47話 おったん
くたびれたおっさんと悪魔王サタンが融合して生まれた究極生命体おったん。くたびれたおっさんはいらないと思うのだが、悪ふざけすることに世界をかけている霊帝とイザナミの前には馬の耳に念仏である。
霊帝の質の悪さを長い付き合いでこれでもかと知っているおったんは、霊帝に仕事をするように苦言を呈しながらも、諦め半分で街に戻ったらすぐさま現状の把握に動いた。
まず始めたのはこの街の税制についてである。資料を読み解くにつれ、その顔は険しくなり、苛立ちを示すように椅子の肘をトントンと指で叩く。
スラリとした脚を組み、ナイフのように鋭い目つきと冷徹なる顔立ち、程よく鍛えられて筋肉のついた中肉中背の姿はまさに黒幕かというほどに堂のいったものだ。
「この領地の税制は独立したもので自由に決められるのか。帝都には決められた税を納めれば良いと。こういうのをなんというのだったかな。封建制度とも言うのだったかな?」
酷薄なる口元を歪ませて、おったんが笑みらしきものを浮かべると、ますますあくどいおっさんに見えるが、笑みを向けられた相手はにこやかな笑顔で返してきた。
「はい。中等部でもそのような制度だと学びました。皇帝の下に王、公、そして貴族たちが支配しております。各領地は独立しており、自治に近いところがあるのでございます」
「皇帝といえど、直轄地以外は反乱でもなければ、税をしっかりと納めていれば手を出せないということか。しかしこの地は帝都に納める税が安い。安すぎる」
あり得ない安さなのだ。ほとんどタダと言っても良い。
なぜかおったんの側仕えに立候補したメイドのガーベラは、小さく頷いて同意を示す。執務室に案内してくれと執事に命じたら、なぜかガーベラが案内してくれたのである。執事たちはなぜかおったんが呼んでも近づいてくれることはなく、怖がって離れていった。視線の先はガーベラである。
ガーベラとしては、皇女に続く未知の者との認識であり、目論見を持って接してきている。その様子が口にしなくてもなんとなく悟っているおったんとしては面倒くさいから距離を取ってほしいと、さり気なく冷たくあしらうが、ガーベラはこの城の生き残った執事たちよりも優秀なために、どうしても頼らないといけないところがあると、優しくしないといけないかもと実に優柔不断なところをみせて、相反した思いに苦しんでいた。
しかし、表向きは平然とした数字だけで物事を考える冷酷な男であった。おったんはそういった演技は慣れている。今日は雨だから召喚されても寝てますと、サタニストの召喚時、代わりに行かされた事が多々あり、威厳と風格を見せる必要があるからだ。
魂と引き換えに取引をする悪魔役。魂とはいうが本当は霊気払い。人は霊気を全て奪われたら死ぬので魂と言っても過言ではないだろう。ちなみに善人も悪人も悪魔に殺されたものも、死んだら輪廻転生の輪に入るのは秘密である。
その中でも悪魔王であるサタン役は重要だ。生半可な儀式召喚ではサタンは召喚できないことにしている。召喚するには複雑な召喚儀式と、悪魔の憑依する体と、供物が必要である。供物に人間は論外、金銀財宝、牛とか豚とか鶏とかバームクーヘンとかだ。バームクーヘンの場合はなにがあっても霊帝が行くので、生肉の時が多い。
おったんとしては供物は縮れ麺の醤油ラーメンと半ライスが良いのだが、残念なことに大体供物は生肉である。人を供物にする場合は、大体は生贄にされそうな人間と親しき人間が助けに来ることになっている。天使が加護を与えた天使鎧というものを着た人間が助けに来て、サタニストたちは生贄の人間を殺す寸前で助けられてしまう。その後は因縁の戦いとして、助けられた人間もサタニストを滅ぼすべく戦いに加わったりと、三部構成の映画ばりの壮大なストーリーが始まったりもしていた。
これは人間を生贄にしても、生贄は対象外となり霊気も貰えず、なんの意味もないので、防止する意味もある。人間を無意味に殺すなんて霊気がもったいないという極めて合理的思考からなのだ。なので、供物は生肉が中心だ。
もちろん失敗して生贄の人間が殺されることもあるが、その場合、儀式に何らかの失敗があったということにして、必ず皆殺しとしている。それをサタニストたちも知っており、ニワカサタニストでもなければ、昨今のサタニストたちは人間の生贄は止めている。
生肉かよと、嫌々サタンが姿を現すと、人間たちは大興奮である。そして願いを言ってくるのだが、大体は世界の破滅や善なる者の全滅を願う。その場合、願った本人を殺し、霊気100%を貰う。その人間が死ねばその人間の世界は終わるからである。
一生使い切れぬ程の金をくれと願う場合は霊帝の隠し財産から金銀財宝をちょっぴり与えて、使い切る前に殺す。そうすれば、一生で使い切れぬ金を渡したことになる。この世にはいない絶世の美女が欲しいと願われたら、美少女ゲームをあげる。願い事を無限に増やしてほしいと言われたら、七夕に飾れば願うことはできるぞとと、願い事を書ける短冊を渡す。配下になるようにと願われればサタンのぬいぐるみをあげる。
力が欲しいと言われたときだけは別で、悪魔鎧という超常の鎧をあげることにしているが、それもサタンメイルは一人にしか与えることはできないから、既にサタンの悪魔鎧を持っている人を殺してねと伝えている。レア度を高めるためにサタンの鎧や他の大悪魔の悪魔鎧は世界で一つだけとしているためである。で、老衰でもなければ、サタンメイルを着込んだ人間に勝てるわけはないので殺される。
まぁ、悪魔との取引は絶対に穴があるという昔からの証明である。それでも人間はどうにか裏をかこうと召喚を続ける。サタンは召喚儀式が複雑な分、サービスとして壮大なエフェクトを魅せながら召喚される。
煙一つで出てくるのは下級悪魔やドジっ子女悪魔のみ。サタンはプレミア感を大事にしないとお客離れが起きるとは霊帝の言である。
そこで傲岸不遜にして威厳と風格、畏れを与えるために演技が必要なので、おったんは表向きは取り繕うことに慣れていた。
というわけで、究極生命体おったんはガーベラへ危険そうな冷酷な人物という第一印象を与えていた。
「この地は完全に見捨てられていたのだな、帝都に納める税率が五%。税率が安い分助けもないと。そして、今の税率は七十%。ふ、テンナン子爵というやつはだいぶ愚かだったようだ」
「愚かでございますか? かなりの蓄財をしていたように思われますが」
缶のココアと缶のミルクも開けて、カップに移して混ぜながらガーベラが首を傾げる。ウンウン、ミルクを少し混ぜると缶のココアはぐんと美味しくなるんだよねと思いながら、書かれている資料を叩く。
「どうせ帝都に戻るための裏金作りとでも思ってたようだが、この人口で重税で搾り取ってもたかがしれている。街が崩壊して責任をとる形で処刑だろうよ」
「ではなにか他に方法があるのでしょうか?」
ココアのカップとお茶受けの煎餅の乗ったお皿を執務机に置くガーベラへと肘をつきながら、馬鹿にしたように鋭い眼光を送る。内心はココアだ、やったねと思っているのは内緒である。お茶受けに煎餅は相性悪いよねとも思っていたりする。
「私なら死んだこととしてこの国から抜け出す。貴族の地位など金があればなんとでもなるものだ。多少の資金を持って、他国に逃亡一択だな。テンナン子爵の立場は詰んでいる。子爵の地位を与えられたから、その地位を守りたかったのだろうが……それも帝都の思惑通りだったのだろうよ」
もし子爵の地位を与えられることなく、ただの代官としてならば、確実に財産を持って逐電していたに違いない。子爵は功績で簡単に与えられる有象無象いる男爵と違い本物の貴族となる。子爵というそこそこ高い地位が与えられたのが枷となっているのだ。帝都のやり方の狡猾さに苦い笑いをしてしまう。
「とりあえず、税率は三割に変更する。兵士や召使いたちの人件費、武器などの軍事費、設備維持費を計算に入れてこれくらいだろうよ」
人口五千人、兵士五十人、召し使い五十人。役人五人。皇族の品格を維持するためだろうが、召し使いの数が多すぎる。
「召し使いを減らしたいが……お嬢様の世話とこの城の維持をするためには必須なんだろう。まぁ、三割でギリギリ維持できるだろうよ」
ほとんど人件費と維持に消えて、新しいことはできないだろうが、それでも良いだろう。たった五千人の人口の街だ。仕事も少なく、楽に違いない。
「ふむ……これではなにもできんな。とりあえずはテンナン子爵の屋敷から貯め込んだ財産は全て没収。まぁ、どうせ端金だろうが、ないよりはマシだろう。兵士長を呼んできてくれたまえ」
「端金ですか……かしこまりました。すぐに兵士長をお呼びします」
「あぁ、頼む。とりあえずは現状維持で様子を見るか」
現状維持は永遠の予定である。おったんも仕事を忙しくするつもりは毛頭ない。なにか新しいアイデアを考え込んでいるふりをすれば良いよねと、そういうもったいぶった演技は得意なおったんだ。全然自慢にならない特技である。
人間の肉体を手に入れたのだ。後はのんびりと釣りでもして悠々自適の生活を送ろうと、内心で小躍りしつつ、表向きはつまらなそうに資料を机に放り投げる。
釣り竿製作は霊帝にお願いしよう。おったんが作るとなぜかヒノキの棒に糸を括り付けただけの物となるので。
なんてホワイトな仕事につけたんだと、ニヤけそうになる口元を引き締めて、礼をして出ていくガーベラを見送る。
「この世界、漫画とかあるのかね、いや、お嬢様のスマホを借りるか。ダウンロードした漫画やゲームがないか見せてもらおう」
暇潰しを探すのも大変だねと喜びつつ、ココアを飲もうとして、どこにもないことに気づく。
あれれ、私のココアはと周りを探すと、机の下からニュッと小さなお手々が出てきて、煎餅の入った皿から煎餅を掴む。
コトリと煎餅を机に置くと皿ごと机の下に持っていってしまった。
「そこは一枚持っていくんだろ! なんで一枚残して全部持っていくわけ? どこの砂使いの犬だよ!」
呆れた声で机の下を覗き込むと、一人の少女と四人の幼女たちが隠れていました。銀髪の美少女が煎餅を咥えてキョトンとした顔で見上げてくる。
「かくれんぼをしておりました」
見つかったことを気にせず、悪気ゼロの霊帝。そして四人の幼女たちは小動物のようにそれぞれココアや煎餅を口にしていた。
「お煎餅っていうのしょっぱくてポリポリ固くて美味しいでしゅ」
「ぷはぁっ、ココアって甘くてホッとする味、おかわりでつ」
「きゃー、見つかっちゃった!」
「おやつって、かんどーでりゅ。幸せ〜」
「鬼はどこにいるんだよ! 答えてくれないかな? おっさんに教えてくれない?」
「貴方の心の中?」
霊帝の頬をむにゅーんと引っ張って、目を細めて凄むが、霊帝は煎餅を食べる手を止める様子はない。
「ちょうどよい。それでは領主としての仕事を――」
「鬼ごっこ開始です!」
霊帝は被せるように叫ぶと、五人はワーッと走り出し部屋をスタコラ出ていった。追いかけることが無駄だと知っているので、嘆息して座り直すとあくびをする。
「どうせ仕事なんかないんだからいいだろ、あ、釣り竿製作お願いしないとな」
ふんふんと鼻歌交じりにこの土地はどこらへんに釣りスポットがあるのかなと、おったんはワクワクしながら地図を探そうかなと思うのであった。
もちろんフラグを立てる一言だったのは言うまでもない。




