37話 ダンジョン浅層らしいです
ダンジョン。恐るべき迷宮。命を懸けて冒険者たちが攻略する金の埋まる箱庭。報酬は莫大な金銀財宝と英雄たる名声。板一枚の通路を歩き、踏み外せば明日はない。死の不幸と生の幸福が背中合わせの存在。それがダンジョン。
そう思ってました━━━。
「おりゃぁ~!」
「また出てきたぞ!」
「てーい! うまくスイングすると吹き飛ばせるよ!」
「力一杯叩くと硬い表皮でもへこみますね」
小綺麗な受付ロビーにて、鉄の槍を振り回して案内ドローンを破壊していく仲間たち。なんでしょうか、警察って何番でしたっけ?
とてもではないですが、冒険者には見えません。工場に押し入る強盗の集団ですよ、この光景。
まぁ、警察を呼ばれる雰囲気もないようですし、案内ドローンは腕の先端にスタンガンがついているだけで、当たってもビリリとするだけで、そもそも槍の間合いに入れないので相手にはならない模様。
一人ガーベラだけが長剣持ちですが、その動きは鋭く速く、その歩法や体捌きは明らかに訓練されたもの。ドローンが近づくとステップを踏み、切り返して間合いを絶妙に外して、隙あらば鞘で叩いてます。たぶん長剣だと効き目がないと理解しているのでしょう。訓練された剣士を前にただの案内ドローンでは触れることもできません。
というわけで、私は戦いには加わらず受付窓口の後ろ側を見に行きます。強盗に見られてかっこ悪いとか思っていません。適材適所というやつです。
鈍い金属音がホールに響く中で、受付窓口の後ろに回り込み、ガサゴソと調べます。神女はタンスとか調べたり、壺を割っても許されるのです。
「ふむふむ………飲みかけのペットボトルを見つけた」
ちゃららーと、受付のお客には見えない死角に飲みかけのペットボトル発見。半分ほど残っているミネラルウォーターです。
ててーんと持ち上げて、お宝発見。ニコニコレイちゃん。はたから見ると勇者ごっこをする可愛らしい美少女。キランと目を光らせて、名探偵レイちゃんにジョブチェンジ。
「水は腐ってはなさそうです。飲みかけを放置したら雑菌が入って、数日で腐るはずですが……綺麗なものです、これは今日開けたかのよう………」
受付の人って、暇なのでお客様に見られない死角に色々置きます。お水とか飴玉とか、図太い人だと雑誌やお菓子。絶対になにかあると予想していましたけど、これは予想外です。
引き出しを開けると飴玉の袋を発見! パイン味で、分厚い飴玉の舌触りが良いやつ。中身は開けられていますが、これも開けたばかりに見えますね?
消費期限は………。
「2054年3月4日………そう言えば、舞茸の里も同じ年代でしたね……これはいったいどういうことでしょう……ん? この長方形の板はスマホ?」
引き出し内に黒い板、即ちスマホ発見。スマホは手放せない世の中なのは未来でも変わらないようです。
横のスイッチを押すと画面が光り、パスワードを求めてくる。
「まぁ、パスワードがあるのは当たり前。驚くことはないですが、パスワードはそこら辺に置いては……いないようですね」
ゲームならメモに書かれたパスワードがあったりするのですが、なにもありません。後は内線電話にパソコン。それにこの工場のパンフ?
内線電話の受話器を取りますが、ツーツーと音が鳴り生きていることがわかります。パソコンの電源は……ついたままでスクリーンロックがかかっています。やっぱりパスワードが必要と。
「工場のパンフに赤い文字で囲まれた箇所があったり、それがパスワードだったり………お客に渡すパンフに落書きはされていないです」
うーん、セキュリティ万全の模様。ぱらりとパンフを開いて、中身を読む。
『トヨハツビシファクトリーにようこそ! この工場は青森県に建設された最新技術の工場街です。これは寒村を丸ごと工場街に変えることで、様々な効率化を図ることを目的としています。製造されるのは自動車からチョコレートまで。トヨハツビシ総合工場は多彩多様な品物を製造します!』
「へー、総合工場……この世界では面白い工場が建設されているのですね」
普通は工場は同じような種類の品物しか製造しません。資源を集めたり、技術を集中させないと合理的効率的ではないですし。でもそれは私のいた地球の話で、この世界では違う。
パラパラとパンフを捲っていくと、社長の言葉とかいらない情報もありますが………これはこの工場街だけで暮らせる可能性がありますね。作物も工場で育生してる………。資源を運ぶのが面倒くさいですが、それでも資源の確保が可能なら、問題はありません。資源の確保………ね。
「姫殿下、レッサーゴーレムを全て破壊しました!」
「あ、ご苦労さまです。誰も怪我はありませんか?」
「はっ! 誰も怪我はありません。いや〜、久しぶりに戦いましたが魔物の特性が無いと疲れるものですな」
汗びっしょりの隊長さんたち。そして、広がる壊れた案内ドローンの残骸。魔石を回収するべく蓋を破壊する面々。
やったぜと良い顔の皆へとジト目で返すわけにはいかないので、優雅な皇女スマイルで労ります。これ、強盗に見えませんよね? 大丈夫、冒険者がダンジョン攻略している光景。
「レッサーゴーレムは500円の魔石ですが、これだけ多くであれば、そこそこになるかと」
単4電池を見せてくる隊長さん。うーん、なんとなくですが、ガーベラが教えてくれましたし、この世界の価値では現代地球の円の価値と比較して、五千円の価値くらいありそう。
20体は破壊しているから、一万円。正直、案内ドローンは雑魚です。案内ドローンですし。こんなに簡単に稼げてよいのですかね。
そして久しぶりということは、前もやっていたと。それなら気になることがあります。
「このダンジョンは一日経つと元の光景に戻りますか? レッサーゴーレムも補充されている? 壊れた観葉植物も、ひっくり返ったソファとかも」
小綺麗な受付ロビーは強盗に入られたようにめちゃくちゃです。
「いえ、一日ではないですね。一週間でこのダンジョンは元に戻ります。その際は」
「霧が濃くなって、いつの間にか外に出されているんでしょう?」
「あ、はい、その通りです。どんなに深層に入っても霧が深くなると外に出されてしまいます。そうなると元通りとなり、一番稼げる日が始まるというわけです」
なるほど、予想通りです。大体理解できました。ふふふ名探偵レイちゃんは真実に辿り着いちゃいましたよ。たぶんこの推測は当たってます。なかなか面白いことをしている者がいるようです。
口元にお手々を添えて、ムフフと含み笑いをしちゃいます。癒やされるなぁとか、誰かが呟きもしています。
「この先はどうするんですか?」
「一休みをしたら、『解錠』を使える魔術師もいないので、深層の扉は開けません。なので、あちらの道に入ります」
指差す先は『見学者通路』と書いてある看板が掲げられている通路。社会科見学とかで行きそう。深層は社員だけが入れる分厚い金属扉のことを言っているのでしょう。後でIDカード手に入れないとですね。
「あまり良い魔石は手に入りませんが、その分敵は弱いので安全です。トラップもないですし。その代わりに宝箱もありませんが」
タハハと笑う隊長さんは少し残念そう。その宝箱、金庫とかコンテナとか言いませんか?
「魔術師ですか。こーゆーところでは困りますね……」
ふむんと顎に手を当てて顰めっ面になる。全部浄化したのは失敗でしたか。でも、それならそれで遣り様があるというもの。
「とりあえずは今日は見学者通路で満足することとしましょう」
スマホをポケットに入れて、飴玉袋はヒナギクさんに預けます。たぶんこの世界の食べ物は腐っていません。
一休みをしてから、再び攻略再開。トテトテと通路を進む。
通路は細長く、大勢の人が見学するように、壁には品物のパネルや電子モニター。ガラス張りの方では、部屋の内部が見学できて、ベルトコンベアーとその脇で動くロボットアームが見えます。
そして、私達を検知して、機械音声での案内アナウンスが聞こえてきます。
『見学者の皆様、ようこそトヨハツビシ第一工場に。この工場では、ご覧の通りスマートフォンの部品を作っております。小さな回路を作るために、ご覧になっているラインは埃などが入り込めないようにクリーンルームとなっております。常に小型ドローンが埃などを掃除しており、細菌の一つも侵入不可能。最新技術の製造技術なのです』
ベルトコンベアーから流れてくる小さな回路板をロボットアームがガシャコンと動いて、部品を取り付けてハンダ付けをしている。ロボットアームの先端は針のように細長く、精密に回路を作っていた。ベルトコンベアーに並ぶロボットアームはずらりと並び、疲れから止まることもなく、1ミリの動きも違わずに揃って動いていた。
見学者への視覚的な効果を考えているのだろう。なるほど、凄い光景だと感心しちゃう。私が感心しちゃうくらいなので、初めて見たヒナギクさんちたちは感激していた。
「はわぁ〜、あんなにたくさんメタルハンドがいる〜」
むにゅうと頬をガラスにつけて、ヒナギクさんがワクワクとした声をあげる。
「ほんとだよ。あれってなんの儀式してるんだろ?」
「わかんない。魔獣を召喚する儀式とか?」
「ほへぇ〜。あれが魔獣の卵とかなのかな?」
ロボット工場という概念が存在しない人間は面白い発想をするものです。なんかほのぼのしちゃいますね。
キャッキャッとはしゃぐメイドズですが、隊長さんは前方に向けて警戒の表情となる。
「スケルトン、3体!」
通路の壁がシュインと開くと、スケルトンたちが歩み出てくる。
今度はスーツ姿のスケルトン。やはり行動支援強化服を着込んでいる。他は先程のスケルトンとあまり変わらない。
「全員囲んで倒すぞ!」
「おうっ!」
またもや強盗事件が始まりますが、私は気にせずに周りを見渡す。
見学者通路って、必ずあるものが………。
「あ! ありました!」
壁に嵌め込まれた金属のタンス。ピカピカと光っており、前面がガラス張り。
まぁ、タンスというか、自動販売機なんですけど。きっとあると思ってたんです。見学者向けの自動販売機。
パアッと明るい笑顔でとてちたと自動販売機にと近づき、よく見ると2台の自動販売機が隣り合ってました。
一つはジュース自動販売機。もう一つは……。
「お菓子の自動販売機!」
ナンバーが書かれた棚にいくつものお菓子が置かれている。ポテチ、チョコレート、煎餅とかよだれを垂らしちゃうラインナップ。おぉ、バームクーヘンもあります、バームクーヘン大好きです。
「やった、やりましたよ。これでお菓子ゲットです……あれ?」
コイン投入口が見えません、ペタペタと触って確認しますが、どこにもない。……カードを翳すタッチパネルがある………。
「あぁ、レイ姫様。ダンジョンのその宝箱は高レベル魔術師でないと解錠できません。破壊するのも難しいので、諦めるしかないかと」
「そんなぁ〜、そんな酷い! 見せるだけ見せて、これじゃ生殺しですよ!」
ガーベラが後ろから教えてくれるので、涙目になり膝をついて項垂れちゃう。残念無念、開かないというか、これはカード払いだけの自動販売機。この世界ではカード払いが当たり前だったのでしょう。
もちろん、カードなんか持ってないで………ん、待ってください。
「もしかしたらなんとかなるかもしれません」
ポケットから先程手に入れたスマホを取り出す。もしもこのスマホがカード払いに対応していたら?
キラリと光るスマホを見て、ニヤリと笑うレイちゃんでした。




