42話 未来戦士と戦います
驚きました。
驚きました。
大事なことなので、2回言いました。
なにに驚いたかと言うと、強化服を着込んだテンナン子爵にではありません。
私って、まったく情報収集してなかったなぁと。怠惰過ぎたなぁと。
自分で自分にびっくりです。冷蔵庫とか冷凍庫があるなら兵器もあって予想するべき。たぶん少し聞き込みをすれば、テンナン子爵が装甲車持ちだとか、強化服を持っているとかわかっていたでしょう。少しサボりすぎました。
私は街の人と話すの苦手なんです。話すコマンド「きた、みなみ、にし、ひがし」とか話す相手の方角を選ばないといけないですし。
嘘です。お布団サイコー、二度寝に昼寝、お友だちと遊んだ後は即就寝。うん、生産的なことはお友だちと遊んだくらいですかね。
怠惰を司るベルフェゴールの演技をしていた私なのですから許してほしいです。イザナミちゃんの買ったリクライニングソファに座ってベルフェゴールをしていたら、私の隠し財宝をイザナミちゃんは奪って、せっせと自分の賽銭箱に入れていました。怠惰にゴロゴロしていた隙を狙うとはなかなかやるねと感心したものです。
「まぁ、仕方ありません。過去は振り返らず、明日のおやつの時間だけを考えていきましょう」
倉庫区域の積み重なるコンテナの上で、装甲服を着込んだテンナン子爵を見下ろして、手元にあるメスをくるりと回す。
今日の私は『ジャック・ザ・リッパー』。霧の中の切り裂き魔。霧深きロンドンにて娼婦を惨殺した正体不明の殺人鬼。
ちなみに本物ではありません。私は普通の殺人などは行いませんからね。この『ジャック・ザ・リッパー』はその後、人々の間で語られ続けて怪人化した恐怖のお話の偶像です。漫画や小説などで、度々化け物とか神様と戦うとか偶像化されたことにより生み出すことの出来た人にして人を超えた恐怖の産物なのです。
発動条件は『相手が殺意を持っている。霧が発生している』の二つ。その条件が揃いし時、霧の中から殺人鬼は姿を現します。
惜しむらくは、人の器からは極端に外れないことと、世界の理を超えた特殊能力がないことでしょうか。まぁ、殺人鬼の言い伝えです。人を超えたら、まったく別の話に変わってしまうので仕方ないでしょう。なので、意外と人間でも普通に戦って撃退できたりしちゃいます。あんまり強くないのです。
発動条件が霧の中という厳しい条件であり、かつ人を超えた存在ではないために、霊術の階位は低く第三階位。
なので、今の私でも使える戦闘バージョン。今は人の身なので、『幽体変化』も使用可能のため、斬れ味鋭いメスで風のような速さで敵を切り裂けます。
なにせ今の私の服もメスも霊術で創り出したもの。その重さはないのです。本来の服とかは別空間に仕舞われています。呪いの身体の時の本来の身体が仕舞われているのと同じ原理。なので、私が露出に目覚めることはありません。ヒナギクさんたちとは一味違うのでした。
コンテナに立つ私へと不敵な笑みでテンナン子爵は見上げてくる。随分と余裕な態度で、だいぶ自信がある模様。
「ふん、そこから降りてこぬつもりか、皇女よ?」
「いえ、貴族の鎧は初めて見ましたので、粉々にする前によく見ておきたいと思っていたのです。せっかくの強化服も手足や胴体がバラバラになっては、スクラップの価値しかありませんしね」
コンテナは港に置かれているタイプと同じ。長細い金属製の箱で、5層にまで積み重なっています。なので、コンテナの上にいる私は3階建てのビルの屋上にいるような高さです。
ここまでは来れないのかなと試してもみると、テンナン子爵は足をコンクリート床に踏み込むと、微細なヒビを作り出し飛び上がってくる。
「その傲岸不遜な態度、いつまで持つかな?」
豚のような身体にもかかわらず、コンテナの僅かなへこみに足をかけて走ってくるテンナン子爵。ちょっとその動きに驚きながら私は身構える。
怪力を現すように、コンテナを大きくへこまさせて、豪快にテンナン子爵は肉迫して、手刀を繰り出してくる。
「ちょぇぇ!」
ヒュッと、風斬り音を鳴らして鎌のように手を曲げると斬り掛かってくるテンナン子爵に、たむと軽くコンテナを踏むと、私は横へとずれる。
霧をスパッと斬りさき、空振る手刀。テンナン子爵は右足を摺り足にして、円の動きで右手を回すと追撃してくる。
私は細かくステップを踏み、体を揺らす。追撃の右手を躱されたテンナン子爵は左手を死角から突き上げてくるので、メスを横合いから突き出し━━━。
「むっ!」
またもやハニカム構造の障壁にメスは阻まれてしまい、止まらぬ手刀が私の肩を掠ってしまう。指先がかかったはずなのに、まるでよく切れる剃刀で切られたかのようにパクリと皮膚が切り裂かれ、赤き血が滴り落ちる。
「ふ、我が蟷螂拳の力を見たかね? 我が手刀は刀の如し、その斬れ味は鉄すらもやすやすと切り裂く」
鎌のように手を曲げて、カマキリのように構えを取るテンナン子爵は、歪んだどす黒い醜悪の顔で言ってくる。
「なるほど、蟲繋がりで蟷螂拳と。なかなかキャラを考えてますね。豪殻とはそのフィールドのことを言うのでしょう?」
まさかメスを止められるとは思いませんでした。攻撃の際はフィールドは解除されているのではと予想していたのですが、なんと攻撃の最中もしっかりとフィールドは展開。「敵の攻撃の隙を狙うんだ」的な弱点をつくゲームのようにはいかないようです。
「そのとおりだ。このフィールドは常に展開している無敵の殻。隙を狙おうとしても無駄なこと。貴様は無惨に切り裂かれる未来しかない」
口元を歪めて、決め顔のテンナン子爵。手刀をクイッと挑発的に振りますが、豚のようなおっさんでは、あんまりカッコよくないです。ですが、その構えは堂に入っている。
「……豚の演技ご苦労さまと言いたいところですが……テンナン子爵は格闘技の経験がありますか?」
先程の攻撃動作に構えの取り方、強化服が勝手に動かしているようには見えない。訓練をしてきたものなのです。
「ふふん、この身体から動けないデブだとでも予想していたのだろう? だが、残念だったな、儂は動けるデブなのだ。これでも毎日の訓練はしておったし、帝都では皇帝杯で本戦に出場したこともあるのだよ。そのせいで、公爵の目に止まってしまい、この僻地に皇女の代官として飛ばされたのだがな」
「本戦に! なるほど、それなら貴方の実力も納得です。では私も楽しみながら戦闘をするのではなく━━━本気で参りましょう!」
本戦とかよくわかりませんけど、たぶん凄い大会かなにかでしょう。ノリの良い私は感心する演技をしつつ、床を蹴る。
音速とはいきませんが、1グラムの体重をメジャーリーガーが投げたかのように高速で移動する。テンナン子爵の目には私が消えたかのように見えるはず。
テンナン子爵の横に瞬時に移動すると、反応できずに固まっている隙に、脇腹へと霊気のメスを目にも止まらぬ速さで突き出す。
が、やはり障壁に阻まれる。ですが、それは想定内。
ふぅと呼気を整えて、霊気のメスを両手に持ち独楽のように身体を回転させる。その回転力は竜巻のようで、突き出された二本のメスが障壁を叩く。
チヂヂと障壁が放電し、私は針の穴を通すかのような正確無比な攻撃で同じ箇所を攻撃していく。百を超える乱撃は一般人では視認することもできない速さ。霊気のメスは人の骨すらも発泡スチロールのように簡単に断ち切る鋭さ。
障壁はその攻撃に耐えられず、遂に崩壊を━━。
全然しませんでした。
「ありゃ、壊れませんか」
「当然だ! この甲殻が破壊できるものか!」
テンナン子爵が風を斬るかのように手刀を振り下ろしてくる。合わせても障壁で防がれるので、バックステップで回避。身体を円を描くように回転させて、追撃の振り下ろしを右に左にと繰り出してくる。
私も左右にスウェーし、攻撃を免れるが、腕を引き戻すと、矢のような速さで突きを連続で繰り出し、テンナン子爵は間合いを詰めてきた。
スウェーで体勢が崩れていた私が体を投げ出すようにしゃがみこみ突きを躱すと、地を這うような低さからの回転蹴りでお返しするが、やはり障壁に防がれてしまう。
防御を考えなくとも良いテンナン子爵は、突きからの振り下ろし。それも床を蹴り、飛ぶように跳ねて躱すとテンナン子爵の蹴りが横脇腹に食い込む。
ミシリと嫌な音がしてきて、私は思わず痛みに顔を顰めて呻く。
「グッ!」
その詰将棋のような攻撃の連続に舌打ちして、攻撃を受けた反動を利用して、私は大きく後ろに間合いをとり、その後の連撃から免れる。
吹き飛ばされた反動で足をコンテナに擦りながら、テンナン子爵へと顔を向けて苦笑してしまう。
戦いを知っている男です。見くびってました。ここまで強いとはね。歴戦の戦士じゃありませんか。
「驚きました。ここまでとは。ただの横領する豚だと思ってましたよ。予想では魔物に堕ちて、ブヒィと叫んで頭の悪い攻撃をしてきて死ぬパターンだと思っていたのですが」
薄幸の少女の最初の相手。やられ役の雑魚だと考えてました。油断大敵、フィクションの異世界成り上がり恋愛漫画見すぎましたかね。どうやら現実は違うようです。
「ふふん、ここは瘴気の森から帝国を守る最前線だからな。曲がりなりにも強い戦士を送り込む必要があるわけなのだよ。貧乏貴族の次男三男とか、腕のたつ捨て駒に相応しい人間をな。皆は代わりに爵位を下賜されるわけだ」
「なるほど、貴方は下賜された最初の子爵。そして、この地に下賜されて皇族についてきた貴族は必ず死ぬようになっているわけだと」
魔物渦巻くこの地では、他の貴族の嫁も来ないでしょう。対面的には凄腕の側近と共に皇族はこの地に赴任すると。よく考えられたクズな計画ですね。とても人間らしい、政治的な謀です。
「わかっているではないか、だが儂は死なんよ。今回は貴様が領主だから好き勝手できた。横領した金を持って、儂は根回しをして帝都に戻るのだ、金と地位を持ってな!」
息を乱すことなく、汗すらかかないテンナン子爵。その姿だけでも凄腕だとはわかりますが、肩を震わせて哄笑する姿は残念無念、ただの下衆です。
「ふむふむ、貴方の言い分はわかりました。私が熱血主人公なら、説得して仲間にするのもありなのでしょうが……残念私は残酷なのです」
両手のメスをキリリと回して、口元を三日月のように歪めて嘲笑う。
「その装甲の強さはわかりました。そして、その弱点も。それではフィナーレと参りましょうか」
霧の中にて消えてくださいね、テンナン子爵。




