44話 部下を創ります
テンナン子爵との激戦は、可憐にして勇敢で可愛い第十三皇女結城レイの勝利で幕を閉じました。カンカンカーン。決め技はメスですけども剣気陣です。
とはいえ、勝利できたのは奇跡レベル。霊術が使えなければ、第三階位までレベルアップしていなければ、殺傷力の高い霧の世界の『ジャック・ザ・リッパー』でなければ強化服を着たテンナン子爵を倒すのは不可能でした。命術ではまだ倒せるレベルには至ってませんでしたからね。
運命のダイスは未だに私の味方のようです。まぁ、運命のダイス『ラプラス』って、私のことなんですけど。大昔から私が様々な賭けを考えて広めていたら、いつの間にか『ラプラス』と呼ばれるようになりました。なので、神の中で唯一ラプラスは存在しないのです。
なので、運だけで天を任せる選択肢では、私は決して負けることはないのです。漫画家相手でも、地下のおっさん相手でもチンチロリンで負けませんよ。
「さて、9割方勝っていたはずのテンナン子爵には申し訳ありませんが、勝利者である私が全てを貰い受けます」
首元が裂かれており血溜まりの中に息絶えているテンナン子爵を見下ろして、ゆっくりと手を差し出すと霊気を練る。霧の世界を利用し、道を迷わせて避難させておいたヒナギクさんたちが合流する前にやっておかないといけないことがあるのです。敵が死に『ジャック・ザ・リッパー』が解除されたので、慌てて私を探すヒナギクさんたちの姿が容易に想像できますからね。
「我が知識の源泉よ」
『万霊の書』
手のひらから蒼き光りが漏れ出すと、私の今までの知識を記載した本が姿を現し、パラパラと分厚いページが捲れて開く。
『万霊の書』。蒼く半透明の神秘的な光で形成されており、天使、悪魔、妖魔に妖し、命術、霊術、料理のレシピやゲームの裏技などあらゆる知識が記載されている万の知を持つ本。本から噴き出す霊気の風に、私の銀髪が靡き、神秘の光りが私を照らす。
「えっと……誰にしましょうか……。この人にしておきましょう」
ぺらぺら捲っていき、目当てのページを見つけたのでビリと破るとクシャクシャに丸めちゃう。丸めた紙へとさらに霊気を注ぎ込むと、小さな光球へと姿を変える。
これで準備オーケーです。
「さて、我が分体として目覚めよ、悪魔の中の悪魔、竜の三ツ首を持ち、蝙蝠の羽を生やし、獣の胴体である、テンナンと語呂が似ているサタン!」
『神術:受肉』
魂のないテンナン子爵へと生気と霊気を掛け合わせてた神気を注ぐ。テンナン子爵の首の切り傷が塞がり、綺麗な肌へと戻る。体内へと光球が入っていくと、その体が神々しい光に包まれるのであった。
「蘇るのじゃ〜、この電撃で〜ビリビリ〜」
両手をフリフリと上げて最後に少しふざけてしまいます。擬音まで口にしちゃいます。そうして神術は成功。バキバキと音がして、身体がビクビクと音がするとカエルのように跳ねて、ピタリと止まる。
「……お嬢様、語呂は合っていないと思うぞ?」
そうして、テンナン子爵の口から冷え切った声音が漏れ出るとゆっくりと立ち上がると、ギロリと睨んでくる。
「テンナンとサタンって合ってませんか? それにサタンはおっさんですけども、ミカエルは少女なので選択肢はありませんでした」
「ふむ……その選択肢に文句をつけることはできないようだ。なにせ最初に私を作ってくれたのだから」
濡れたような髪の毛を両手で押し上げてオールバックにするテンナン子爵。
いえ、私の分体にして、悪魔王サタン。あらゆる悪魔の王にして、災厄の化身、サタンと名乗ればだいたいの人は凄いと敬ってくれるか、魂がとられると恐怖してくれるお手軽な悪魔です。
私がイザナミちゃんと遊んでいたり、お昼寝している時など、忙しい時に分体として頑張ってくれるドローンの一人です。
ナイフのような鋭い目つきと、酷薄そうな顔立ち、中肉中背の体格、スーツを着たらエリートに見える中年男性。
「ここは霊帝陛下、蘇らせて頂きありがとうございますと跪き感激するところでは? 忠誠心マックスですと言葉では告げて、裏では良からぬ裏切りを計画するところでは? ノリが悪いですよサタン」
プンスコ怒って、口を尖らせて文句言っちゃいます。過剰に敬ってくれるのは眷属として当たり前のテンプレでしょうに。
「ご立腹はごもっともですが、私は万霊の書に記載されたAIのようなもの。この感情は偽りの演技。それがおわかりになっても、敬愛がほしいと仰る?」
「私は敬ってくれるなら、チャットボットでも良いです」
半眼のおっさんは嘆息すると、大袈裟に両手を掲げて、棒読みのセリフを口にする。
「おぉ、敬愛する霊帝よ。中略、建設的な話に移らないか?」
きっぱりと断言しちゃう私へと、適当な尊敬の言葉を連ねて……連ねてもいないですね。サタンはワーカーホリックだからつまらないです。
嘆息してジト目を向けながらも、話を戻すことにします。せっかくの霊帝陛下の凄いよイベントだったのにがっかりですよ、まったくもう。
「とりあえずは、オークの呪いを解いて、テンナン子爵は改心。呪いが解けた反動で記憶喪失になっちゃったということにしましょう」
「天才的な考えかと。それならば皆は納得し、ジト目になるでしょうが……それしかないか」
二人で顔を見合わせて、これなら問題ないねと頷く。記憶喪失。異世界転移のテンプレだ。まったく問題はない。激痩せしたからオークの呪いは説得力あります。普通に解くには適度な運動です。食事制限はリバウンドするのでお勧めしません。
ね、問題はないですよね? と思ったら睨んできて━━。
「そんなわけ無いだろ! ねぇ、それが問題はないのは美少女か二枚目の青年までだよ。おっさんが記憶喪失だと言ったら酔ってるのかと交番行きだよ! 良くて病院行きだよ? それは大変でしたねと保護してくれる美少女はフィクションだけ!」
腰を屈めて、ガタガタと震え始めるへたれなサタン。先程までの冷徹な空気がかき消えて、くたびれたおっさんにジョブチェンジしちゃった。
「やはりいつもと変わりませんでしたか。くたびれたおっさんと悪魔王サタンが合体した究極なる生命体おっさたんよ。語呂が悪いのでおったん」
分体の設定変えたっけと、少し不安に思いましたが、いつもどおりで安心です。
「いらないんだけど? どうして設定で『実はくたびれたおっさんである』という一文を加えたわけ? そこはかっこいいダンディなおっさんとかだろ! どこらへんに究極がかかっているか答えてみろよ!」
「イザナミちゃんが流行りはくたびれたおっさんだといって書き換えました。くたびれたおっさんが異世界転移すると、いきなりバリバリ働くようになると言ってたんだよね。働くおっさんは究極生命体ですよ」
イザナミちゃんが死の神ごっこをしたいと言うから、バームクーヘン一個で、サタンの設定を任せました。
「それは漫画の中だけ! フィクションだから! 本当にくたびれたおっさんは、環境変わってチートスキルを得てもダラダラするから! 環境変わったくらいで、くたびれたおっさんがバリバリ働く訳ないだろ! 不労所得を目指して宝くじを買うだけだから!」
ふんぬと興奮気味に力説するおったん。実にくたびれたおっさんのことを知っている。さすがはサタン、頼りになります。
「くっ……本当はかっこいい妖しいダンディな男になる予定だったのに……。記憶喪失でマジにいけると思うのですか?」
イザナミちゃんが設定書き換えちゃいました。バームクーヘン二個奢ってくれると言うんで。ちゃんと憑依する人間も用意してくれましたしね。
「マジって、おっさんしか使わないらしいから大丈夫ですよ、たぶん、きっと、メイビー」
私は信じています。おったんの力を!
「だから、後は自分で考えてくださいね」
女神のような麗しい微笑みでお任せします。任せましたよ、おったん。だから独立採算制でいきましょう。私、仕事したくないです。
「ぬぉぉぉ……駄目だ、こいつ聞く耳持ってない……。なんとかするしかないか……わかった、記憶喪失でいくとしよう。では、まずは警告音が煩いこの強化服の認証設定を解除してもらおうか」
「あぁ、テンナン子爵が死んで認証解けちゃいましたか。だからヘルメットがあるはずなのに、装備が解除されたから髪をかきあげることができたんですね」
頭を抱えて蹲るが、気を取り直し腕を差し出すおったん。パネルの蓋が開いており、認証エラーと表示されている。音声による手動認証と生体認証……なるほど。
「生体認証はエラーとなる?」
「そうだ。先程からエラーを吐き出している。どうやら本来の持ち主ではなく、ゲストでの手動認証だったようだ」
「でしょうね。きっと軍事基地とか兵器工場ダンジョンで手に入れたんでしょう。わかりました、簡単です」
こんなものは霊帝の手を使えば、チョチョイのチョイ。セキュリティって、進化すればするほど、破りやすくなるのは気の所為でしょうか。
すぐに表示がグリーンになるので、おったんの生体認証に再設定。パスワードはおったんに決めさせましょう。
「すまないな。これでこの強化服は私のものとなったわけだ」
グーパーと手を開いて、おったんは薄っすらと笑う。その笑いは凄みがあり、冷徹なエージェントにも見える。
「そのとおりです。では、今後ともヨロシク」
「それは私の言う言葉だと思うが、良いだろう。我は汝、汝は我、悪魔王サタンなり」
不吉なる空気を醸し出し、両手を水平にあげて片足で立つゲームのセリフをパクったセリフを口にするおったん。かっこいいポーズを取っている模様。おったんのセンスが昭和で止まっているのがわかるシーンです。
答えずにじーっと眺めていると、ゆらゆらと揺れて倒れそうになり、ぐぬぬと顔を真っ赤に力み、頑張ってバランスを取ろうとしていた。愛嬌のあるおっさんで、ウフフと笑って横腹をついちゃいます。
「ちょ、ちょっとやめてくれない? ここはお嬢様もニヤリと笑って握手とかするパターンだろ。バランスとるの難しいんだから━━」
「キャー! 皇女様〜!」
「そこにおられましたか。逃げてください、魔獣と接敵しました!」
「このデモンフォークは危険です! 下がっていてください!」
と、向こうから魔獣に襲われて逃げ惑うヒナギクさんたちが悲鳴をあげながら霧の中から駆けてきます。大きな鉄の爪をカションと突き出して、魔獣がタイヤを回転させて追いかけてきています。
「おったん、最初の仕事です。私はテンナン子爵との戦闘で、実はもう限界なんですよ」
「仕方あるまい。ならば私の力を見せるとしようか。初陣にはちょうどよい相手だ」
おったんは指を鳴らしながら、鋭い目つきで歩き出す。それは王者の風格を持ち、威圧感のある堂々たる態度であった。
「やれやれだぜ。やれやれだぜ。やれやれだぜ」
お決まりのセリフを口にするテンプレぶりも見せてくれます。
かっこいいシーンに見えますが、相手はフォークリフトなんですけどね。




