25話 光の使徒たち
結城レイが皇女として活躍している頃、結城レイ、いや霊帝がこの世界にやってくる契機となった、転移してきた四人は───。
神々しい光と共に降臨した四人は通りがかった商隊により保護されてから、この世界に慣れるために商隊の雇われ護衛をしていた。
その日もまた護衛として戦いを繰り広げていた。奥深き森林にて、商隊を襲ってくる化け物たちと。
「ゴブリン2体抜けた。右に行ったから対処よろ」
簡素な革鎧を着て、鉄の長剣と革の盾を持つ茶髪の青年が緑の肌を持つ化け物、ゴブリンと呼ばれる者と最前列で戦闘を繰り広げていた。10体はいるだろう。一人では押さえることは難しく、2体が横を抜けてしまう。
緑色の肌を持つ子供のような体格の化け物は小さな棍棒を持って、多少なりとも知恵を持つために、抜けられそうなところを狙ったのだ。
「りょ。それじゃ、さくっと片付けるね〜」
『氷結魔術:氷竜息吹』
くすんだ金髪の少女が手に持つ木の杖を掲げる。先端から冷気が吹き出すと、小さな家程度なら軽々と呑み込む程の大きさに膨れ上がり、ゴブリンたちへと向かう。ゴブリンたちは迫る膨大な量の雪崩の如き冷気を躱すことなどできずに、呑み込まれた土地ごと氷に閉じ込められて息絶えるのであった。
「どーよ。あーしってすごくなぁい? ドブリン一発〜」
「へっ、小梅ぇ〜、オーバーキルすぎだろうがぁ。俺みたいに効率的に使えよな! ドンブリなんざ、一撃だ!」
茶髪の男が腰だめに剣を構えると、剣身に漆黒のオーラが生み出されて、バチバチと放電が始まる。
『雷神剣』
剣身が超高熱のプラズマと化し、不思議にも高熱で空気を歪ませるほどなのに青年の毛一つ燃やすことはない。
腰だめに横薙ぎに振ると、プラズマの剣身は伸びてゴブリンと呼ばれた者たちを一撃で分断し、灰へと燃やし尽くす。剣を振り抜くその顔は喜悦に満ちて、己の力に浸っていた。
「松生もオーバーキルじゃーん」
「へへっ。そりゃあな。俺って、強くてニューゲームで一周目からやりたいタイプなんだよ。よく昔はわざと弟がクリアしたあとの2周目のデータからゲームをやってたな」
「わかるぅ〜。あ〜しも、スライムに最強魔法撃っちゃうし、ごめんね〜とか思いながら。あれ楽しーんだよねぇ」
ケラケラと笑いながら、女性は男の攻撃を楽しげに見ていた。
「二人ともゲーマーなら、魔術を使う順番を考えてくれないかな? 周りの惨状を見てくれよ」
後方で控えていた多少ぼさつかせている黒髪をかきながら、一人の青年が呆れたように手を振る。
眼前の光景は先程までは緑溢れる穏やかな森林であったのに、凍りついていたり、木々が燃えていたりと酷い有様であった。プラズマに焼けた木々から煙がたちのぼり、森林火災にならなかったのは奇跡に近い。燃え広がる前に超高熱で炭化させたからだろう。それでも放置していたら、火の燻る灰の山となり、少ししたら灰は炎を吹き出すだろう。
「ごめんて。それじゃ、あーしの最大水魔術で消すから」
「いや、手加減の知らない小梅では、またぞろ他の被害が出るかもしれないからね。僕がやるよ」
黒髪の青年が冷静な態度で、ポケットから札を取り出す。札にはなにやら紋様が書かれており、青年が手に持つと、紋様が赤黒く輝き始める。
『呪符:鎮火』
放り投げると札は破裂して、周囲へと赤黒いオーラを撒き散らす。赤黒いオーラが触れると不思議なことに燃えていた木々の炎は燃やす酸素がなくなったかのように小さくなり消えてしまった。
肩をすくめて、その様子を見て、冷静な顔を装おうが、黒髪の青年の口元はニマニマと笑っており、楽しげな様子を隠すことはできなかった。
「おいおち、竹光ぅ〜。お前、もう少し顔に気をつけねぇと、言葉とぜんっぜん合ってねぇぞ?」
「それにしても鎮火なんて、マイナーな札作ったんだね〜」
「ふん、当然だろ? この世界はゲームじゃないんだぜ。こういう使い勝手の良い一見しょぼそうなアイテムが役に立つんだよ」
「でた! ゲームマスターらしいお言葉」
3人共に、先程までは緑溢れる森林が、燃えカスとなっている地獄のような様相を気にすることなく、ゲラゲラと笑う。その姿は誰がどう見ても、力に溺れていた。
「ヘヘッ、俺の勇者的な魔術なら、魔剣技、攻撃魔術、回復魔術となんでも使えっからソロでもできっけど、しゃあねぇから、お前らも連れていってやるよ」
茶髪の青年が剣を鞘に仕舞いながら、傲岸不遜な様子で上から目線で言う。彼の名前は茶羅松生。今年高校に入学したばかりだった。
「あーしのさいこーレベルの魔術なら敵なんかポポンと片付けるから、ソロでもいけるのはあーし。松生なんか魔力の消費が激しいから、数発でダウンじゃん。あーしなら、何十発も撃てるかんね」
くすんだ金髪の少女が自慢げに杖をぺしぺしと手のひらで叩く。その身体には漆黒のオーラがまとわりついており、強大さを見せていた。
可愛らしい顔立ちだが、金髪の根本は黒くなっており、染めているのがわかる。彼女の名前は軽井小梅。同じく高校に入学したばかりの一年生だ。
「やれやれわかっていないようですが、教えてあげましょう。こういう異世界では、地味なクラフト系統が実は一番チートなんですよ。お金を稼ぐにも、戦いばかりじゃない。ここを使うだけでポンポン入ってくるものです」
元は眼鏡をしていたのだろうか。時折、眼鏡の位置を直すかのように手で押さえる癖を見せる。一見すると平凡なおとなしい顔立ちの男性は的斗竹光と言った。彼も同じく新入生だ。
「いや、最高なのは俺のスキル『魔剣士』だろ。戦闘における高レベルの万能型。サマル王子と呼んでくれ。見ろよこの使える魔剣技と魔術の数」
松生がステータスオープンと呟くと、半透明の板が現れる。そこにはスキルがずらりと並ぶ。
「あーしの『大魔術師』だって。大勢の敵が現れたらどーするの? 見なよ、この魔術の数々。フレーバーテキスト読めば、どんだけ広範囲かわかるんだからね」
「僕の『錬金魔術師』に決まってるだろ。こんな遅れた文明の世界なんだ。少ししたら君たちが便利な道具を作る僕に泣きつくのが目に映るよ」
お互いが自分が一番だと譲らずにステータスボードを見せ合う。しかしムキになっているかと思えばそういうわけではなく、気安いものたちのじゃれ合いだとわかる。
その様子はこの暮らしを体験して喜ぶ観光客のような上っ面だけの軽さも感じられた。どこか現実感を意識していない者たちのように。
しかし、そのじゃれ合いは、後ろからの涼やかな厳しい声でピタリと止まる。
「いい加減にしてください、皆さん。森林をめちゃくちゃにしておいて、どこまでふざける予定なのですか? 夜までじゃれ合うというなら、声を聞いて集まってくる獣が来るまでお待ちするのが良いでしょう」
三人ともに気まずそうな、それでいてじゃれ合いが止められて怒るかのような微妙な顔つきになり振り向く。
「小鳥遊さん。僕たちも理由もなくふざけているわけじゃないよ。ほら、こんな世界に転移させられてしまっただろう? その不安を紛らわすためさ」
「いつまでそんなことを仰っているのですか? ここは元の世界に戻るべく一致団結して、効率的に動くのが良いではないでしょうか?」
少女が煙が立ち昇る焦げ臭い空気に顔を顰めながら、灰が積もる地面を踏みしめて現れる。
烏羽根のような艷やかな髪の毛を肩まで伸ばし、ちょこんとサイドテールで纏めている。その瞳は意志が強そうでおしとやかそうな顔立ちであるが、瞳だけはその雰囲気を裏切っていた。身体は男なら必ず見てしまう豊かな胸、腰はコルセットでもつけたかのようにほっそりとしておりモデルだと言われても違和感のない美少女だった。
彼女の名前は小鳥遊稲穂。巫女服を着たらよく似合いそうな静謐な空気を醸し出している。
彼らはオカルト研究会の四人だった。
「はぁ〜、まぁ、正論だよ。小鳥遊さんの言うことはどこまでも正論だ。僕たちもそれはわかっている。なぁ? わかっているよな?」
的斗が二人に水を向けると、茶羅たちも面倒そうに口を開く。
「小鳥遊さんよぉ、俺ら三人とも状況わかっているっつーの。俺と竹光と小梅は幼馴染だから、お互いにわかり合ってこうゆうじゃれ合いをしちゃうわけ。わかるかなぁ?」
肩をすくめて飄々とした顔になる松生。
「そーそー。あーしたち、こー見えてオカルトオタクだかんね。異世界ファンタジー小説とかもたくさん読んでるわけ。で真面目な委員長タイプが意地をはったり、間抜けな行動をして、だいたいピンチに陥って主人公に助けられるんだよね〜」
ウシシと小悪魔のように笑う小梅。
「だね。小鳥遊さん、平凡な顔つきの男の子とかに気をつけた方が良いよ。助けられてころっと行っちゃうかもね」
含み笑いをして、わざとらしく髪をかきあげる竹光に松生がからかう。
「あんだよ。そりゃあ、竹光、お前のことか? ここで追放なんかされて、持ち前のスキルでハーレム作ろうってか? そんで幼馴染の小梅がムキーとかいって悔しがって、ハーレムに加わるパターンだろ?」
「可能性だよ。可能性。それにその前に松生たちに追放してもらわないとな。そうじゃないとテンプレができないからさ」
「けっ、誰が当て馬になるかよ。昨今はザマァされるはずの悪役の方が主人公になるんだぜ? 知らなかったか?」
「仲良くやろうよ〜。とりあえず温水の呪符くれない? ちょっと煙臭いんだ〜。こんなんじゃ、あーし溺愛してくれるワンコ男子と出会いないしぃ」
またもやふざけ始める三人に、稲穂は頭を抱えて頭痛をこらえる。
三人ともにオカルト研に入るくらいにオタクだった。見かけによらず、異世界恋愛系統の小説や漫画、それどころかハーレムものまでも、幅広く趣味としている三人は、幼馴染としてオカルト研究という部活を作った。
彼らは普通のオタクとは少し違うことがあった。オカルト研究という名で、謂れのある神社やパワースポットと呼ばれる山奥や洞窟に旅行をし───。
異世界に転移するという目的を持って、なおかつ本気であったのだ。
そこに加わったのが稲穂である。オカルト研究会に興味は無かったのだが理由があったのだ。
「あ、後ろ、小鳥遊ぃ〜!」
それが油断を招いたのだろう。焦げた木々の合間から角を生やした狼が飛び出してきて───。
『第一命術:熱三重ね』
足を支点に駒のように回ると、腰に下げた小刀を一閃する。キラリと小刀が輝くと、角狼の首は横に切れて、どぅと地面に倒れ伏す。
「ヒュー! 小鳥遊さんの『魔闘士』もチートだなぁ」
「あぁ、体捌きが見えなかったよ。僕たちの中で一番チート能力に慣れるのが早いよね」
「肉弾戦のエキスパートで、あーしら良いパーティーだ〜」
三人が一瞬で角狼を倒した稲穂を感心して褒め称える。
稲穂は一瞬冷たい目つきとなるが、すぐに穏やかな優しい笑みに変える。
「そうですね。まるで幼少の頃から鍛えてきたように見えますでしょう?」
そして、おしとやかに頬に手を当てるのであった。




