48話 蓄財は少なかったです
「これだけなんですか?」
熱心に領主の仕事をすることにした、仕事に追われるか弱い美少女結城レイ。今は執務室でテンナン子爵の着服していた金銀財宝がどれくらいかおったんと一緒に確認しています。真面目に仕事をするので、おったんが取り上げたおやつの詰まったリュックサックは返してくれないでしょうか。
今はヒナギクズとガーベラズ、そして隊長さんとおったんがいます。
マホガニーの机に置かれた小さな宝石箱。開かれた中身はというと、予想外にしょぼかったです。小粒の宝石が二十個程度に、滑らかな銀色の電子マネーっぽいカードが一束と数枚あります。このカードはなんでしょうか?
「これは円ですよ、皇女様。えっと、世界全体で使えるので、普段使いされている結城円札よりも価値があります」
知識を伝えて役に立てることが嬉しいヒナギクさんが、小首を傾げて不思議そうな顔になる私へと、エヘヘとはにかみながら教えてくれます。いつも可愛らしい娘です。良い子なので、頭撫でちゃいます。
「あぁ、自国通貨もあるのですか。そうですよね、帝国と名乗るくらいなのですから、自国通貨が無ければ話になりません」
「だが、高度技術で作られた円の方が遥かに価値があるということだな。見ろ、このカードは自動充電式だ。カードの表面に電子で千円と映し出されたぞ」
一枚のカードを指先でつまみ、手品師のように回転させると、片眉を上げて皮肉げに見せてくるおったん。クールなできる男の演技が上手い男です。
とはいえ、たしかにカードの表面に金額が表示されている。おったんが見抜いたとおりに、銀色のカードは太陽光発電かなにかで充電できるようです。しかもカードは、紙のお札のように薄く軽いのに、紙よりも丈夫。この世界の技術は私がいた地球よりも少し上の技術だったのは間違いないようですね。
「合わせて三百万程度か………三年でこれだけ貯めたことを褒めれば良いのか、街の予算を横領したにしては少ないと無能呼ばわりすれば良いのか迷うところだ」
「食事を贅沢にしていたようですし、取り巻きにも甘い汁を吸わせないといけなかったのですから、この程度でも不思議はありませんね」
目を細めてカードをくるくると回転させ皮肉げに口元を歪めるおったんに、私もカードを回転させながら、推察を口にします。
「テンナン子爵は年に一度やってくる商人から大量の嗜好品を買い込んでおりました。この街は他に嗜好品を手に入れる方法がありません。なので、かなりぼったくられていたようです」
隊長さんが嘆息しながら、回収した金を見て話してくれる。街の人たちが魔に汚染されながらも苦労して育てた作物が、横領された結果、この程度であるのに複雑な思いなのだろう。
「それにこの街の作物の買取額もかなり安かったのだろう? 魔に汚染された作物など食べる者は貧困層だけだろうからな」
「はい、おったん様の仰るとおりです。それでも売れないよりはマシとタダ同然で売っていたようです。その結果蓄財もろくにできなかった。おったん様の仰りようだと、端金となります」
さすがはおったん。経営力が高く、早速この地の悪いところを把握してよいです。その頼もしい姿に、私は頼りになりますと目を光らせてお友だちへとアイコンタクト。ガーベラがなぜかおったんを見る目がギラついているような気がしますが、きっと光の加減でしょう。
「帝都に納める税金は幾らか調べました?」
「あぁ、この数年は変わっていない。お嬢様が赴任する数年前から百万円固定だな。恐らく徴税官はこの地に長居するのも嫌なのだろう。作物の収穫量などろくに検地しないで帰還している。街に来て二日後には出立しているようだ」
「かなり安い……ですが、今回の収穫量は昨年の10倍以上、捨て値で売っても、税金を納めるだけのお金は稼げるでしょう」
「前はススキのようだと言ってはいたが、酷い状況だったのだな。よくこの街で暮らせていたものだ」
おったんは不機嫌そうに、手にした札をテーブルに放り投げる。この数日間で資料を一通り読んだようです。私は資料を手にすることもなかったので、おったんを創って本当に良かった。実務は任せても大丈夫そうですね、お友だちが忍び足で、こっそりとリュックサックに近づいてます。
実るほど頭を垂れる稲穂かな。前はススキレベルでほとんど米は採れませんでした。10倍というと、神がかった収穫量に見えますが、普通に戻っただけなのです。一部神聖力もかかったお米もあるので、収穫量が20倍近いところもあったりしますが、そこは計算に入れなくても良いでしょう。
「きっと作物はまた安く買い叩かれるでしょうし、最低限の維持を出来る分だけ売り払い………」
「売り払い?」
「後はお酒にしましょう。お祭りにお酒は付き物ですものね」
にっこりと微笑んで、もうテンナン子爵の蓄財には興味をなくし、てってこと私は執務室を出るのでした。
『なぁ、強化服を稼働させるバッテリーコアが一個しかなかったんだけど、どうする? 壊れた博物館とかの地下にあるかな? あと、米は純米大吟醸でよろしく。麦もあるからウィスキーも頼むね? おっさんのガソリンだから。お酒はおっさんのガソリンだから』
なにか煩い幻聴が耳に入るので、シャットアウトしておきます。もちろんリュックサックはお友だちがゲットしました。
◇
街は一部でしたが、活気が出てきました。石畳をテコテコと歩いていくと、街の人たちが収穫祭に備えて、トンテンカンと屋台を作ってます。お肉を屋根からぶら下げて、部位ごとに切り分けている人たちや、収穫できた野菜を箱に入れて、えっちらおっちら運んでいる人たちもいます。
共通しているのが、皆笑顔で働いており、魔に汚染されていた痕はどこにもありません。
「ほら、あんた。収穫祭は明後日だよ。しっかりと準備しておかないとね!」
「カカア天下に秋の空、燻製肉の作る煙が立ち昇るってな」
「見なよ、この米の量。納める年貢が7割でも、余っちまうよ」
「今年は冬も腹をすかせないで大丈夫だねぇ」
人々のウキウキした嬉しそうな会話を耳にして、私もなんとなく嬉しくなっちゃいます。幸せそうで良かったです。頑張った甲斐があったというものです。
「えへへ、今年はお肉が食べられますよ、皇女様」
「うん、見てみて、皇女様、皆とっても元気です」
「前は暗い顔の人ばかりだったんですよ」
「うー、お肉色々〜。お祭りの日はたくさん食べましょう」
ヒナギクズの顔も翳りはなく、足取りは軽い。ふわふわとまるで雲の上を歩いているようです。
ぞろぞろと向かうは作物倉庫です。隊長さんには空いた壺をたくさん持ってくるように命じてます。
お友達たちが先頭で、ポテポテと歩きながら、歌を歌ってご機嫌でふんふんと手を振っている。
「おしゃけ〜、これからこーじょしゃまはおしゃけを作るの〜」
たぶんお酒がなんなのかわかっていません。美味しいものなんだろうなぁと、期待に満ちているので、がっかりさせないように、缶ジュースを後で渡しましょう。
『純米大吟醸〜、純米大吟醸〜。お嬢様は純米大吟醸を作るの〜』
おったんうるさい。領民をがっかりさせないように吟醸酒にします。量を作りたいですので。
「酒?」
「酒を作るのか?」
酒という言葉に超反応を示す領民の皆さん。
「そうです。今から皇女様がお酒を作ってくれます!」
ヒナギクさんが、フンスと胸を張り手をブンブンと振って告げると、領民の皆さんもついてきて、この間のように皆が集まってしまうのでした。
何棟も並んでいる倉庫。灰色の壁は分厚くしっかりとした造りで、蒲鉾型の倉庫での鉄筋コンクリート造に見えます。いえ、実際に鉄筋コンクリート造なのでしょう。そしていくつもの倉庫にぎっしりと仕舞ってある米俵。ですが五千人の消費量を考えると明らかに多すぎます。
「隊長さん、準備は良いですか?」
「はい。用意できるだけの壺を持ってきました」
急いで持ってきてくれたのか、汗だくで息も切れている隊長さんたち。せっせと兵士たちが運んできた大きめの水瓶がずらりと並んでます。
簡単な霊術なので、特にもったいぶった溜めもエフェクトも凝る必要はない。
五千人から貰う見物料は霊気2%。経験気4000点といったところですか。
ふぅ~と、呼気を整えて、パンと柏手を打つ。小さな音がして、私の足元から霧が生み出されて空へと浮いて、ポンと姿が変わる。その姿は小さな手乗りサイズの巫女服を着た少女たちだ。フリル付きの魔法少女を意識した可愛らしい巫女服で、全員美少女である。
『第三霊術:酒の妖精』
少女たちは酒の妖精である。酒の妖精は酒を作る代わりに、少しだけお酒を持っていくという昔からの杜氏の言い伝えですね。
そして、オカルトならば私の領分。実際に酒の妖精を創り出し、お酒を作っちゃいます。
おぉーーと、皆が騒然となる中で、酒の妖精たちは人差し指を米俵や麦袋に向ける。
そうして、息のあった動きで飛んだり跳ねたりと、可愛らしいキレのあるダンスを始める。ビジュアルも動きも一流で創作ダンスで優勝できそうな見事さを見せて、ダンスが進むごとに米俵が浮いていき、壺の前で破けると米をザザザと入れていく。
人々がダンスに目を奪われて、こんな舞は見たことないねと楽しんでいると、米が溶けて一瞬のうちに透明な澄酒へと変わるのであった。
霊術による驚異の酒造り。本来は必要な米に入れる他の素材は必要ではない。ぷ~んとお酒の匂いが壺からしてきて、くちゃいでしゅとお友だちたちが鼻を押さえて離れていっちゃう。たしかに子供はアルコールの匂いは嫌いだろう。
「ふむ、見事な酒だ。これほど簡単に作れるとは素晴らしい」
早速おったんがもっともらしい顔で、柄杓を壺に入れて、いつの間にか用意していた桝に入れてた。
淡々とした無感情の顔で単に仕事だから味わうといった雰囲気を見せてはいるけど、内心は━━。
『うひょー、酒だ。ダンスを肴に飲むとするか。なにかおつまみ的なものないかな? コクがあってキレもある。フルーティーな甘口かな? さすがは純米大吟醸!』
嬉しそうにグビグビ飲む酒好きなただのおっさんである。そしてその酒は純米大吟醸ではない。おったんには水に酒の香りをつけたもので良いかなとも考えるレイちゃんです。
おったんが酒利きをしていますといった風を出して、グビグビ飲んでいるのを見て、人々は顔を見合わせるとゴクリと喉を鳴らす。酒など、ここ数年飲んだことなどないからだ。
「お祭りに飲みましょう。隊長さん、酒蔵に仕舞ってください」
お楽しみはお祭りで。ふふふ、楽しいお祭りになりそうです。
クイクイ
「ん? なんですか、ヒナギクさん」
と、ヒナギクさんが裾を引っ張るので、顔を向けると、指を後ろへと向けて気まずそうな顔で口を開く。
「えっと、皇女様。先触れの方がお見えです……」
え? 先触れ? 先触れって、あれですよね、これから訪問しますよと偉い人の使者が伝えに来るやつ。もしかしてこの世界は商人もやるのかな?
くるりと振り返ると、小鬼の角を生やした兵士がいた。なんだか目を剥いて驚いているようですが、私の視線に気付くと慌てて跪く。
「お初にお目にかかります、第十三皇女結城レイ様。檜野辺境伯の配下、先触れのご連絡を申し上げます」
はぁ……辺境伯?
「檜野辺境伯が嫡男がご挨拶をと、この地へと向かっております。旅程では三日後となります」
はぁ………?
「よしなに」
なんだか面倒くさいことになりそうな予感。




