38話 自動販売機で買い物をします
ガンガンとスケルトンと戦う兵士たちは放置して、私は宝箱を解錠することに専念しますよ。自動販売機? いえ、これは宝箱です。だって皆が宝箱と言うんですもん。だから犯罪じゃないのです。レイちゃんはそう決めました。結城レイは自動販売機泥などやるようなセコい悪人ではないのです!
「あれ? 力説しなくても、普通に買うんですから犯罪ではないですね?」
コテンと小首を傾げて気づいちゃいます。
カード払いで買えるなら、まったく問題はありませんでした。無駄なエネルギーを使っちゃいましたよ、早く乙女のエネルギー、お菓子を補給しないとですね。
「皇女様、その懐中電灯で何をするおつもりですが?」
「この板は懐中電灯ではないですよ、まぁ、懐中電灯としても使えるのは映画とかで知っていますが、実は光量が低くて、照らすことは無理です。映画とかはフィクションだったということです」
私が取り出したスマホを見て、仄かに光ったので勘違いするヒナギクさんへと、フリフリと手を振ります。実際に真っ暗闇でスマホを懐中電灯代わりにしても、本当にぜーんぜん周りを照らさないですから。精々手元を照らすくらい。というか、この世界のスマホは懐中電灯代わりにされていることを理解しました。使い方がわからなければ、そうなりますか。
「本来は色々使える板なんです。この横のスイッチを押してと」
パスワード入力画面になりますが、私はもう一つの認証方法を試します。あるといいなぁ、あれは便利だとイザナミちゃんがドヤ顔で最新スマホを自慢してきたのを覚えてます。
『霊帝の手』
霊気の手を作り出すと、スマホにタッチ。か弱いセンサーを感じとり、その形を変えていきます。霊帝の手は人の手サイズなら何にでも変形できるのが最大の特徴なのです。
ピピッとスマホの画面ロックが解けて、アプリが表示されました。
「やりましたよ、やはり指紋認証使ってましたか」
指紋認証は結構便利、自分しか開けられない認証方法なので、結構な人が使っています。このスマホの持ち主も使っていると信じてました。
そして霊帝の手は指紋を自在に変えられるのです。ちなみに『幽体変化』で瞳の虹彩も変えられるので、現代セキュリティは、昔よりも遥かに私にとっては緩かったです。どこかの執事と同じで電子錠は数分で開けられて、重い鍵が必要な金庫は開けるのに苦労しちゃうのが霊帝たる私なのでした。
以前は新型を買ったのですと散々自慢してきて、ちょっとウザいイザナミちゃんのスマホにこっそりと指紋認証でログインして、ゲームアプリを全て退会してあげたのは良い思い出です。
これでこうしてと。やはりクレカの払いも指紋認証にしてましたか、これ酔っぱらってるときとか指紋認証を逆手に取られて危険でもあります。
アプリの一つ、持ち主のクレカを呼び出すとスマホを自動販売機に翳す。ボタンを押すとガションとお菓子が棚から動いて、下に落ちてきました。
これぞ、皇女に相応しい堂々たる買い物。何処にも犯罪の匂いはしませんね、えっへん。
「す、凄いです、皇女様! なにか落ちてきましたよ。これは……木? パン? なんか柔らかい?」
「なんか美味しそうだよ?」
「ふにふにしてるね。年輪かなぁ」
「うーん、食べ物?」
素早く取り出し口からバームクーヘンを取り出して、興奮気味に渡してくるヒナギクさん。これってなんだろうとメイドズたちは不思議そうですが、第菓子感に目覚めたのか、美味しそうな物かもとの期待も籠もっています。
お菓子も知らなかったのですから、当然バームクーヘンも知らないでしょう。世界でも一番になるだろうレベルで美味しいお菓子です。チョコ味とかチーズとか様々な味があります。生バームクーヘンがお勧めですよ。
「後で初心者の食べ方を教えてあげます。1枚1枚剥がして食べるのが第一バームクーヘン術です。大事に少しずつ食べられますし、舌に乗せると仄かな甘みと軽くて薄いパンの感触が口に広がって頬が緩んで、自然に笑顔になっちゃいます」
「お、美味しそう……ゴクリ」
ふふふ、バームクーヘンを1枚ずつ剥がすのは歴戦の勇士でないと無理なのです。私がこれぞ巧みというものをお見せしましょう。
「あの………レイ姫様、お伺いしてもよろしいでしょうか? どのようにその板で宝箱からお菓子を抜き取るのでしょうか?」
「これは私にしか使えない技ですね。勇者の末裔のみの技なので教えられません」
「そうですか。さすがはレイ姫様! 皇族のお力、しかと拝見させて頂きました!」
真摯な顔つきで尊敬の眼差しを向けてくるガーベラ。………なんか皇族の技にしてはセコいような……いえ、気の所為でしょう。
「とりあえず、どんどん買っていきますよ!」
クレカの今月の限度額は残り三万数千円。ちょっと使いすぎの持ち主ですね。まぁ、限度額が月に十万円だから、そこまで使いすぎというわけではないですかね?
ガションピッ、ガションピッ、ガションピッと、どんどん買っていきます。せっせとせっせと………面倒くさい………。段々と面倒くさくなってきました。一つずつしか買えないとか、地味にストレス………。
霊帝の手って、手のひらサイズならどんなものにでも変えられるのですよね。脆くて100グラムを超える衝撃には耐えられませんが………。あ、鍵穴発見。
カチャリ。
ドカドカドカ。
「あーっ! 皇女様が宝箱をお開けになったぁ〜!」
「宝箱を開ける技は皇族の基本技術です!」
宝箱開けちゃいました。自動販売機? なんのことやら。これは宝箱で、冒険者が苦労して開けたのです。
勇者なら宝箱を開ける技の一つや二つ持っているものなのです。なんだか皇族の技がどんどん犯罪的になっているような気もしますが、勝てば官軍負ければ犯罪者。私は勝ち組なので問題はありません。
「さぁ、隣の宝箱も開けちゃいますから、全部持って帰りますよ!」
「はぁい! わぁ、お菓子? というものがたくさん! リュックに詰めなくちゃ!」
「こんなに大量の缶ジュースが!? 高位貴族のパーティーくらいしか、ここまで多くの缶ジュースは見たことがございません、レイ姫様!」
みんなでせっせと宝箱の中身をリュックに移し変えます。みんな笑顔でホクホク顔。この後はお菓子パーティーですね。
冒険者の一番の醍醐味は宝箱を開けることですもん。はたから見たらどのような集団に見えるかは考えないこととします。
「おぉ! 宝箱をお開けになられたのですね!」
危なげなく、スタッフスケルトンを倒し終えた隊長さんたちも、私たちの戦果に驚く。紛れもなくお宝です。宝箱から手に入れました。本当です。
隊長さんたちが周りを警戒してくれるので、安心して仕舞えます。ペットボトルに缶ジュース、あ、これはお汁粉ですか。春先なので、まだコーンスープの缶もありますね。
せっせと詰めていく面々。ですが計算違いが発生。
「うぅ、結構重いです、皇女様」
「か、缶ジュースってこんなに重いんで、ですね」
リュックにパンパンに入れたため、ヒナギクさんたちはきつそう。リュックが肩に食い込み、頬も真っ赤でよろよろ歩き。子鹿のようにぷるぷる脚を震わせてます。
しまった………忘れてましたよ。たしかに缶ジュースもペットボトルも結構重い。リュックいっぱいに詰め込めば、そりゃ重いに決まってます。少女では歩くだけでも辛いに違いありません。
でも、これだけのお菓子とかジュースを捨てるのはちょっと………。
「仕方ありません。ダンジョン攻略は一旦中止とします。今日は初めてですし、これくらいでやめておきましょう」
「ええっ! 来たばかりですよ、姫殿下! まだダンジョンに入って最初の最初なのですが」
隊長さんたちが私の言葉に驚いて止めようとしてきますが、たしかに休憩時間を抜かすとまだ1時間くらい? でもお菓子とかジュースのほうが大事なんです。宝石とお菓子どちらかしか持っていけないとしたら宝石は捨てるのが私です。後で拾いに来れば良いですし。
「せめて、この先の中庭まで参りませんか? そこなら小休憩できますし、それほど強いゴーレムやスケルトンも出現しません」
「うーん………ですが、もう荷物持てないですよ? お菓子でいっぱいなので、他の宝をしまう余裕ないです」
お宝よりもお菓子を取る皇女レイちゃんなのだ。でも、隊長さんは不満そう。部下たちも稼げるチャンスを逃したくない模様で、顔を少し顰めています。
仕方ありません………それなら大女優レイにジョブチェンジ! よろよろとよろめき、儚い少女、か弱き皇女、パタリと倒れ込み、目元に手を添えます。
「欲を出す時が冒険者の死ぬ時。引き際を考えてほしいのと……テンナン子爵の罠が気になるのです。なにか危険な罠が仕掛けられて、貴方たちが怪我を負ったらと思うと………よよよよ」
皆が大事な第13皇女レイちゃん。メメメと鳴き真似をします。メェ〜。ヤギの物真似そっくりでしょうか。このぷるぷる震える細い脚がヤギのか弱さを見せていますよね?
銀髪の美少女が倒れ込み、メェと悲しむ姿を見て、隊長さんたちやヒナギクさんたちは感動で目を潤ませる。
「そこまで我らのことを……ありがとうございます、姫殿下! この命は姫殿下のために!」
「姫殿下のために!」
ここまで平民のことを考えてくれる皇族はいないと、感動の唱和をする兵士さんたち。そうなんです、皆のためなんです。すっかりテンナン子爵のことを忘れていましたが、ありがとうございます、テンナン子爵。これで貴方の悪行は許しましょう。貴方のお陰で無事にお菓子パーティーができそう━━━。
ビービー
ん? サイレン?
『危険な行為が発生。対処に移りますので、見学者は至急避難してください。繰り返します、危険な行為が発生。対処に━━━』
通路が真っ赤なライトに変わり、うるさくサイレンが鳴り始めました。なんでしょうか、これ?
嫌な予感……。
遠くからガシャンとガラスが砕ける音が響いてきます。ドカンと音が響き、壁を削るような音。
そして低音の震えるような音。
「ヒャッハー! 皇女よ、ここで死んでもらおうか! このチャンスを持っておったのだ。のこのこと罠に引っ掛かったな!」
ガリガリと壁を削り、無理やり入ってくるのは━━。
「あれはテンナン子爵の操る魔道蟲です! それにこの声もテンナン子爵ですぞ!」
通路に無理やり押し入ってきたのは蟲。丸っこいフォルムの通路を塞ぐ程の大きさの鉄の蟲。テンナン子爵は蟲使いだったのですね、そのような情報は早く教えてほしかった。
「うふふ、ここで死んでもらうわ、クズ皇女!」
そして、鉄の蟲の背中に乗るコウモリの顔の女性。声からメイド長だとわかります。いないいないと思っていたら浄化を免れて隠れていましたか。
「しねえっ!」
鉄の棒を向けて………もう目を背けるのも、面倒くさくなってきました! 現実に向かい合いましょう!
「機関銃です! 皆逃げなさい!」
置いてあったリュックを掴むと、思い切り投げてコウモリメイド長へとダイレクトアタック。迫るリュックに慌てて、思わずコウモリメイド長は引き金を引く。タタタと乾いた音が響きあさっての方向に銃弾が撃たれ、リュックがバラバラとなり、ペットボトルや缶ジュース、お菓子が飛び散る。
「ぐ、このクソガキィッ!」
「それはこっちのセリフです! 貴方たちはもう許しませんからね!」
皆と一緒にダッシュで逃げながら、ベーッと舌を出してぐぬぬと睨む。
私のお菓子が………。
それになんで装甲車なんですか! この世界、剣と魔法の世界ではなかったんですね。薄々気づいてましたけど!




