29話 お菓子を食べましょう
結城レイは意識を闇の中から抜け出した。おふとんからちょこんと顔を覗かせて、うーんと伸びをして起き上がります。
さらさらの銀髪が顔にかかるので、そっとかきあげる。お布団はぬくぬくでまだ眠ろうよと誘ってきますが、今日はやることがあるので起きます。
起き上がると、チュンチュンチチチと可愛らしい雀の声が窓から聞こえてきて、日差しがカーテンの合間から漏れています。今日は良いことがありそうです。
「ふにー。なにか良い夢を見ていました」
なにか夜中に狐に変身した夢を見たような気がします。たぶん夢だったと思います。なぜならば、眠たくなったので、話を途中で切り上げてきたから!
まだ私は11歳。夜中に召喚されても困るのです。今度からはお昼に召喚するように命じましょう。まぁ、夢だったんですけど。
『第三霊術:全て星空の下で』です。コレは相手側が呼び出しの儀式を行うことで発動できる大イベント。呼び出された神狐は周辺の霊気と相手の霊気を使用し、満天の星で、動物たちと仲良く星空を見上げる。という、ただそれだけの霊術です。
それに合わせて霊気の分体、もしくは本体で降臨儀式をすると、顧客満足度大幅アップ。満点を超えるサービスの良さなのです。
壮大なリアルプラネタリウムなので、とても受けが良く、そんじょそこらの神の降臨などと比較にならない感動を与えます。世の中、エンターテイメントが大事。静々と現れるなどともはや流行らないのですよ。えっへん。
退魔師の盟主として日本に君臨するケモリストにしてモフリストの小鳥遊家は、警戒心の高い野生の動物たちとモフモフできて、大興奮で大喜び、三脚を立てて撮影準備万端で、料理をずらりと並べて祭りをしたものです。他の退魔師も参加していて、大イベントだったのです。今年はないなぁとしょんぼりしてました。
まさかの私を追放するためにイベントが乗っ取られていたとは思いもよりませんでした。
まぁ、私の年一のご馳走イベントを奪った稲荷神にはそれ相応の賠償をいつか求めることとして、今はこの世界のことを考えましょうかね。
それに気になる物を手に入れましたし。
「皇女様、おはようございます! 起きられたんですね。すぐにお支度をさせて頂きます」
「おはようございます、ヒナギクさん。今日も元気一杯ですね」
「はいっ、元気一杯です。カーテンをシャーッって開けますね、皇女様」
私が起きたことに気づいて、コンコンガチャリと扉を開けて、ヒナギクさんがひまわりのような笑顔で挨拶をしてきます。後ろから困った顔のガーベラと、他メイドズもぞろぞろと。ガーベラは僅かに顰めっ面となっているので、ノックと同時にドアを開けるのは駄目ですと、ヒナギクさんは注意されるでしょう。
カーテンを掴むと、シャーッと勢いよく開けますが、カーテンを開ける感触が好きなのか楽しそうです。その気持ちはなんとなくわかるので、ほっこりしちゃいます。これもまたガーベラに怒られそうだけど。
「では、失礼致します」
「よしなに」
温かいお湯を洗面器に入れて、ガーベラたちが顔を洗ってくれて歯磨きもしてくれて、お着替えもしてくれます。なんと便利なことでしょう。
あったかいお湯で優しく顔をパチャパチャ。質の良いドレスをゆっくりと着させてくれるので、腕を伸ばすだけで朝の支度は終わりました。
あー、これは貴族が一人で着替えることもできないというテンプレもわかります。これ、人を駄目にするやつです。私はこの環境を維持しますよ。堕落は楽しいのです。悪魔アスタロトの演技をしてきた私にはわかります。
堕落って楽しいよと、神父に囁いてお酒やギャンブル漬けにしました。蒸留酒の作り方を教えて、カードのルールを考えて、人々に広めたのです。ですが、最後は天使が現れて堕落した神父を救って終わり。後の神父さん聖人入り。感動的なお話ですよね。
なので、私は堕落を楽しみます。身支度が終わったら二度寝して良いかな?
「あれぇ? 皇女様、これはなんですか?」
目敏いメイドが、いえ、元蜘蛛っ子サザンカさん。髪が跳ねっ返りの女の子が、私がテーブルに置いておいた物に気づきます。
「緑の紙の箱ですかぁ?」
ジャスミンさんは元ノミっ子です。胸がスイカみたいに大きな子です。
「見たことないね。なんですか、これ?」
ふわふわな髪の毛の女の子は元スライムっ子のスミレさん。
三人ともに不思議そうにして、ヒナギクさんへと教えてよと、顔を向ける。ここで、えっへん、それはね〜と筆頭側仕えとして答えられれば、威厳アップなのですが、おろおろワタワタとしちゃって、ガーベラへとヒナギクさんは助けてほしいと視線を向けてしまいます。
まぁ、経験の差が物を言う世界ですから仕方ないですか。ガーベラは珍しそうに緑の紙の箱を見ると、フフンと胸を張る。
「私は帝都出身なので、もちろん知っています。これは『ダンジョン』で採取できるお菓子『舞茸の里』ですね。もう一つ『シメジの山」というお菓子があるんですが、チョコレート二大お菓子と呼ばれています。私、帝都出身ですので」
帝都出身であることを強調するガーベラ。他のガーベラメイドズたちも自慢げにフフンと胸を張るので、少し微笑ましい。東京出身が田舎で自慢するような感じで、見ていると恥ずかしくもあります。
そして、またもや不思議ワードが飛び出しました。『ダンジョン』? そして、これはやはり有名なチョコレート菓子だったと。まぁ、見慣れた紙箱にイラストも何回も見たことありますからね。
「『舞茸の里』は帝都でも高級品で、貴族でも中位以上でなくては手に入らないのですが……こちらはどうしたのでしょうか?」
「皇女にはいくつか秘密があるものです………聞きたいというのですか?」
「い、いえ、出過ぎた質問でした。申し訳ございません」
傲岸不遜に顎をあげて、質問してきたガーベラへと紅い瞳を向けると、なにか秘密の伝手があると勘違いしてガーベラは冷や汗をかいて頭を下げる。
うん、秘密の伝手だからナイショだよ。なにも聞かないように。コンコン狐が置いていったと説明すると、医者を呼ばれるかもだし。
「ほへぇ〜。『ダンジョン』ですかぁ。魔石や鉱石以外にも食べられるものがあるんですね」
「えぇ。この地の『ダンジョン』は魔石と鉱石だけだけど、他の地の『ダンジョン』はこういった食べ物が採取できるのよ。『コンビニ』とか『スーパー』型ね。他にも衣料品など様々なものが採取できる『モール』もあるわ。私は帝都出身なので色々と知っているのよ。お菓子は希少品なんだから」
「すごーい! ガーベラさん物知りです!」
「まぁ、貴女もゆくゆくは帝都に訪れる機会があったら教えてあげるわ」
キラキラと輝く尊敬の視線を向ける純粋なヒナギクさんたちに、頬を染めて嬉しそうにそっぽを向くガーベラ。自尊心が満たされて、得意げになるかと思いきや、意外と恥ずかしがり屋な模様。
もちろん私も内心ですごーいと言いたいです。『コンビニ』に『スーパー』? むむむ、聞き覚えがありまくりです。その『ダンジョン』に興味津々、好奇心でニャアと鳴きたくなります。
「……これがどのダンジョンから採取できたのかわかりますか、ガーベラさん」
「拝見させて頂きます。…………ふむ………ふむふむ」
箱をジロジロとひっくり返したりして眺めると、ガーベラの口元が薄く笑みに変わる。
「わかりました。こちらは『青森一ノ戸ダンジョン産』です。レイ姫様!」
「青森! ますます行ってみたくなりました!」
ここ、異世界ファンタジーの世界ではなかったのですか!? まさかの青森! というか、それ箱に記載されている加工工場の住所を言っただけだよね?
あー、もうツッコミしきれませんよ。お菓子を貰った時から変だ変だとは思ってましたけど!
「ダンジョンにですか。瘴気の森の『青森恐山ファクトリー』は魔石を落とす魔獣と魔道具が中心でお菓子などはありません。瘴気の件もありますので……」
そこら辺はヒナギクさんたちも知っているようで、申し訳なさそうに答えてくる。なるほど、瘴気があるからですか。ファクトリーというダンジョン名とはきっと関係がないんでしょうね。そして、ここは青森県なのでしょうか?
はぁ………予想よりも遥かに難しい世界のようです。思わず嘆息して胸を躍らせてしまいます。本当に面白そうな世界です。
とはいえ、気になるワードはまだまだゆっくりと確認していきましょうか。それよりも久しぶりのチョコレートクッキーを食べないと!
箱をペリペリと開けて、中の金色のビニールを破いてっと。袋を開けると、香しい甘い匂いが漂ってきます。スゥ~と匂いを嗅いで、ハニャ〜と顔を蕩けさせちゃう。
袋の中を子猫アイで素早くチェック。ピピピ、第菓子感覚醒! 覚醒した感覚により28個入りと判断。とすると私を入れて10人ですから、えっと一人二個ずつ。私は10個ですね! 喧嘩にならないように皇女流平等術ですよ。
それじゃ慈悲深い私は配りますよと、チョコレートクッキーを摘もうとして━━━。
コンコンガチャリ。ポテポテと近所の子供たちが入ってきました。最近は暇なのでいつも遊びに来てくれる子供たちです。
「おあよ〜、皇女しゃま〜」
「あしょびにきまちた!」
「もうお昼でつよ」
「なんか甘い香りしゅるね」
くっ、子供たちは幼いから一個ずつで良いでしょう。
「これなぁに、皇女しゃま? 甘い香りしゅるね」
幼い子供特有の第菓子感に目覚めたのか、私の手元にある舞茸の里へと近づくと、スンスンと鼻を蠢かして、キラキラおめめで尋ねてきました。
うぬぬ………うぬぬ………。はぁ、仕方ありません。葛藤しちゃいますが、ここで大人げない行動はとれません。
「これはチョコレートクッキーというものです。皆さんで食べましょう。一人二個ずつで」
「よろしいのですか、皇女様? 貴重なものなのでは?」
「良いのです。なぜなら、いつでも食べられるように、これから私は頑張りますからね」
驚くヒナギクさんたちに、手が震えないように気をつけながら、チョコレートクッキーを手渡す。
皆に配り終わると、私の分をパクリ。ウ~ン、久しぶりの甘味です! このチョコレートの甘みがクッキー部分とちょうど合っていて、とっても美味しいです。
「わぁ……こんなに甘いもの初めて食べました!」
「私も眺めているだけでしたので、このような味がするのですね、この舞茸は」
「ん〜、ほっぺが落ちちゃう。おいしーでしゅ」
皆で蕩けた顔でチョコレートクッキーを味わいます。とても嬉しそうなので、まぁ、二個しか食べられなかったのは我慢しましょう。
幸せそうな顔の皆を見ながら、私も二個目を口に放り投げるのでした。
ちなみに本物の舞茸ではないので、間違えないようにお願いします。




