39話 子爵は蟲使いらしいです
急いで通路を駆け出すレイ一行。リノリウムの床を蹴りながら、奥へと向かって走る。
後ろに迫るのは、鉄の塊、戦争の兵器、装甲車。カナブンみたいな曲線で描かれたフォルムを持ち、荒れ地でも走破できる六輪の大型タイヤ、黒鉄の装甲は分厚そうで、無敵の硬度を感じさせるように鈍く光る。屋根に取りつけられた機関銃はメイド長が装備。横幅は五メートル、全長15メートル程の大型装甲車であった。
前面には視認用の細長く開いたスリットがあり、車体は通路をギリギリ通れる大きさであった。壁に時折車体を擦りながら、装甲車は無理やり走ってくる。
「テンナン子爵は蟲使い。あれは使役するアイアンビートルです、姫殿下! あの蟲は無敵の装甲と魔獣を蹴散らせる鉄の咆哮を持っております」
「蟲には見えません! いや、名前はビートルつきそうですけど、安直すぎますっ!」
走りながら教えてくれる隊長さんへと、私も呆れながら叫び返す。その論理で行くとスーパーカーは名馬扱いになるんでしょう! この世界ではありそう! 鉄の咆哮って機関銃に面白い名前をつけましたね!
「うひゃっ、クズ皇女がぁ〜。なぁにが神聖術神聖術神聖術やよよやあ」
狂ったように叫びながら、二股に分かれた蛇のような舌を突き出しメイド長は機関銃を向けてくる。装甲車に取り付けられている重機関銃で、ガンベルトが取り付けられているゴツいタイプ。掠っただけでも肉が抉れるどころか腕とか吹き飛びそう。
その顔はコウモリで、鼻はネズミのようにつきだし、細かい牙が生える口は尖っており人間のものではない。身体も紫色で繊毛が生えており、魔の汚染が進み、ギリギリ人間として自我が残っているようだ。
「ころころこののとほ、殺してやるっ! ミンチにして、森に撒いてやるわ!」
ほとんど正気を失っているようですが、何故か私への憎しみで自我を保っている模様。
「そんなに恨まれるようなことをした覚えはないんですけど。なにかしましたっけ?」
「みてみているるおる、誰か私をヲヲヲ」
あ、わかった。わかっちゃいました。この人、嫌がらせにかけた術、未だに『第一霊術:見つめるモノ』が解除されてません。あれからずっと誰かに見られている感覚から精神がやられましたか。
「あなたを守ってくれる人は誰もいなかったのですね。その場合、泥酔するくらいに酒を飲めば解けたのですが。残念です」
実は裏技があり、酒を泥酔するくらいに飲むとこの術解けちゃいます。それもやらなかったと。
「ああたしは、これからも、ぜ、贅沢贅沢にぃぃ、死ねっ!」
呂律が回らないメイド長は引き金を引く。見学者通路は真っ直ぐに一本道。スタッフ用の扉は見えませんし、ここで狙われたらなら躱しようがなく、哀れ私たちはミンチ確定。
「見学者通路に入ることを予想していたのですね。ですが、予想通りにいきますでしょうか?」
後ろを振り向き、冷え冷えとした視線を向け、唇を歪めて冷笑する。
タララと機関銃が音を立て、銃弾が壁に弾痕を残し、流れるように私たちへと向かい━━━。
バラバラとなった。
機関銃がパーツごとに分解されて、バラバラと地に落ちていく。バネもマガジンも銃身すらも。
「アヒャァ!? て鉄の咆哮がっ! な、なじぇ?」
つんのめり、引き金を手にしたままメイド長は驚きの声を上げる。慌てて分解されて落ちていくパーツを掴もうとするが、そんなことで細かく分解されたパーツが回収できるわけはなく、ほとんどはチリンチリンと音を立てて地面に転がっていった。
「私には銃は効きません。残念でしたね、コウモリメイドさん」
メイド長改め、慌てふためくコウモリメイドへと向けて、ぴしりと人差し指を突きつけて、フフッと悪戯そうに笑みを向ける。
コウモリメイドにはわからない。見えないでしょう。銃を分解したのがなにかを。
『霊帝の手』
コウモリメイドの横には、私の基本技にして最大奥義幽体の手が浮いています。彼女は知らないでしょうが、銃というものは実は手順通りにやれば、簡単に分解できるのです。大体の銃の分解手順はそこまで変わりがないので、分解させていただきました。高速で動く幽体の手なら簡単に分解できるのですよ。
これは人間にとても受けが良く、悪魔ベリアルの演技とかしてたときに、警戒する銃持ちの人間に対して、銃など意味がないと指を突きつけて分解したものです。なにもされていないように見えるのに、突然銃が分解されたことに、人間たちはやんややんやと騒いで驚いてくれたものでした。
そのために必死になってスマホで銃の分解手順を調べて、練習したのは良い思い出です。神秘的な光景の裏では、たゆまぬ訓練が必要なものなのですよ。イザナミちゃんが妾の通信パケットがとか叫んでましたが、Wi-Fiスポットがないのがいけないのです。霊帝悪くない。
「おおっ! 鉄の咆哮をあっさりと破壊するとは、さすがは姫殿下!」
「凄いです。あれも神聖術なのですか?」
「ふ、私にとってはおやつの時間前の簡単なお仕事」
銀の髪をふわさとかきあぜて、頬を薄っすらと赤く染めてムフンと天狗になっちゃうレイちゃんです。褒められるのも敬われるのも大好きです。褒められ敬われるその味はショートケーキ。
「皇女ぉぉぉ! ここで絶対に殺す。殺さなければ吾輩が処刑されてしまう!」
テンナン子爵の声が装甲車から響いてきます。そしてさらに加速する装甲車。壁がガリガリと削れて、装甲車はバウンドしながら迫ってきます。どうやら次回の車検は気にしない模様。
「あぁ、私が神聖術に覚醒したので、悪行がバレると思いましたか」
「そのようです。偉大なる浄化のお力。皇帝陛下までその噂が届けば、合わせてテンナン子爵の悪行も伝わるはずです」
ガーベラが後ろを振り向いて装甲車を見て鼻で笑う。本当は見て見ぬふりをしてきたのでしょうが、私が力を持てば扱いは変わるため、見て見ぬふりはしないということですか。
『貴方は現在工場に対して、極めて危険な行為をしております。工場法第一項百八条に従い、鎮圧を行います』
天井から放送がして、前方に穴が開くとドローンがせり上がってきた。今度は案内ドローンではない。太い金属製の八本脚を持つ平べったいシャーシの蜘蛛型ドローンだ。白と黒でペイントされており、トヨハツビシ警備とシャーシに描かれている。スリットから赤いカメラアイが光り、脚先のタイヤが回転すると、こちらへと走り出す。
胴体が開くと二股に分かれたメカニカルな銃が現れて、その先端がバチリと放電する。ヤバそうな武器を持っています。
「あれは深層にしか現れないはずの」
「ライトニングスパイダーとか言うんでしょう?」
「惜しい、あれは雷蜘蛛と言います」
「安直ネーミングですね」
その名前をつけたのはきっとおっさんですねと隊長へと苦笑しながらも、ちょっと冷や汗をかいちゃいます。続々と雷蜘蛛は現れて20体近い。頑丈そうな車体と雷を放ってきそうな銃。倒すのに苦労するかもしれません。
全員が緊張の面持ちで、武器を強く握りしめて迎え撃とうとし、滑るように走る雷蜘蛛たちは銃口を向けると電撃を放つ。一瞬バチリと空間を電撃が奔り、装甲車に命中。
他の警備ドローンたちも、バリバリと電撃を放つが、全て装甲車に放たれます。
「あれ? 私たちは敵として認識されていない?」
「雷蜘蛛は強き相手としか敵対しないのです。我らの力では、その水準に達していないのでしょう」
「ただの強盗には興味ありません。テロリストたちを相手にしますといった感じですか。それって、警備システムとして致命的な欠陥のように思えますが、今は助かりました」
どんな敵から警備することを目的として設置されたのやら。まぁ、日本人的な警備システムにも思えますが。警備ドローンをただの強盗相手に使うと、過剰防衛とかいって、自称社会の正義が騒ぎますからね。
さすがに工場に装甲車で乗り込む相手なら、社会の正義も騒がないでしょう。まぁ、そーゆー人たちはたとえ戦車で強盗に入ろうとも過剰防衛とかいって騒ぐ可能性もあリますけど。
「ふんっ! 痒いわぁっ、そんなしょぼくれた雷魔術で、このアイアンビートルがやられるものかよ!」
装甲車には傷一つなく、高笑いするテンナン子爵の声が聞こえて、警備ドローンへと装甲車は突撃し、その重量で踏み潰す。
メシャリと金属製のドローンがぺちゃんこになるが……。
「チャンスです。もっと奥に行きましょう。あれなら暫くは時間稼ぎできるはず」
装甲車はタイヤであり、無限軌道ではない。そのために、倒したドローンが邪魔となり、走り出すのが難しくなってきている。残骸を片付けないと、転倒してしまう。重量のある装甲車がひっくり返ったら、元に戻すのは難しい。
「そうですね。雷蜘蛛も数に限界はあります。この先、中庭を抜けて細道を進むと、空の宝箱が乱立する層となります」
「空の宝箱?」
「金属製の細長い箱で人が何人も入れる宝箱です。何個も積み重なっていたり、迷宮のように乱立しているので、同じような風景が続き、自分のいる場所がわからなくなる初心者には危険な場所です」
空箱だらけで変なところなのですと、隊長さんは不思議そうにするが、その光景を想像して私はピンときた。
「コンテナ! 倉庫区域ですか。そこに向かいましょう、案内してください」
「了解です。ご案内致しますので、ついてきて下さい」
パチリと指を鳴らしてお願いする。隊長さんが先行して走り出して、皆でついていく。後ろを振り向くと、警備ドローンを破壊しまくる装甲車が足を停めて、後部ハッチを開きはじめていた。
「残骸を片付けろ! 急げ、逃げられるぞ!」
「ははっ!」
怒声が響き、兵士たちが飛び出していた。全員魔物の特性を持っているようで、角を生やしたり、牙を覗かせていたりと様々な身体の持ち主です。
どうやら兵員輸送用装甲車であった模様。
「あの人たち、テンナン子爵の取り巻きです、皇女様! あーっ、執事長もいますよ!」
ヒナギクさんが後ろを見て、プンスカ怒る。
「連帯責任で処刑されると考えたのでしょう。当然と言えば当然ですが」
「あの者たちは魔物の特性を持っております、魔術師も混ざっているはず。戦闘となると我らでは不利です。レイ姫様、ここは浄化をお使いになって頂けないでしょうか?」
「いえ、私に対して彼らは殺意を持っています。許す気はありません」
ガーベラが不安げに眉を顰めさせるが、浄化する気はない。
殺意は激辛ヒリヒリ味。彼らへと刺激的な辛さを味わわせましょう。
殺意を持って、私と戦うことがどういう意味を持つのか、その身で以て。
レイの瞳が漆黒に染まり、深淵の昏き光を放つが、誰も気づかずに工場内を突き進む。
段々と濃くなる霧の中を。




