43話 ギミックを使います
たしかにテンナン子爵は強い。優れた武勇と怪力を発揮する強化服、そして無敵のフィールド発生装置。隙がありません。普通なら抵抗することもできずに死ぬでしょう。隊長さんたちでは為すすべもなく殺られていたに違いありません。
ですが私は霊帝。これでも数多の戦争を見てきて、数え切れないほどの戦いを繰り広げてきました。だいたい敵も自分だったりしましたけど、稀に本当の敵が混ざっていたのです。退魔師とか呪術師、神父やサタニスト。節操がないのは、その時々で演じているキャラが違うので仕方ありません。
なのでこのような戦闘も経験はあります。
簡単です。ないなら隙を作ればよいのです。
弱点がなければ生み出せばよいのです。
鳴かぬなら音楽を流そうホトトギス。小鳥の鳴き声よりもジャズとかのほうが受けが良いのですよ。
「行きますよ、テンナン子爵!」
「はっ! スピード頼りでは儂には傷もつけられんよ!」
鼻で笑うテンナン子爵へと突撃━━━するのではなく、周囲を鋭角に回り始める。速度では私のほうが遥かに上。ともすれば、テンナン子爵は私の動きを見失うほどの速さ。
「参ります!」
『第一命術:熱』
身体の血を熱くたぎらせて、身体能力を高めていく。その動きはテンナン子爵が遂に見失うレベル。床を蹴る際に、僅かに摺り足で方向転換し残像を残していく。
「ぬっ、魔術か! いや、魔の嫌な感じがせん。それが神聖術とかいう代物かっ!?」
残像を残していく私に、目を疑うテンナン子爵だが、憎々しげに呟くのみで、動くことはなくカウンター狙いへと構えを移行し始める。こちらの速度についていけないとみて、確実に捕まえようと無駄に攻撃をするのをやめたのだ。
このような状況で、冷静なる判断。つくづく良い戦士です。それだけに殺すのは残念ですが、それもまた人生の選択肢。悪い選択肢ばかりの時も現実ではあるものです。
「この炎、防げますか?」
『第ニ命術:炎』
高速で移動しながらも、指先に小さな炎を生み出して、テンナン子爵の顔に向けて撃つ。
しかし、命術であっても障壁は反応し、炎を弾く。どうやら熱を感知した模様。
「なるほど、物理的な攻撃は防げると。本当に厄介な障壁です」
「当たり前だ。これは対魔物用として作られた鎧だと言い伝えられておるのだからな! 魔術も魔の汚染もすべて防ぐようにできている」
せせら笑いながらも、警戒し油断しないテンナン子爵。顔は固く緊張気味なので、上手く引っかかるかもしれません。腕の立つ戦士ならば━━━。
「どうでしょう? 今のは神聖術。魔術は防げても、神聖術はどれくらいまで防げるのか見ものですね。まだまだ強力な神聖術は残っているので、試してみましょう」
「そうはさせるかっ!」
私の言葉にピクリと反応し、テンナン子爵は大きく床を踏み込む。金属製の頑丈なコンテナとはいえ、強化服の怪力には耐えられず、ベコリとへこみ床が、いや、コンテナがギギィと耳障りな音を立てて崩壊を始めた。
「ととっ」
足元が崩れたことにより、高速での移動が困難になり私が思わず立ち止まると、目を光らせてテンナン子爵は砲弾のように突進してきた。後ろで大きくコンテナが曲がり、ますます足元が揺れて歩けない私に間合いを詰めると拳を手刀に変えるテンナン子爵。
「アキョー!」
甲高い声を上げ、両手を鎌のような構えにて、鋭い攻撃を仕掛けてくる。膝を僅かにかがめると私は背面跳びをするかのようにふわりと舞い上がり、コンテナから落下して、テンナン子爵の拳は空振る。
スタンと地面に綿がゆっくりと落ちるかのように着地すると、そのままバックステップ。弾丸のようにテンナン子爵が着地した場所に蹴りを繰り出して、飛び込んでくる。
ゴゴンと鈍い音が響き、コンクリート床が砕けてテンナン子爵はめり込むが、強化服の怪力にて無理矢理身体を引き戻し、腕を鳥のように水平に伸ばして追ってきた。
「速度では敵わないから、待ちの戦法をとるのでは? それでは猪のようですよ、テンナン子爵」
「ふふん、気が変わったのだよ。螳螂拳の真髄、お見せしよう!」
身体を回転させて、それぞれの腕を綺麗な円を描くように回しながら、間合いを詰めてくる。強化服の引き出す怪力を利用して、その動きは先程よりも遥かに速い。
「きぇぇぇ!」
『シックル・ダンス』
腕が通り過ぎて、円の軌道が霧を切断する。止まらぬ手刀はまるで駒のように身体を止めることなく回転させながら迫って竜巻のように迫ってきた。
コンパスのように動く摺り足だけで、コンクリート床は削れて小さな破片となる。振り回す腕の動きだけで、突風が巻き起こり、風が霧を散らしていく。
僅か1グラムの体重である私は巻き起こされる風だけで吹き飛ばされそうになってしまいますが、なんとかコンテナ壁を背中にして耐える。
『合気:柳風体』
が、その隙を狙い螳螂拳は私を切り裂こうと迫ってきた。横薙ぎの拳を腰を屈めて、斜め下からの蹴りを身体を柳のように傾げて躱す。テンナン子爵は左肘打ちからの右手振り下ろしの連続攻撃をしてきますが、メスにて受け止め、その手を展開された障壁ごと受け流す。
手の皮が破れ、血が飛び散り、追撃の振り下ろしは胸の上に切り傷をつけてくる。
「くっ、追い詰められましたか」
「そのとおりだ、皇女よ。このまま切り刻んでくれるわっ!」
僅かな風でも身体が浮いてしまう弱点に舌打ちしつつ、高笑いのテンナン子爵の攻撃をギリギリで躱し続け、空振った拳や蹴りが真後ろにあるコンテナを細切れのように切り裂いていく。
「トドメだぁっ、皇女!」
テンナン子爵が大きく腕を振り上げて、着込む強化服がまるで筋肉であるかのように膨れ上がる。
『螳螂刑死拳』
そうして、強化服が限界まで膨れ上がり筋肉ダルマのように変わったテンナン子爵は小さく跳ねると全力の一撃を繰り出す。神速の一撃であり、阻むものを全て貫く必殺の拳。
その一撃は霧に穴を開けて、風が抜ける音を立てて私へと死の拳を向けてくるが━━━。
「全力の一撃。私が弱まればきっと繰り出すと思ってましたよテンナン子爵」
『合気:空気投げ』
拳へとそっと手を添えて、身体を僅かにひねると私はテンナン子爵をその力を利用して投げ飛ばした。
展開される障壁の形、間合い、どのように受け流せるか、全て確認済みなのです。
「グハッ! こ、こんな事が!?」
テンナン子爵自身が切り裂いていたコンテナに投げ飛ばす。テンナン子爵の一撃は砲弾のような速さと強力な威力。その一撃を内包して投げ飛ばされたテンナン子爵はコンテナ内で金属壁を歪めて、めり込んでしまう。
「お、おのれ、き、貴様っ、しかしっ、無敵の障壁の前には効かぬ、無駄なことだ!」
起き上がろうとするテンナン子爵は身体の周りに障壁を展開させていた。そのために傷一つない。
「優秀な強化服ですね、テンナン子爵。まったく羨ましい。ですけど、そのコンテナはもう限界ですよ?」
「な、なにっ? はっ、しまった━━」
ニコリと微笑む私がコンテナを軽く蹴ると、テンナン子爵の攻撃によりズタズタに切り裂かれていたコンテナは上に乗るコンテナの重量に耐えられず、ひしゃげて崩壊する。
キギィと金属の曲がる嫌な音が響き、コンテナは潰れて上のコンテナごと崩壊するのでした。
「優秀な戦士が仇になりましたね。神聖術をその障壁が本当に防ぐのか心配になったのでしょう? 今のうちなら倒せると考えましたね? だから一転して攻勢に出たのでしょうが、裏目に出ましたねテンナン子爵」
優秀な戦士なら、未知の攻撃を受ける前に攻勢に出ると予想していた。だからこそ、炎を出して挑発し不安を抱かせたのだ。その計画はうまく行った。
ゲームで言うと、「ギミックを使って敵を倒せ」というところですか。
「これで王手です。貴方は詰みました」
人差し指を突きつけて、終わりを告げるとコンテナの残骸からくぐもった声がしてきて、ガタガタと揺れる。
「ふふ、ふふん、馬鹿にするなよ、こ、皇女。この豪殻は無敵の装甲といったのを忘れたか?」
コンテナが崩れて、その隙間に球状に障壁が展開され、その中心でテンナン子爵は浮いていた。コンテナの重量による圧潰を防ぐために強化服が球状の障壁を展開する手段を選んだのだ。球状でなければ障壁ごと押し潰されてしまうと判断したのだろう。無敵の豪殻とはよく言ったものです、感心仕切りです。
「このまま転がれば、時間は少しかかるが脱出できる。時間稼ぎおめでとう、精々逃げると良い。必ず追いつき殺してやるわっ!」
憤怒の表情で怒声をあげるテンナン子爵ですが━━━勘違いしてますね。
「詰んだと私は告げたはずです。その意味がどうやらおわかりになっていなかった様子」
「なにっ!? ど、どういう意味だ?」
わかっていない。理解していません。
「その障壁、全面を覆うように、二重に展開できませんよね? そして嘘をつきましたね? 攻撃をしているときに気づきました。貴方の服は濡れており、魔の霧の影響を受けている。物理的な攻撃は防げても、微細な瘴気は防げない。毒も防げないと予想しています。その頭、透明なヘルメットを被っているでしょう? だって水滴がついています」
フフッと微笑み、私はテンナン子爵を指差す。テンナン子爵は気づいていなかったが、ヘルメットが霧により濡れて、その輪郭を露わにしている。本来は毒などはヘルメットを被っているからこそ守れる前提なのだろう。
「最後に確認したかったのは、障壁を展開しても、その中の霧は弾き飛ばすのか? ですが霧は残っています。そしてその霧には私の神聖術がたっぷりと込められているのです」
すうっと手を上げて、柔らかな笑みで密かに使用していた命術を操る。
「そよ風にて血を霧に潜ませました」
『第ニ命術:風』
手品レベルのそよ風を起こし、切られた箇所から流れる血を霧に変えて、テンナン子爵の周りに仕込みました。
「神聖術の触媒。強化の基本」
『第一命術:血』
生気を練り、新たなる命術を使用する。
「神聖術のもう一つの触媒。武器の基本」
『第三命術:気』
『気』。血が命術の強化のための基本技とすれば、『気』は基本の武器。生気を練り上げて、自らにあった武器を作り出し、敵を倒す命術。ここからが実戦レベルの技なのです。以降の階位は気を練り上げて様々な奇跡の術を使います。
そして、『血』を融合させることにより、その威力は跳ね上がる。
生気は不可視、人間には、機械には触れることの叶わぬモノ。生気が無敵の障壁をあっさりと通り抜けて、テンナン子爵に張り付く霧に含まれると気へと変わっていく。
『融合命術:剣気陣』
その首元に複数のメスの形となって。テンナン子爵の周りに浮く。それは固めた生気の剣。穢れを知らぬ純白のメス。ずらりと並びゆっくりと動くと、テンナン子爵の首元に食い込んでいく。障壁がなければ、強化された気の剣ならば問題なく貫けそうです。
「な、なに!? こ、これは? フィールド展開だ! 展開しろ!」
じわじわと首元に食い込み、血を流し始めるテンナン子爵が目を剝いて驚愕する。
『現在、ソルジャーの生命を優先し障壁を展開中です。その命令は却下されます』
「無駄ですよ、テンナン子爵。そのメスは先程の物理的なものと違い、機械にはただの霧の塊にしか見えないのです。ですが斬れ味は保証しますので安心してくださいね?」
焦った顔で怒鳴るテンナン子爵だが、球状に展開された障壁は消えることはなく、機械音声がかすかに聞こえる。機械はメスが危機だとは理解出来ていないのだ。
「ふふ、ではさようならテンナン子爵。なかなか楽しい時間でした」
この戦い、私の今の弱点やこの世界の情報、そして多くの霊気を吸収できて有意義でした。
「ま、待て! いや、待ってください。皇女様、降伏致します。財産もお渡しします。どうか命だけはお助けを」
事態を理解して、青褪めると、あっさりと手のひら返しをし、命乞いをしてくるテンナン子爵。
「待ちません。これは命のやり取り。貴方は私を殺そうとしました。殺される覚悟ありましたよね?」
戦いが終わり、案山子でも見るかのように淡々と私は答える。もはやこの戦闘への興味は尽きた。テンナン子爵の命はいらないのだ。
「貴族の私がいなければ交渉などできないですぞ! が、ガボッ、た、だずけで……」
止まることのないメスにより、テンナン子爵は血を噴きながらなんとか逃げようとするが、障壁が消えず中心に浮いているために動くことができず、ジタバタと手足を振り、やがて動きを止めるのだった。
血溜まりがテンナン子爵の足元に広がっていく中で、私はにこやかな慈愛の笑みにて現世から消えゆく魂を見送る。
「安心してください、貴族の部下が必要なのは理解しています。だから━━━貴方の身体は有効活用させていただきますね?」
今回の犠牲者から吸収した霊気。今回は経験気に変えずに使用しましょう。




