33話 反対されても行くのです
「これは罠ですよ、皇女様!」
執務室にてテンナン子爵から面白い提案を受けた私ですが、なぜか自室で怒られちゃってます。ペチペチとテーブルを叩くヒナギクさん。プンスコと怒っています。
「まぁ、お気持ちはわかります。罠なのは明らかなのですが、どーゆーことなのか説明をお願いします」
「話を全然わかっていないで、OKをお出しになったのですか!?」
椅子に座って脚を組み、優雅な手つきで白湯を飲みながら、そろそろ味のある飲み物が欲しいですねと考えます。スポドリでも良いですよ、身体を鍛えようかと思っていますので。
「皇女様ぁ〜。私のお話を聞いておりますでしょうか?」
涙目になって悲しげにするヒナギクさんの様子に、さすがに罪悪感を覚えて、コップを置きます。
「詳しくはわかりませんが、話の流れでだいたいわかります。あれですよね? 狩人がトロフィー的な獲物を狩ってくるというあれ。収穫祭を前に大きな獲物を狩ってくるのが領主の役目なのでしょう?」
「そのとおりです、姫様。このラショウの街の領主となった皇族は毎回収穫祭のたびに狩ってきた獲物を披露します。資料によると、前領主の皇子様はデスナイトを狩ってきたと記載されておりました」
ガーベラが本をドサリと置いて、淡々と教えてくれます。私が収穫祭の前に狩りをすると聞いて、すぐに資料を持ってきた模様。うーん、できるメイドですね。なんでこんな僻地に来たんでしょうか? そういえば男爵の長女と言っていたような?
「そうなんです。デスナイトは強力な不死者でいつも兵士の人たちから犠牲者がたくさん出ていて………魔石とかデスナイトの素材は高かったらしいですけど、私はあんまり嬉しくなかったです………」
「兵士は貴重ですから、ヒナギク様の仰る事もわかります。ですがデスナイトは魔石と素材を合わせて一億円は固いんです。この地にもかなりお金が流れたのでは?」
「えっと……そう言えば屋台とかありました。皇女様が領主になってからは、あ、な、なんでもないです」
不思議に思う私を他所に、ヒナギクさんとガーベラが話し合っています。
「屋台の焼き鳥美味しかったです!」
「だよねぇ〜、私も収穫祭楽しみだったぁ」
「税金も安かったかな」
サザンカさんたちも話を聞いて、思い出したように顔を綻ばせる。焼き鳥に興味がありますが、なるほど、総合で見ると前領主は良い領主だったのですね。
そりゃ、その次が8歳の皇女で、引き籠もりになりテンナン子爵により重税をかけられる。うん、嫌われるのも当たり前です。8歳という若さには同情するが、それはそれとして皇族としての仕事をきっちりとしろと言うところでしょう。
理性と感情は違うのですよ。
「こーじょしゃま。やたいってなぁに?」
難しいお話だけど、なんか美味しそうな話をしていると本能で理解したお友だちが、コテリと小首を傾げます。まだ五歳でしたっけ。それなら覚えていないのも当然です。
「今年から見れると思いますよ。私が行うと決めましたので」
お友だちの頭をナデナデして、優しい笑みを向けます。なにせ屋台ですからね。屋台。もう開催することは決定です。
今の私には心があります。良心と悪心が一滴だけあるのです。人の願いのままに行動する霊帝ではなく、人間としての自分からの行動。
だから屋台を知らないお友だちに教えてあげたい。お祭りの楽しさをお友だち、いえ、この街の皆に聞いてもらいたいのです。決して私が屋台を楽しみたい理由だけではないのです!
「皇女様、危険です! 瘴気の森はほんとーに危険なのです。魔に汚染された土地で、その奥にダンジョンがあるんですよ? 魔王に出会うかもしれません!」
「ヒナギクさんこそ忘れましたか? 私は神女。イザナミ神の加護を受けしこの身体には一切の穢れは通用しません」
胸に手を当てて、高慢たる態度で顎をあげて、自信満々に宣言します。皇女たる堂々たる姿で。陽射しの下とはいきませんが、それでも威厳ある私の笑みに、ヒナギクさんは口を噤む。
他のメイドたちも反論するのを止めたので、全員了承したということで良いでしょう。
そこにきっとテンナン子爵の罠が待っているとは思いますが、悪意はビターチョコレート味。楽しませてもらうとしますよ。
「ところで、一億円って、どれくらいの価値なんでしょうか?」
通貨単位が円とか、もうこの世界が日本と無関係だとは思ってません。それでも魔王とかもいるんですよね? ほんとーにどんな世界なのでしょうか。
◇
ラショウの街は瘴気の森から人類を守る最前線。という触れ込みでしたが━━━。
思い立ったが吉日。収穫祭も間近なので、次の日にダンジョンに向かうこととしました。
街中をぞろぞろと歩いています。お供は前回の戦いで手伝ってくれた兵士さんたちとメイドズ。街中を歩いていると、収穫が近くてすることがなく、暇そうな領民がなんだろうと目を向けてくるので、ひらひらと手を振ります。好感度アップは地味な活動からです。
「以前はダンジョンまではすぐに行けたのですか?」
「はい、数十年前までは瘴気の森もそこまで広がってなかったのです。ですが、魔王が出現して以来、魔王の吐く瘴気により森が広がり、ダンジョンまでの道が塞がれました。それにより遺物の回収が難しくなり、冒険者たちが一人、また一人と去っていきまして……」
「あぁ、その後の説明はスキップで良いです。冒険者相手の商人が去っていき、酒場や宿屋もやっていけなくなり、雇われていた人たちも移住していったということでしょう?」
隣を歩く隊長さんにひらひらと手を振る。気まずそうに隊長さんは頷き、街並みを悲しげに見渡す。ガランとした街。空き家だらけで、人気はなく魔に汚染されても、この地に残るしかなかった者たちの集団。とても寂しい街です。
きっと嘗ての活気のある街を思い出しているのでしょう。ここは冒険者の街として成り立っていたと。
「魔王を討伐しようと何度も軍を派遣しましたが、魔に汚染されてしまうリスクから、腕の良い兵士や冒険者は集まらず毎回失敗し………」
「魔王ですか。どんな魔獣なんですか?」
「ダンジョンから現れた魔獣です。瘴気を吐く強力な魔獣でして、しかも負けそうになると逃げてしまう厄介な相手なのですよ」
「逃げ出しても魔王と言うんですね……普通、魔王というのはどっしりと城の奥で待ち構えて最後まで戦うものですけど」
「それはお伽噺の魔王ですよ。本来の魔王というものは瘴気を大量に吐くもののことを言います。なので弱くとも魔王というものは存在しますね」
ちらりと後ろに付き従うメイドズに顔を向けると常識なのですよと苦笑していた。なるほど、世界の常識は所変われば品変わるというやつですか。
街を出て、草原を通り過ぎる。少し先に禍々しい薄めたチョコレート味の瘴気が広がる森があります。薄めたチョコレート味と言葉に加えると禍々しさが一気に下がるような気もしますが、私にとってはそんな程度なのですよ。
黒き灰が森に舞っており、木々は捻くれていて、人間のような顔が幹に浮かんでいたり、枝がヘビのように蠢く。よくよく見ると根っこを地面から抜くと歩いて草原の陽射しのある場所へと移動する木もあります。草は昆虫のように葉を揺らし、花は斑点だらけの毒々しいものばかり。木々の合間に魔獣が目を爛々と光らせて、獲物を待っている様子も確認できます。
「皇女様、ほんとーにこの先にゆくのですか? 危険ですよぅ」
私の裾を引っ張り、声を震わすヒナギクさん。まぁ、よほどのアホでなければ、この森には踏み込まないでしょうね。
兵士たちも魔物の特性をなくして、今は少し鍛えた程度のただの人間。魔獣と戦う危険性はわかっている様子。その額に冷や汗をかいていますが、逃げる様子はないので、随分と私は好感度アップした模様。ふふふ、地味に頑張った甲斐があったものです。
「ヒナギクさん。私はこの街を……まぁ、前みたいに活気のある街にするつもりはありません。田畑を耕し、しっかりと収穫をして、領民がお腹を空かせない街にしたいのです」
きりりと顔を引き締めて、展望を語ります。最初は活気のある街、繁栄する街にしようかなぁと思っていたのですが、五千人程度の街が仕事も少なくてちょうど良いと考え直しました。
お肉とか甘味とかを手に入れる方法は別に考えるとして、異世界スローライフを私は目指すのです!
なので、収穫祭とかくらいは楽しいお祭りにしたい。スローライフって、そういうものです。昔はスローで動くことをスローライフだと思っていたのはナイショですよ。
「なので……楽しい収穫祭にするためにも、大物を狩ってきます」
ヒュウと息を吸う。体内の生気と霊気を高めて練り合わせる。螺旋のように遺伝子を組み合わせるように新たなる力を創り出していく。
創造していく。
自分の神の力を。
霊帝たる経験をもとに。
パンと手を合わせます。私の身体から、純白の炎が吹き出していく。
「な、なんという神々しい炎だ!」
「す、凄い。これが皇女様のお力………」
「見て、草原が緑色に変わっていくよ!」
白炎が地面を舐めていき、兵士さんたちやメイドズを包みこむが燃やすことはない。瘴気に汚染された呪われた草原を燃やしていき、その後に本当の青々とした草原が姿を見せる。
皆が驚きの声をあげて騒ぐのを横目に、合わせた手を広げていく。白炎を纏った神々しい長剣が抜き身で現れる。
「一切の穢れを祓う神剣」
『太陽神の神剣』
「この力は我のもの」
『第一命術:血』
『第二命術:風』
『融合命術:浄風刃』
白炎を纏った長剣に、私が創り出した風が加わり、その炎が伸びていく。横に構えて呼気を高めると、伸びた白炎は数十メートルに達する。
「ダンジョンまでの道。森などに邪魔はさせません!」
腰を捻り、足に力を込めて、ギリギリと腕を引き絞っていく。
「喰らいなさい。我が奥義を!」
『サンスラッシュ』
貯めた力を解き放つ。身体がブレて、解放された腕がその力を以って、高速の剣撃を放つ。
長大なる炎の剣は白炎の刃を放ち、瘴気の森に向かうと、その炎にて不気味なる木々も、毒々しい草花も、隠れ潜む魔獣たちをも全て巻き込む。
白炎により森林が白炎に呑み込まれ、その威力にて爆風が巻き起こる。
「キシャー」
「ゴエエエ」
「ヂヂヂイイイ」
森林のそこかしこから断末魔の声が響き━━━。
「グォォォァォ」
耳をつんざくような声が響き、やがておさまった。
「どうやら、これでダンジョンへの道は開けたようですね」
爆風のより靡く髪を押さえながら、私は結果を見て満足し、ふわりと微笑みを見せる。
白炎により全ての瘴気は焼き尽くされて、眼前にあった瘴気の森は跡形もなく、そこにはそよ風に揺れるただの草原と遠くに見える建物だけがあるのだった。




