24話 今は廃れた結界です
「したにぃ、ってどういう意味だと思いますか? うぇにだと駄目なのでしょうか」
「うぇに、うぇに?」
こんな感じですかねと、私は上を見上げて両手をぶんぶん振ります。私の高貴なる姿に途中で集まってきた子供たちも付き合って、ぶんぶんと手を振る。とっても楽しそうで、うろちょろと私の周りを走ってチラチラと見てくるので、小動物のようで可愛らしいです。
「ここはお菓子をあげたいところですが、ない袖は触れないんですよね………」
しょんぼりレイちゃんです。ここは本来ならば飴玉食べると笑顔で子供たちに言って、自分も食べながら分けるシーンだと思うんですけど。
ちなみにおっさんが同じことをやると子供たちではなく、お巡りさんが集まってくるので要注意。
どうやら私が大名行列をしていると聞いた人たちが徐々に集まってきたようで、田畑に到着するとこの間と同じような群衆となっていました。
「なるほど………。魔に魅入られるのもわかる気がします」
そうして見えてきた光景は、確かに魔物の力を手放したくないのは理解できると納得してしまう光景でした。
浄化をした農民が雑草を抜いています。根から抜くのは大変そうで、えっちらおっちらと腰を屈めての雑草取りです。
ですが、その隣の農民はというと
『土操作』
畑にしゃがみ込み、土魔術を発動。土がぐにゃぐにゃとスライムのように蠢くと雑草を全て土の中に吸収してしまいました。その間、僅か数分。普通に草むしりをしている人は後数時間はかかるでしょう。
「へへっ、どんなもんだい。おぅ、お前の畑も魔術で雑草を排除してやろうか?」
上から目線の、得意顔。男は魔術を使用できることを自慢げにして鼻をこすります。
「いや、遠慮しとくよ。俺は自分の力で田畑を育てたいんだ」
汗だくで土まみれとなっていますが、提案された男性は影のない笑顔を見せます。苦労をしているとは感じさせません。だが、男はそれを見栄だとでも思ったのでしょう。
「そう言うなよ。奥さんや子供は浄化を受けて良かったけど、男衆は魔物の力が使えなくて辛いだろ? なに、簡単な仕事だ、気にするなよ」
「今まで魔物に堕ちることが怖くて、ろくに魔術を使ってこなかったじゃないか。それでも俺たちは暮らしてこれた。今までと全く変わらないさ」
「そりゃ今まではな。だが、これからは違うだろ? 俺たちには皇女様がついているんだ。魔術は使い放題。魔物に堕ちそうなら浄化をしてもらえば良いのさ。正直に言えよ、失敗だったと思ってるんだろ?」
穏便に断る男に、魔術を使う方はいやらしい笑みを見せます。たしかに魔術って便利です。わかります、わかります。
人を道具扱いするとどうなるのかはわかっていないようですが。そして魔に魅入られる意味を全く理解していないのもわかりました。
「なんて人なんでしょう! 皇女様がいらっしゃらなければ、皆は明日は魔物に堕ちているかもと不安に苛まされていたのに! ちょっと注意してきますね!」
ヒナギクさんが珍しく顔を真っ赤にして怒りました。ドスドスと足音荒く向こうとするので、首襟を引っ掴む。
「慌てない慌てない。どうやらこちらに気づいたようですし」
大群衆なので気づかれて当たり前です。
「こ、これは皇女様! その節はありがとうございました。我が家の息子は虫の前脚でしたが、貴方様のお力で人間に戻ることができました。伏してお礼をお伝え致します」
転がるように側に来ると、泥だらけの地面を気にせずに、男はひれ伏すとお礼を言ってきます。なんのことやらと思いますが、どこかで浄化をしたのでしょう。
「ヘヘッ………えぇと皇女様のお陰で、魔術を使い放題となりました。これも全て皇女様のおかげです」
もう一人は揉み手をしながらの斜め上のお礼。以前なら私は良心が無かったために、どのような心も嬉しく思いましたが、今はひと匙の良心があるために違います。不愉快です。私は良心を得て人間になったんだー。悪心は元々持っていたりするんだー。ちょっと古いですかね。
「お礼を言われる筋合いはありません。ですが、ついてきなさい。魔に魅入られた者に現実を教えて差し上げます。そこのあなたもついてきてください」
「へ? あ、はい」
「わかりました」
無感情に手を振って、すぐに歩き出すと慌てて男たちも大名行列に加わります。子供たちが、私が怖くなったのか少し距離をとったのが地味にショック。
この間、ゴブリスたちが越えてきた外壁に到着。5メートルくらいの石造りの壁が万里の長城のように、田畑をぐるりと囲んでいるのが見えます。
「さて、魔物の力を失って魔獣の襲撃を防げない。たしかそういう陳情を聞きましたが、合ってますか?」
群衆の中で、前列のお爺さんに問いかけると、コクコクと素直に頷く。
「あ、はい。そのとおりでごぜえますだ。前は鬼の力をつかえたんだけんど、今は普通の人間だもんで、この先にやってくるゴブリスか怖いんだぁ」
「魔獣の襲撃を防ぐためにも、魔物の力を残しておきたい? ひいては畑仕事にも使うから?」
「はい。とにかく魔術ってのは、強力で便利なものなんで……へへへ。なんでぎりぎりまでは魔術の恩恵を受けたいんでさ」
さっきの男が答える内容に群衆の何人かは同調するように頷く。いえ、何人ではなく何百人。
「話はわかりました。では論より証拠。百聞は一見にしかず。まずはこの壁に魔除けの術を仕掛けます」
そっと石壁に手を付けるとでこぼこでざらざらしている。だが崩れているところもなく、かなりの堅固な作りだ。この壁を作った者はかなり気合を入れたのだろう。
「皆、私に願うのです。魔獣が来ないようにと。襲撃をされないようにと」
「はいっ! ゴブリス来るな〜、来たらだめ〜」
「来るな〜来るな〜」
「侵入しないでくれ〜、おらには妻と3人の子供がいるんだ〜」
素直に群衆は祈りを捧げます。よしよし、これなら使う価値があります。皆からこれからやることに対しての代価1%ゲット。
『経験気:6800/5000』
この間のゴブリスからの霊気も合わせてレベルアップ確定です。やったね!
スゥと息を吸い、体内の霊気を活性化させると、手のひらに集中する。不可視の霊気が集まっていき、私の願いを叶える触媒となる。
「魔を祓いし木よ。棘にて防ぐ葉を持ち、その香りにて魔を近付けん!」
『第二霊術:ヒイラギの木』
霊術は正しく発動し、青白い光が外壁を包み込む。そうして地面から急速に生えてきた無数の木がみるみるうちに外壁を覆うのでした。
甘い芳香が辺りに漂い、棘のような葉がそよ風に揺られてサワサワと揺れる。
「甘ーい香りだぁ」
「何だかスッとするわ」
「見ていてこころが和むなぁ」
急速に育った木々を見て驚く人たち。好意的な言葉もありますが───。
「グワッ、臭え、何だこりゃ」
「な、なんかあの木を見ていると不安になるぞ?」
「あぁ、心がゾクゾクして、この場を早く逃げたくなるよ」
一部の人たちは、作り上げた木を見て気持ち悪そうです。
私はブチリと枝をとると、皆へと見せつけるようにフリフリと振ります。
「それはなんですか、皇女様?」
「これはヒイラギと言います。イワシの頭もあれば完璧なのですが、ヒイラギでも十分でしょう。魔を祓う植物です。ガーベラも知りませんか?」
「申し訳ありません。初耳でございます。中等部までは卒業したのですが、不勉強でした」
「いえ、知らないのも当たり前です。これは神聖なる植物ですから」
この世界では存在していなさそうな植物です。ここって地獄とかじゃないですよね? いや、地獄なら生者はいるはずないので、限りなく地獄に近い世界ですか。
「このヒイラギは葉のトゲトゲにて鬼を打ち、芳香にて魔を寄せ付けません。まぁ、そこまで強力ではありませんが、それでもゴブリス程度は近づけません。無論、浄化されていない貴方たちも」
ギラリと厳しい目つきで視線を向けると、魔術を使っていた男や心覚えのあるもの達が怯む。
私の霊術は人を傷つけたり、脅かすだけではありません。大天使ミカエルの演技しかり、呪いを追い払う謎の僧侶しかり。良いこともたくさんしてます。
その中でヒイラギは有名ですが最近は廃れてきた厄払いです。節分の豆まきと共にイワシの頭とヒイラギを飾る人は昔に比べるとだいぶ廃れました。
ですが呪いを打ち払う方法としてヒイラギは効果があります。人間がそう決めましたからね。そして霊術はそのようなオカルトアイテムを生み出す術でもあるのです。
ほんにゃらうんにゃーとお坊さんが妖しに襲われそうな旅人を助けたりするのに使うのです。ちなみに妖しも私だったりするのは、当然の話ですよね。襲われるところから救われるところまでが一つのお話なので。
「臭いでしょう? 身体が震えるでしょう?」
「へ、へい。で、ですが魔術がねぇと農作業は大変なんでさ」
「嘘ばっかり! 今までは魔術はなるべく使わなかった………皇女様?」
激昂するヒナギクさんを押しとどめて、ヒイラギを振り、ニコリと優しく微笑みます。
「魔がどういうものか知らないようですので、教えましょう。貴方が農作業が楽になると考えている強力な魔術。結果はどうだと思います?」
失礼しますねと、魔術を使っていた田畑の稲を一房手に取る。とても軽くまるでススキのよう。
「実るほど頭を垂れる稲穂かなと言いますが、魔術を使用して育てたこの稲はカラカラです。実はほとんどついてなく、これでは収穫してもろくに米はとれないでしょう」
今度は浄化をされた男の田畑から一房とります。こちらは少し重い。
「見ればわかると思いますがこちらは少し実が多い。何故だと思いますか?」
「ま、まさか………魔に汚染されてる? おらの田畑は魔に汚染されてるから実が少ないのか!」
すぐにピンとくるとは、なかなか頭の回転は速い。
「そのとおりです。魔術を使えばますます稲穂は魔に汚染されて、実りが少なくなるでしょう。そして、浄化をされた男が育てる稲穂は徐々に実りが多くなっていくでしょうね。これが魔の正体。便利と思えても必ず穴がある。身体が変貌する、作物の実りが少なくなるとね」
魔には落とし穴が必ず存在するのです。悪魔メフィストフェレスの演技をしていた私が言うのですから間違いありません。抜け道を用意しておくのは常套手段なのですよ。
「な、なんてこった。俺は目の前の楽さばかり気にしていて、作物を自分から駄目にしてたのか………。楽な分、収穫も少ないのかよ」
膝をついて絶望する男。他にも魔術を使い、楽をしてきた者たちがいるのだろう。顔を俯けて悔しげで哀しげだった。
「皇女様っ! お、俺を浄化してくだせぇっ! 馬鹿な考えでした! すみませんでしたっ」
「おらもおねげえしますだ」
「頼んます。これじゃばかみてえだ」
どうやら反省したようです。これで街の皆は浄化を受け入れるはず。
とはいえ……。
「お仕置きは必要ですよね? 当然だと思いますが」
ニッコリと女神のように微笑み、近くの子どもたちを手招きする。許すはずがないでしょう? 私は不愉快です。
人の心を持つということは、相手の行動に対して怒ることもできると学びました。
「なぁに、皇女しゃま?」
「この人たちにお仕置きをしなくてはいけません。悪いことをしたので叱りませんとね」
悪戯そうな顔で、ヒイラギの枝を子供たちに渡して、耳元でコショコショ。子供たちはふんふんと頷き、説明を理解する。
「ん! わかりまちた!」
「準備オーケーでしゅ」
「いつでもいけるよ!」
「お仕置き〜」
子供たちは面白そうな顔となり、ヒイラギを聖剣のように掲げて、フンスフンスと鼻息荒く興奮して、使命に燃える戦士へと変わる。ふふっ、では、新しい行事を作ってくださいね。
「魔を打ち払え〜!」
「わー! 叩くでしゅ!」
「ていていっ」
「まてまて〜」
魔に魅入られていた大人たちをヒイラギで叩いてまわるのでした。子供の力などたかが知れてると、ヒイラギを受ける男たちですが──。
「いってぇー! 物凄く痛いっ! 肉が抉れたかのように痛いっ! え、なんだこれ?」
軽く叩かれる程度、本来ならば笑って叩かれても気にしない威力ですが、魔に汚染されている者にとっては、釘バットで叩かれるよりも痛かった。あまりの痛さに形相を変えて悲鳴をあげる。
「当然です。魔に汚染されている者は、普通の数十倍の痛さですからね。その代わりに魔の浄化がされるでしょう。焚き火に水滴がかかるくらいの効果ですが」
ヒェー、と男たちは慌てて逃げ惑い、子供たちがふんふんと鼻息荒く追いかけると、ペチペチとヒイラギで叩きます。
「すみませんでしたっ、心から謝ります。た、助けてくださーい」
「悪い大人はペチペチ!」
「退魔師さんじょー」
「魔を払うの!」
「必殺ヒイラギあたっきゅ!」
こうして後年の魔払いの行事がこの時初めて行われることになったのでした。子供たちが悪い大人たちをヒイラギで叩きまわるという逆なまはげ的な行事です。まぁ、伝統行事というのは、このような些細なことから始まるものなのですよ。
その後、皆が浄化されて不便な生活となりましたが、それでも汗水流して働き、実って重くなった稲穂を手にして喜びの笑顔を人々は取り戻すのでした。




