5話 ステータスを手作りします
ヒナギクさんがわんわんと尻尾を振って、私の側仕えになって三日間が経過しました。その間、私は寝てました。まだまだのんべんだらりとしていたかったのです。睡眠欲って、いつ緩和されるのでしょう。普通の人たちは二度寝の誘惑にどうやって勝利しているのか聞いてみたいです。
「あ、霊術が破られました」
朝早く、ようやく寝ることに飽きてきた私はベッドから起きて元側仕えのメイドさんにかけた霊術が解かれたことに気づきました。
10日間ですか。結構保った方でしょう。素直で素朴な人間は霊術にかかりやすくもありますが、解けやすくもあります。実家の家族とか恋人とかが寄り添ったに違いありません。本命は恋人と夜に同衾したというところですかね。
まぁ、一人分の生気と霊気がぴったり稼げたのです。良いとしましょう。
まだ朝も早いようで、陽射しが弱い。ギチョンギチョンと謎の小鳥さんの声が聞こえてきます。まだヒナギクさんは起こしにはこないでしょう。私は早起きなので、太陽が真上に来るまで絶対に起こさないように厳命していたのです。
厳命。良い言葉ですね。権力の素晴らしさを感じます。是非、もっとこの屋敷での自分の権力を高めたいものです。
「ですが、一日寝ているのもそろそろ飽きてきましたし、起きますか。さすがに一日23時間寝ていたら、別のことをしたくなりました」
ベッドから降りると、ベッド脇に置いてあるベルをちらりと見て放置する。ヒナギクさんを呼ぶ前にやっておくことがあるのです。
「気になっていることがあるのですよね。私は膨大な霊気を持っていました。そんじょそこらの神よりも多い霊気です。ですが神気に変えたらほとんど消費してしまいました。これって、おかしいです。普段、神は普段使いをしている神気なのにです」
消耗が激しすぎる。これは重大なミスをしたと、ベッドの中でぬくぬくしながら、私はたまに推測していた。
───ということは、答えは一つです。
左手に冷たき青白い霊気を。右手に同量の炎のような赤い生気を呼び出す。最大消滅魔法を使うつもりはありません。
『神気錬成』
霊気だけではなく、生気を掛け合わす。二つの力が細い糸となり空へと浮くと、遺伝子図のように螺旋を描いて結合していく。
そうして、僅かな量の生気と霊気だけで、太陽のように輝く神々しい黄金色の糸へと変わった。神気です。たった1匙ほどの霊気と生気で錬成できちゃいました。そのことにチッと舌打ちしてしまう。
「やはりカラクリがありましたか。そもそも生気と霊気を合わせて使わないと作れない物だったんですね。ですが、人間は霊気を使えず、霊は生気を扱えない。……なるほどです、本来は私は失敗して消滅するはずだったんですね………」
あまりにも膨大な霊気を持っていたために、力技で神気が作れたのだろう。本来は失敗して霊気は霧散する予定だったに違いない。
「とすると『受肉』の神術を見せたのはわざと……。どうりで神域はいつもは結界が張ってあるのに、簡単に忍び込めたはずです。はめられてしまいました」
『神術:受肉蘇生』を使わせて、霊帝たる私を消滅させる作戦だったのだ。たぶん少し前にある霊術を作ろうとしていたのが気に障ったに違いない。お茶目な霊術なのに、神々がだいぶ慌てていたのを覚えている。滅ぼそうとしてきたので、反対に返り討ちにして霊気をごっそりと奪ったのが原因かもしれない。どうせ回復するのにケチ臭い神々です。
「まぁ、良いでしょう。こうして蘇生は成功しましたし、もはや異世界に来たとなれば神々は手を出せません。まぁ、失敗した時も考えて、異世界への転移に紛れ込ませたのでしょうけど」
肉体を手に入れたのだ。たとえ、謀略であっても感謝こそすれ、復讐するつもりはない。『神術:受肉』を盗み見て、使用したのは私だからだ。盗っ人の立場としては文句は言えません。
「それに1から成長するというのも面白いものです」
口元を歪めて凄みを見せて、これからの楽しそうな人生に期待の微笑みとなる。
『我が万霊の書よ。手元に現れよ』
声にあげて、手のひらに自分の霊気を集める。昔から頑張って少しずつ霊気を編んで作った物を呼び起こす。
手のひらに霊気が青白い炎となって吹き出すと、すぐに鎮火して一冊の本へと変わった。手元から僅かに浮いており、半透明の青白い炎で作られている百科事典のように分厚い本だ。
私の知識の源。どんなに霊気を喪っても、これだけは私の魂の奥底にあり消えることはありません。消える時は私が消える時です。
人間には見えず、霊と神だけが見ることができます。
ペラリと本が開き、私は確認する。私が作った霊術の数々が記されている秘術の本です。
第一階位から第十階位までランク付けをして、系統に分けて効果や発動条件、霊気の消耗量まで記載されています。私が全てを作り上げました。
名付けて『誰でも霊術使えちゃう本』です。簡単に霊術を使えるようになり、呪殺から驚かしまで簡単に使えるようになったので、友だちからは大人気で、ヤンヤヤンヤと褒められたのは懐かしいです。
「久しぶりに本に記載するとしますか」
人差し指に霊気の冷たき炎を呼び出すと、本へとつけて、サラサラと書いていく。人間の肉体の状況を忘れないようにするためである。
レイ
11歳?
魂の器:0
経験気 100/100
体力0
筋力0
命術レベル1 1回
霊術レベル1 1日1回
神術レベル?
基本技:『霊視』『幽体変化』
「こんなものでしょうか? 生気と霊気を掛け合わせて神気とし、成長のための経験気とする。むふふ、我ながら天才的ネーミングセンスかもしれません」
自画自賛して、胸を張る。むふんと鼻を鳴らしてご満悦だ。ネーミングセンスについては誰もツッコミがいないので、天才的なネーミングセンスで決定。
だいたいこんな感じでしょう。生気も霊気も数値化するのは簡単です。体力と筋力は目分量ということで。
「では、経験気を使用して創り上げた魂の器を強化しますか」
『魂の器』。これが小さいために内包できる生気も霊気も少ない。育ててパワーアップです。
『神術:器強化』
私の体を黄金のオーラが包み込み、髪が靡き身体能力が一気に高まる。魂の器が大きく育っていき、今までは赤ん坊のヨチヨチ歩きだったが、年齢相応へと筋肉と体力が宿る。
先程までは筋肉は新雪のように脆く、力をいくら入れても立ち上がるのも難しかったのに、今はしっかりと土台ができたように力を入れると手応えを感じる。ようやくまともに動けそうです。
ふふっ、と淡い花のように可憐な笑みが溢れて、喜びで舞うように体を揺らす。
レイ
11歳?
魂の器:1
経験気 0/5000
体力1
筋力1
命術レベル2 3/1
霊術レベル2 1日1回
神術レベル?
基本技:『霊視』『幽体変化』
ステータスは勝手に書き変わらないので、こんな感じかなとサラサラと書き換える。ステータス値が絶望的だけど、レベル1なので仕方ない。
命術はレベル1が3回。レベル2が1回使用可能という表記です。体に宿る生気からこれくらいの回数かなと推測して書きました。
回数制限を付けるのは、縛りによる術強化です。何かを代償にすると、その代わりに術が強化できる。昔で言えば、多くの者は晴れの日しか使えなかったり、鶏さんを生贄をしないといけなかったり、盗賊団だけにしか効かない等、術を強化していました。
私の場合は、汎用的に回数制限を作ることにより、命術の強化を行ったということです。これは器を大きくすれば回数制限も増えるという抜け道も作ってあります。
霊術はどんなに大量に保有していても、これからも常に1日1回しか使えません。これは霊術ならではの理由があるので仕方ないのです。
神術は受肉関連しか使わない予定ですし、これしか覚えていないので、詳しく書く必要はないでしょう。これから研究はしていく予定ですけどね。
「こんなもんですかね。ふむ、ワン・ツーターン」
バレエのように、足の爪先を立てて、くるくると回転する。ふわりと寝間着が花のように開き、テーブルにぶつかりひっくり返した。置かれていた花瓶が床に倒れて、水が絨毯にシミを作る。
ありぁと、花瓶を見て、絨毯を見て、顎にほっそりとした指をつけて考え込み、顔をあげる。
「……ヒナギクさーん。起きましたよ〜。なぜかテーブルの花瓶が倒れたので、掃除お願いします」
権力ってサイコーですよね。ごめんなさい、ヒナギクさん。
◇
ヒナギクさんが、事故現場を見て、ワヒャンと驚き雑巾を持ってきてくれた。
「ありがとうございます、ヒナギクさん。どうやら局地的なオカルトな現象が起きたようです。もしかして誰かが魔法を使ったのかもしれません。そろそろ、右手から闇の炎が出ませんか?」
「そんなことで魔術を使う方はいませんよ、皇女様。命知らずにも程があります。そして私の手からは何も出ません。厨二病は治癒済みです」
床に座って、フキフキと雑巾がけをしてくれるヒナギクさん。魔法と言っても、普通の表情で馬鹿らしいとか思わないみたいです。いえ、魔術と言いましたね。これは、厨二病なので魔術の存在を信じているか、本当に魔術があるかですね。
厨二病は治癒済みとのこと。どうやら本当に魔術はありそうです。ここは剣と魔術と権力モノの乙女ゲームの世界かもしれません。乙女ゲームって、文明レベルガン無視でケーキやアイスとか学校はともかく生徒会とかあるんですよ。異世界だからの一言で片付けて深く考えるのは止めましょう。
私は皇女に憑依しましたし、なんか虐められていますし。薄幸のいたいけな美少女になぜか憑依する主人公、あとは公爵とか皇太子が溺愛してくるパターンです。地球で人間が見ている電子書籍を盗み見て覚えました。
問題は憑依者は入れ替わったか、トラックに撥ねられるとかで憑依するのであって、憑依者が千年以上霊として漂っていたものではないというところでしょうか。
テンプレから外れていますし、そもそも主人公は異世界に堕とされた四人のような気がしますので、やっぱり乙女ゲーム展開はなさそうです。ヒーローは期待しないほうが良いでしょう。
つらつらとくだらないことを考えていると、フーと息を吐いて、汗を拭うヒナギクさん。お仕事を奪うのはいけませんが、それでも少しはお礼代わりに手伝いましょう。
レベル2の命術も検証したいですし。
とことことヒナギクさんの横に来ると、手を濡れた絨毯につける。水はだいたい拭われたが、湿っぽい。この程度なら効果はあるでしょう。
「なんでしょう、皇女様? えっと汚いので、いえ、絨毯なので少しだけ汚いでふ」
皇女様の住む部屋の絨毯を汚いと言うのは不敬だと思ったのか、わたわたと手を振り慌てるヒナギクさんの様子にクスリと笑いながら、手に生気を集中させていく。
「私の魔術を見せて差し上げようと思いまして。せっかくなので評価もください。満点でお願いしますね」
「えっ? ま、魔術? 皇女様っ、いけませんっ!」
「拍手をお願いします。喝采も付け加えると私は喜んじゃいます」
なぜか慌てるヒナギクさん。止めようと手を伸ばしてしますが、そこまで慌てなくても失敗などしません。
手のひらが生気で火傷するように熱くなり、発動できることを確信する。
『第二命術:風』
手のひらから温風が吹き出し始める。強い温風は寝間着をバタバタとはためかせて、まだ少しだけ寒かった部屋を温めていく。
そうして、絨毯が乾き───。
「あ、熱っ! だ、大丈夫でふか、皇女様! ああっ、こんなことに魔術を使うなんて! 肌に違和感はありませんか? 角とか生えていませんか?」
風に当たって、なぜかとても暑がるヒナギクさんだが、すぐに気を取り直すと私の身体をペタペタと触ってくる。
「ごめんなさい、ヒナギクさん。まだ私はそういうことのできる歳ではないのです」
冷めた目で淡々と答えます。ジェンダーレスのこのご時世。性は気にしませんがこの身体はまだまだ若すぎますので、ご遠慮します。
「ちっ、違います! 魔術は悪魔の術! 使うごとに魔物へと堕ちていくのです!」
泣きそうに目に涙を溜めて、ヒナギクさんは私の肩を掴んでくる。
「はぁ、そーゆーことでしたか」
なるほどです。どうやら魔術は危険な模様。なるほど、魔術は副作用があるのですねと私はのんびりと頷くのでした。
だから、魔物に堕ちるとか、汚染されたとか言ってたのですね。納得です。なかなか面白そうな世界ではありませんか。