34話 ダンジョンに突入します
太陽神の神剣の力により瘴気の森は消えました。いえ、正確に言うと遠く離れた所にまた瘴気の森が見えますので、完全には燃やしてはありません。
でも、ダンジョンと呼ばれるものには行けそうになりました。瘴気の森、禍々しい木々は消え去り、青々とした草原が広がって、緑薫るそよ風が頬をなでて気持ち良いです。
そして、離れた所に立っている大きなコンクリート製の建物。そして、呪いが解けたうさぎや鹿、猪たち。
呪いが解けて、キョトンとした顔でキョロキョロとしていますが………諸行無常、世は常に残酷なのですよ。
「今です。皆さんでうさぎとかを狩ってきなさい!」
狩人いらずの状態。呪いが解けて、体力を失っている動物たちは動くことができません。
なので、ここがチャンス! お肉、お肉を食べたいので、指揮官が命令するように、ピシリと人差し指を向けて命じます。
「うぉぉぉ!」
「お肉だー!」
「狩り放題だぞ!」
「冬の薪に使うから、倒木も回収しろ〜」
「うひゃっ」
と、予想外に兵士さんたちよりも後方から驚くような咆哮が轟き、驚いてうさぎのようにぴょんと飛び跳ねちゃいます。
なにがあったのかと言うと………。
大勢の農民たちがそれぞれ武器を持って駆けてきました。えぇぇぇ? なにが起こったのでしょう。一揆ですか?
「えと?」
「皇女様。皆は暇なのでついてきていましたよ。どこに行くのかなぁって、興味津々で」
「あ〜………娯楽少ないですもんね」
少しビビっちゃう私に、ヒナギクさんがもう収穫以外することないのでと、タハハと頬を掻く。少し恥ずかしい気持ちもあるようです。
動けないうさぎや鹿、猪たちを狩っていく皆さん。男たちだけではなく、女性もいるのですが、なんといえば良いか………。
「しねぇっ! 明日の肉のために!」
「あんたっ! 毛皮も使うんだから、鹿は丁寧に傷がないようにトドメを刺すんだよ!」
「猪肉、猪肉!」
夢中になって動物を殺していく姿は、とってもスプラッタです。スプラッタホラーです。草原が血に赤く染まり、神の力により浄化されたように見えませんね。地獄絵図です。
「まぁ、お肉が大量に手に入ることを考えれば許容範囲ですか」
ここは目を瞑ることにします。牡丹鍋楽しみです。
「焼畑農業じゃぁぁぁ! 伝説の焼畑農業じゃぁ!」
そして、なんかお祖母ちゃんが叫んでいた。むふーむふーと興奮して、血圧大丈夫かな、倒れないかなと私が心配しちゃうレベル。
「焼畑農業ってのは、なんだべ、婆さん?」
「平仮名の読める儂は知っちょる。これは神代の昔の農業。その者、瘴気の森を神聖なる炎で焼いて、肥沃なる大地と多くの肉を手に入れるであろう! それこそが焼畑農業なのじゃぁぁ! 儂はひと目でわかったぞぉぉ!」
平仮名が読めるやけに元気なお祖母ちゃんは、常に知識を披露して自慢するチャンスを虎視眈々と狙っている模様。耳をかっぽじって聞くのじゃと、ぺぺぺとつばを飛ばして、周りへと説明していた。小脇に御伽噺付きのうぎょうじてんと書いてある本も持っています。
肉が手に入る焼畑農業とは、さすがは異世界驚きですね。どやどやと人が集まってきて、街に呼びに行く人もいます。
猪なんか大物です。鹿さんも解体は大変。ウサギさんも面倒くさい。それが浄化した草原に山といます。今までは魔獣として攻撃的な性格であったのが災いとなったのでしょう。たくさん集まっていたようです。
お年を召した人たちは昔を懐かしみ、若人はいつもと違う祭りができると心を弾ませます。
「今度の収穫祭は楽しみだねぇ」
「ほんまや。お肉食べられるなぁ」
「昔のように活気ある収穫祭にしないといかんよ」
人手はいくらあっても足りることはない。収穫祭も近いので、逞しい人々はお肉が食べられると、ウキウキとして狩っていく。
「滅多にお肉は食べられないから、しばらくはご馳走が続きますね、皇女様!」
「姫様、これだけの量であれば、燻製肉も大量に作れるはず。しばらくは火事のように街で煙が立ち昇ることでしょう」
元気いっぱいで前を向くヒナギクさんと、今後のことを考えて計画立てるガーベラのセリフが、対照的な二人の性格を表しており、思わずクスリと笑ってしまったのは仕方ないことでしょう。
「きょえー! この焼畑農業は7日間続くであろう! 炎の7日間焼畑農業なのじゃ! 本に書いてあるのじゃ!」
「んだな。解体大変でそれくらいかかるべさ」
そして、皆さんが動物をサクサクと狩る姿は虐殺にも見えるが、とっても逞しいです。動物愛護団体からクレームきそうな光景でした。
◇
焼畑農業を楽しむ人々に軽く手を振り、私たちはダンジョンに到達しました。そして、コテリと小首を傾げて、目にハテナマークを描いちゃいます。
「というか、意外と近かったのですね。街から五キロくらい? 徒歩圏内?」
徒歩でも数時間の距離です。こんなに近いダンジョンってあるんですね。
「本来はそうだったのです。馬車の定期便も作られており、元のラショウに戻ったことが知れ渡れば、また冒険者たちは鮭のように戻ってきます。街を離れた住民たちも帰ってきますし、商人たちも訪れるはず。これも皇女様の偉大なる神聖術のお力のお陰。ありがとうございます」
ふむ………。そういうことだったのですか。極めて貴重なる情報に、私は身を乗り出して、真剣な顔で隊長さんに詰め寄ります。
「鮭がいるんですか!? ここの近くに鮭が遡上する川があるんですね!」
鮭のようにとの言葉。遡上する川がなければサラッと自然に出てくる言葉ではないと思うのです。たぶんそう、恐らくそう。あぁ、産卵のためにパシャパシャ遡上する鮭の群れが脳内に描かれます。そして、パシャパシャと鮭を掴み取りして、夕飯に鮭のバターホイル焼き、鮭の酒蒸し、鮭のホワイトシチューと、様々な料理に舌鼓をうち、幸せいっぱいで頬張る私。
繁栄とかはどうでも良いです。人間は美味しいご飯を食べて、よく遊びよく眠る。それだけで幸せなのですよ。
隊長さんはなぜかタジタジとなりながらも、コクコクと首を縦に振る。
「はい。ですが川の側には瘴気の森がありましたので、昨今は岩をも噛み砕く危険な魔獣となっておりました。あ、でももう大丈夫なのでしょうか?」
「このダンジョンを楽しんだら、その川に浄化の灰をバッサバッサとふりかけようと思います。心に誓いました!」
心に誓い、空には様々な鮭料理が幻として浮かびます。ジュウジュウと美味しそうな音を立てて、早く私を食べてねとの幻聴も耳に入ります。
待っていてください、鮭たちよ。必ずや私が呪いを解きましょう!
鮭にとっては不幸かもしれない誓いを立てる食欲の化身であるレイちゃんであった。
とはいえ、今はダンジョン攻略。異世界でダンジョン攻略。きっと未来に希望を持てない地球人たちは、よだれを垂らして羨ましがるでしょう。昔、何個か地球にもダンジョンは作りましたが、ほとんど攻略されちゃいましたし。毛玉とかクリアアイテムを考えるのは楽しかったです。
現存する少数のダンジョンはサタニストたちが拠点に使ってるので、一般人は入れないですしね。ダンジョンにいる人からは自動的に霊気を回収できるので、パートタイマーの霊たちを悪魔に変えて住まわせているのは良い思い出です。今もお化け屋敷よろしく霊たちは悪魔の演技をしているでしょうか。
━━━でも、少しだけ疑問があります。
「ここのダンジョンは工場地帯? でも、ここに本当に魔獣がいるんでしょうか?」
目に映るのは、古びて廃墟となった建物群。コンクリートの外壁や鉄筋の柱だけがあり、廃墟となった建物だけが連なっています。遠目に見ても中にはなにもなさそうです。デスナイトってどこにいるんでしょうか。
そもそも異世界ファンタジーの世界なのに、コンクリート製の現代的な作りの工場跡。小説ならこの世界はローファンタジーになっちゃいますよ。
「それは近づいてみればおわかりになられるかと」
「ふむ?」
獣の気配もないので、とてちたと自称ダンジョンへと近づき━━━。
ブワッと霧に包まれました。
「この霧は?」
遠目からは霧などなかったはずなのに、朝靄に近い霧がいきなり発生しました。視界を埋め尽くすのではなく、ぼんやりと辺りが見える程度。空は曇り昼なのに薄暗く、なんとなく肌寒い。
そして、廃墟であったはずの工場群が、変わっています。清潔さを示すように白い壁と透明な窓ガラス張りの工場群を繋ぐ空中通路、工場前には並木道があり、門も壁も備えて稼働していると思われる。大きさはかなりのもので20階くらいはありそうですし、その建物群がかなりの広さに軒を並べて聳え立っていました。
霧煙る中で、その威容は否が応でも緊張と期待を持たせます。
「これがダンジョンですか?」
「そのとおりです、皇女殿下。この青森県恐山ファクトリーが冒険者に人気のダンジョンでした」
隊長はあくまでもダンジョンと言い張ります。その顔はふざけておらず真剣そのもの。まぁ、工場を知らなければ、ダンジョンだと考えてもおかしくないかもです。
(看板はと…………。こーゆー工場は必ず社名とかが門前にあるはず。あ、ありました)
大理石に嵌め込まれた看板発見!
『株式会社トヨハツビシ青森工場』
なるほど? なんの工場なのでしょうか。外側からはわかりませんが……面白そうです!
「皆さん、これよりダンジョンに向かいます。装備は大丈夫ですか?」
「はっ! 我らは準備OKであります!」
鉄の胸当てに鉄の槍。いかにもな装備の兵士さんたちが敬礼してきます。最近は再び訓練に身を入れており、その顔つきは精悍です。
「皇女様。私たちも備えてきました!」
ヒナギクズは今日は革ジャンとジーパン。その手には鉄の槍を持ち、ふんすと気合の表情。これまで田畑を守ってきた経験からか、手慣れている様子。
「レイ姫様、わたくし共も問題ありません」
軍服っぽい服を着て、片手剣を持ち、ガーベラが頷く。でも、他のメイドズは顔を蒼白にして不安そうで泣きそう。ガーベラは戦闘訓練も受けていそうですが、他のメイドたちは厳しそうです。
「ダンジョンこーりゃくするでしゅ!」
鉄のお鍋を被り、お玉と鍋の蓋装備のお友だちたちがふんふんと鼻息荒く言います。気合十分の模様。
私も今日は乗馬服で、その腰には短剣を挿しています。
よろしい。皆さん問題はなさそうです。
では………。
「そこのお友だちたちを連れ帰ってください」
ガーベラ配下のメイドズへと命令を出すのでした。お友だちたちはダンジョンこーりゃくは無理です。
「がーん! あたちたちもあたちたちもいくー!」
「ずるいでつ! ダンジョンこーりゃくしたーい!」
「うわーん! あしょぶの〜」
「皇女しゃまだけじゅるーい!」
震える四人のメイドズが一人ずつ抱えて去っていきました。お友だちたちは泣いて暴れて駄々っ子モードですが命がかかっているので、メイドズもしっかりと抱えて放しません。
さようならと笑顔で手を振って見送り、工場へと足を踏み入れます。
さて、どんなダンジョンなのでしょうか? そしてテンナン子爵はどこにいるのですかね?




