところはない。たしかに五年前となれば、デブであれば、痩せれば姿格好は見違えるに違いない。
「いえ、テンナン子爵は去年はもっと太っておりました。それこそどこぞの豚かと思うような体格でしたぞ! この者はテンナン子爵を騙る別人です!」
言われてみればそうかもと納得しかけるキオたちに、商人が勢い込んで口を挟む。
「ほう……偽物だと言うのかね?」
「そ、そうだ! 檜野キオ様に申しあげます。この者はテンナン子爵を騙る偽物です。去年にお会いした私が証人となります!」
偽物と告げることで報酬が出るとでも思ったのだろう。薄笑いを浮かべつつ、商人は興奮したように得意げに告げてくる。浅はかな考えはこの地に来る程度の小者の行商人の限界でもあった。
貴族を偽物と告げる危険性がわかっていない。平民が証人となるならば、それ以上の存在がテンナン子爵であると証言すればよいのだ。
「さて、私の代官を偽物と断じるとは、なかなか失礼な言葉。それが檜野辺境伯の意思ということでよろしいですのね?」
凛とした少女の言葉が割り込み、皆が声の持ち主を探すと、いつの間にかキオたちの後ろに煌めくような銀髪の少女が薄く笑って立っていたのであった。




