23話 現実はうまくないです
お披露目会は大成功でした。拍手喝采、千客万来、笹持ってこい状態でした。
自室にて、私は優雅に白湯を飲みながら、先日の浄化お披露目会が大成功したことにご満悦です。ですが皇女なのです。高貴なる少女は優雅に微笑むだけなのです。余裕を見せないといけません。高貴さって、皇女には必要なのです。
なので、ヒナギクさん率いるメイドたち、ガーベラ側のメイドたちも合わせて、自室で優雅に過ごしています。
「皇女様〜、精米ってほんとーにこれで良いのですか〜?」
「そうではありません。もう少し腰を落として、力を入れてこうです。こう。精米にするのにコツは真心と食欲です」
浄化した元下女のメイドさんが、空のワイン瓶に入れた玄米をサクサクと木の棒で突いていますが、気合が足りません。横に座ってザクザクと気合いを入れます。
シャキーン
「美味しくなーれ。美味しくなーれ」
「おぉ〜、流石は皇女様。こーゆーのも慣れてるんだ〜」
食べ物に拘る高貴なる皇女なのです。もっと褒めても良いですよと、ふふふと得意げにしながら頑張って玄米を叩きます。白米が食べたい。白米はソウルフードだと、だれかが言ってました。私のソウルフードは霊気ですが、白米も追加しちゃいましょう。
ふんふんと横で感心しながら観察するメイドさんと、私は精米していきます。ホカホカでちょっぴり甘みがあって、喉にグイグイとくるあの感触は至高です。
かつて、二口女として女性に憑依していた時、夫が仕事に行っている間にお米を1俵、毎日食べていました。料理を作らせてもくれないケチな夫に対する女性の恨みからくる当てつけで、退魔師に祓われるのも、線香を立てた一杯のご飯という簡単な方法でしたが、退魔師が来るまでお米を毎日食べて幸せでした。
惜しむらくはおかずを食べることができなかったくらいですかね。憑依した女性、お米を炊くこともできない程に料理下手くそでしたので。
「あの皇女様。領民の皆さんからお手紙が来ています。どうやら皇女様のお力に感動したようです!」
「お手紙ですか。貸してください」
ヒナギクさんが遠慮がちに、でも嬉しそうに顔を綻ばせているので、その顔を見て、私も心を温かくしながら、和紙で書かれた手紙を開きます。
───はぁ、だいたい予想どおりでした。
「皇女様、どのような内容でしたでしょうか? やっぱり皇女様を崇める言葉ですよね!」
勢いこむヒナギクさんの期待の顔を見ると答えづらい……。困りました。
「レイ姫様。そのご様子ですと浄化は欲しい時にしてほしいといったご内容でしょうか」
目を細めてガーベラが私の手元にある手紙を眺めてくる。どうやらガーベラは手紙の内容がある程度予想がついていた模様。
「まぁ、そのとおりです。どうやら魔物の特性を簡単には失いたくない様子です。浄化された者たちは結構苦労している、というところでしょうか。これぞまさしく魔に魅入られるというやつですね」
「? どういう意味でしょうか、皇女様」
コテリと首を傾げて不思議そうにするヒナギクさん。ヒナギクさんの立場からしたら、まったく意味がわからない話なのでしょう。
「ヒナギク様、つまり身体を浄化できると理解した人たちは、魔術を使えて、怪力や様々な特性を利用できる魔物の体を浄化されるのを嫌がっているの。魔物に堕ちる前に、浄化をしてもらえれば良いと都合の良いことを考えたのよ。皇女様のお力を受けるのは栄誉であるのにね」
ガーベラは呆れたように言って、最後はお世辞も付け加えてくる。如才のない女性です。
「ええっ! そんなこと許せません! だって、今まではあれだけ魔物に堕ちることを恐れていたのに、今になってそんなことを言うなんて!」
「本当です。私たちがガツンと言ってやります!」
「赤ん坊が異形だったって、泣いているおばさんもいたんですよ〜」
「姫様のお力をなんだと思っているのでしょうか。不敬です」
口々に怒りを表すメイドさんたち。ヒナギクズは純粋に怒っており、ガーベラズは怒ったフリです。
「気持ちはわかります。これぞ人間らしさという感じですが……そうですね、今すぐに浄化を受けたい人は浄化しましょう。他は………有料に変えてしまいます」
「それがよろしいかと。平民が稼ぐ十年分の価格にでもすれば、文句をつける者はいないでしょう。さすがは姫様。そのお知恵には感服いたします」
どこまでもおべっかをするガーベラ。
「あ、でも、浄化されたあとにまた瘴気の灰に触れてしまった人はどうなるんでしょうか? その方は浄化されないのは可哀想です……」
どこまでも優しいヒナギクさん。
「ヒナギクさんは優しいですね。ですが神聖力を甘く見てもらっては困ります。一度神聖力にて浄化を受けた身体は多少の魔など受け付けません。その効果は十年程度は続くでしょう」
対照的な二人です。ヒナギクさんの優しさにほっこりとして髪を撫でてあげます。ガーベラのお世辞味はぱちぱちする飴みたいでそれもまた良しです。
そして、神の灰を受けた身体は生半可な呪いは効きません。命術での浄化はそれほど効果はないんですけどね……。そのことを本能的に理解している雀や鳩は私が水浴びしていると集まってきて少し困ってしまいました。神剣の灰を撒いて食べてもらったから、もうリピーターは来ないですけど。
「それなら問題ありませんね! では、私もそれに賛成いたします!」
自身が魔物に堕ちる経験をしたヒナギクさんや、堕ちる寸前だったヒナギクズは容赦はありません。当然です。なにせ人柱としてこの地を魔物に堕ちるまで頑張って守っていたのですから。
「あ、でも魔物の襲撃はどうしましょうか。このままだとゴブリスたちがまた襲撃してくるかも……」
「たしかにあのレベルの魔獣が襲撃してきたら厳しいでしょう。………ふむ………」
ゴブリスという名前はネーミングセンスイマイチですねと心で思いながらも、あの素早さと牙と爪は脅威です。鍬やナタで対抗できるのは、強靭なる魔物の身体があるからこそ。……仕方ありませんか。
「では、街に魔獣が入れないように結界を作ります。田畑も纏めてついでに守ってしまいましょう。ヒナギクさん、ガーベラさん、行きますよ」
「はいっ! では身支度をさせて頂きます」
「今日の服装も張りきらせて頂きます」
こーゆー時だけ息の合う二人。そして、メイドズたちも服を用意し始め、櫛を持つので………少し時間がかかりそうです。高貴なる身分も善し悪しですね。少しだけうんざりしたのは秘密。
◇
今日もティアラにネックレス、ドレスと、髪も綺麗にハーフアップにされて、お人形レイちゃんになった私はぞろぞろとメイドズを連れて城内を歩きます。大名行列、もしくはお姫様行列です。
今までは私を見たら、プークスクスと馬鹿にした笑いを見せていた召使いたちは顔を青褪めさせて、土下座をします。土下座です。……江戸時代です。大名行列で正しいでしょう。気にせずに当たり前の顔をして横を通り過ぎます。
「ところで……テンナン子爵や、執事長とメイド長は?」
代官は言わずもがな、執事長たちはこの城の人事権を持っているはず。全然姿を現さないんですけど? テンナン子爵はお披露目会の時にも姿を現さなかったので、どんな人物かさっぱりわかりません。
「3人共に病気で出仕できないとのことです」
「ふむ………テンナン子爵は代官の役目を辞めさせる予定なので、顔を見ないといけないのですが、病気であれば仕方ないですね、暫く様子見としましょう」
ガーベラが淡々と答えてくれる。きっと私の力を見て、まずいと考えて閉じこもってるんでしょう。
「皇女様、ご命令頂ければ連れてきます。兵士さんたちも皇女様のお味方です!」
「あのアフロ軍団ですか。そろそろアフロは止めろと命じます」
灰で燃えた髪の毛がアフロになったのだ。そして、アフロこそが神の啓示とわけわからんことを言い始めて、兵士たちが皆アフロにし始めたのである。兵士たちはアホばかりだと理解しましたよ。
「皇女様! 何方にお出かけでしょうか?」
門に到着すると緊張気味に敬礼をするアフロ兵士。こおにっさんと違って本当に敬意が感じられます。随分と様変わりしました。
「街の外、外壁に行きます。魔獣が入ってこないように結界を張りに行くのです」
「左様でしたか。では、護衛の兵士を揃えてきますので少しお待ちくださいませ!」
ダダダと駆け出す兵士さん。大名行列は決定です。ヒナギクさん、したにぃしたにぃって、叫んでもらえます?
───結局十名の兵士さんたちを引き連れて、大名行列は進むことになりました。
大都市レベルの街であるのに、住人は5千人程度のため、道は閑散としています。恐らくは固まって住んでいると思われますが、農作業に出ている人もいるので、寂しいものです。
市場通りと思わしき所を通りますが誰もいません。埃の積もった木箱が放置されて、天幕は穴も空いておりボロボロ。もちろん屋台などもありません。
「この街は5千人しかいませんが、反対に言うと5千人は住んでるんですよね? 商人はどこです? 城内の買い付けをまさかそれぞれの農家と直に契約しているわけではありませんよね?」
城内の兵士、召使い全ての人数を見た感じで推測するとかなりの数。正直、5千人程度の住人が養える数ではありません。どうやって給金を捻出しているのかな?
「この街『ラショウ』にも一応商人はおりまして、野菜などを一括して取り扱っております。ですが呪われた地の作物など他の街には売れませんし、いつも城内とのやり取りで終始しております。後は一年に一度来る行商人から買うくらいですね」
「結構行商人さんの持ってくる物は色々とあるんですよ! その日だけは賑わうんです。串焼きとかを売る屋台もあるんですよ。ジュワッと脂が舌に溶けて美味しかったなぁ〜」
「行商人はいつ来るんです? 私も串焼きを食べたいです。鶏のいる牧場に案内してください」
ずるいですよ、ヒナギクさん。そーゆーのは早く教えて下さい。お小遣い……テンナン子爵に早く会いに行く理由ができました。そして、この街は『ラショウ』という名前なのも覚えました。羅生門からだとすると酷い名前ですが、今は気にしません。
蕩けそうな顔になるヒナギクさんのほっぺをむにゅーんと伸ばす。さぁ、吐きなさい。今なら情状酌量の余地があります。ヒナギクさんのほっぺとても柔らかくて触り心地いいですね。
「えっと、収穫が終わったあとですので、その」
「二週間後くらいです、姫様」
指折り数えるヒナギクさんにガーベラがフォローを入れる。ふむ、二週間後ですか……。
「それならば、もう少し良い生活をしている街として歓迎したいところですね」
他の街がどうなのかはわかりませんが、異形だらけの魔界街から少しはマシにしてみましょう。
まずは結界ですねと、大名行列は街中を練り歩くのでした。




