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異世界の薄幸少女にチート霊が憑依しました  作者: バッド
1章 浄化の巫女

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21話 お触れ

 その日、街はざわついていた。どこか落ち着かなく、人々は仕事をしていても、うわの空であった。


 なぜならば昨夜、衝撃的な事件が起きたからだ。ゴブリスの集団が収穫を奪いに来て、田畑を荒らされて涙することも、最近ではよくある事。それだけであれば、愚痴を言って冬を越せるのかと不安を話し合うくらいだ。


 厳しい生活に慣れた人々は、他者から見れば悲惨な生活であるのに、それを当たり前だと感じて生きてきた。


 だからこそ、信じられないような話に、久しぶりの希望を持っていた。


 彼らの日常は瘴気により身体が変貌していないかと確認することから始まる。街からかなり離れてはいるが、十年前から森から生まれる瘴気の灰が街まで届くようになった。瘴気の灰は土に染み込み、水を汚染し、身体が徐々に魔に汚染されていく。それはほんの僅かではあるが、なによりも人々の精神を苦しめた。


 明日は爪が虫になっているかもしれない。次の日は目が蝿に変わっているかもしれない。怯える日々が、街の住人に伝染病のように広がっていくと、人々は街から脱出して、親戚縁者を頼みに他の街や村へと移住していった。


 古より瘴気の森の遺物を冒険者が持ち帰ることで、賑わっていた街はたった十年で廃れていった。今の住人たちは、他の街に移り住むほどの財もなく、頼れる親戚縁者もいない者たちばかりだ。


 呪われし地にて、ほとんど実りのない作物を育てて、常に腹をすかせた暮らしをしている。明日は魔物に堕ちているかもしれないと、不安に怯える日々のもとで。


 しかし、今日は違う。お触れが出て、皆は恐る恐ると心に僅かな期待の光を灯して城へと向かっていた。群衆の中でありふれた痩せた体の夫婦が話し合っている。


「ねぇ、あなた、あの噂は本当かしら?」


 妻の手元には布に包まれた赤ん坊がいる。最近は風も涼しくなり、夏もそろそろ終わりを感じさせる中で、元気にキャッキャッと手を振るっている。


 手を振るう赤ん坊を慈しみの笑みであやしている妻に、夫は気まずそうな顔となる。


「あの噂か……昨日の今日だからな……。その……なぁ、あまり期待しない方が良いぞ?」


 言いづらそうに答えると、赤ん坊へと笑みを向けていた妻は悲しげにため息をつく。


「そうなのかしら……で、でも、少しだけ、ほんの少しでも噂と同じなら……私たちの赤ちゃんを助けてくれるかもしれないわ」


 赤ん坊のつき出す手。小さな小さな手はぷにぷにとしており、か弱く可愛らしい。


 ───だが、その手は右腕だけで、左腕は肘から先が虫の脚であった。ギザギザの爪と繊毛。硬い外骨格に覆われている異形の前脚。


「わ、私がいけないの……。瘴気の灰を触ってしまったから……。赤ちゃんには罪はないのに」


「そんなことはないよ。誰でもこの街の住人なら多かれ少なかれ、魔に汚染されているんだ。ほら、周りに普通の人なんかいないだろう?」


 妻の耳は蛾の翅であり、赤ん坊は生まれた時から、魔に汚染されており、可哀想なことに左腕が虫の前脚だったのだ。そのことに妻が嘆き悲しみ、生来の明るさが影を潜めていることに、夫はひどく胸を痛めていた。


 夫自身、目が四つあり本来はあり得ぬ二つの目は黄色い複眼である。二人揃って虫系統の魔に汚染されていた。


 妻の肩に手を乗せて、空元気でもと笑みを向ける。たしかに周りの人々はどこか身体が変貌しており、それぞれが本能的に嫌悪を齎す魔物の身体だ。


 無事なのは城で働いている者たちくらいだろう。皆の顔は暗い。


「魔を浄化する事などできん。それは遥かな昔に決められし世界の理よ」


 嗄れた声が聞こえてきて夫婦たちは振り向く。そこにはかくしゃくと歩く老婆がいた。杖をつき、前髪は伸び放題の白髪に隠れているが、垣間見えるその目は鋭く叡智を感じさせる。


「おばばか………そういうことを言わないでくれ。妻はかなり参っているんだ。本当かもしれないだろう?」


 夫の方は責める目つきでおばばに言う。この街の生き字引と言われ、長年街の人々へと様々な知識を与えてくれる恩人だ。


 それでも、心が弱っている妻を落胆させることはやめてほしい。今は少しでも希望が必要なのだから。


 今にも泣き出しそうな顔で赤ん坊をあやしている妻の姿を見て良心が痛み、こほんと咳払いをして、おばばはそっぽを向く。


「す、すまんの。だがのぅ………魔を浄化したなど遥かな昔、勇者の伝説じゃ。大魔王を倒し、勇者はこの地を浄化して肥沃なる土地を手に入れて、帝国を建国した。それだけで、その後は魔王を退治したとの話ばかり。浄化した話など聞いたことがないのじゃ」


 おばばの家には本がある。今ではほとんど読める者のいない知識の源たる本が。


「だけど、その場にいた人たちが、白い炎を見たって言うんだよ。おかしいだろう、白なんて? 魔術なら真っ白なんてあり得ない」


「きっと幻影魔術じゃ。ゆーしゃのでんせつ、一巻から十巻までを読んだ儂が浄化などないことを確認しておる!」


 1歳から8歳までが対象の絵本『ゆーしゃのでんせつ』を読んだおばばなのだ。ひらがなを読める賢者おばばは絵本を読むことができるのである。


「や、やっぱり無理なのね………うぅ、ごめんなさい私の赤ちゃん………こんな街に生まれなかったら幸せな人生だったはずなのに」


「だ、大丈夫だ。まだわからないだろ? おばばはボケているかもしれないしな」


 悲愴に泣く妻に寄り添う夫。周囲の人たちがおばばを冷たい目で睨む。皆、夫婦と同じような立場なのだ。痛いほどにその気持ちはわかる。


「だぁれがボケているじゃ! ま、まぁ、確かに初代勇者は浄化をしたらしいからの。き、希望はほんの少しは持ってもよかろう。ほんの少しじゃぞ? デマであっても落胆しすぎるなよ?」


 おばばなりの親切心であったのだが、不器用な言い方であったために、気まずい思いをするのであった。


「でも、まぁ……そのなんだ、おばばの言いたいこともわかるよ。あれだろ、皇女様って8歳で領主になって以来、部屋に引き篭もって、姿を見せなかったんだろ? それでこの間、脱走騒ぎをした」


 歩く人々の中で頬をかいて無精髭の男が顔を顰める。


「だよなぁ。今は代官のテンナンのでぶが好き勝手しやがって……。おっと、誰かに聞かれたら大変だ」


「こんなところで話をしているのに今更だろ。まぁ、8歳の少女だから無理もないとは思うが……そんな少女が治める土地に住む俺たちの気持ちも考えてくれよ」


「だなぁ。魔王を倒すこともできないし、この町を帝国は捨てる気なんだろうよ……」


「ろくに収穫もないのに、年貢だけは年々高くなるしねぇ、このままじゃ一家離散で、最後は人間としての意識も消えて、魔物となって瘴気の森に住むことになるのかも」


 不満たらたらで、愚痴る人々。領主は皇族であるが私生児で第13皇女。その権力は全くなく、以前の皇子も己の功績ばかりで、領民のことを考えなかったが、それよりも酷いのだ。


「瘴気の森に入った後に、皇族の力に目覚めたんだっけか? それって魔に汚染されて魔術を使えるようになっただけって話だろ?」


「だなぁ。よくある詐欺だろ。きっと使えるようになった魔術を見せたいだけさ。まぁ、魔術を使えるようになったんなら、皇子みたいに魔物討伐とかに精を出してくれるかもよ。それだけでもマシってもんだ」


 良いことなど誰も考えていない。そういう人々の顔は期待したら駄目だとの、微妙な表情が浮かんでいた。


「あ、おい。あんたは昨日の夜にゴブリスを追い払う皇女を見たんだろ? どうだったんだ? なにか見たんだろ? どんな魔術だった?」


 一人が知り合いである顔を見つけて声をかける。声をかけられた男は顔をしかめて、話しかけられたことを嫌がる雰囲気を見せる。それだけで人々の僅かな希望の芽が萎れていく。声をかけられたのを嫌がるのはお触れが嘘だと知っているからだろう。そう思ってしまったのだが───。


「ん? あぁ……まぁ、そのなんだ………俺も見たことが真実だったのか、それとも単なる幻影魔術だったのかわからねぇんだ。でも、魔物に堕ちたヒナギクちゃんを浄化したのは間違いない………いや、たぶんな」


 ヒナギクの名前は皆も知っている。優しい娘で、田畑を守るために人柱となって魔物の力を使ってくれているからだ。


 彼女には皆が感謝しており、されどそろそろ魔物に堕ちるだろうと気の毒に思っていたものだが……浄化?


「それは正気を取り戻した、ということなのかい?」


「いや、遠目だったが………あぁぁ、俺も見たものが信じられねぇんだよ。とりあえず皇女様のお姿を見に行こうぜ。そうしたら真実かわかるだろ」


 ガリガリと頭をかいて困ったようにする男の様子に、思い掛けない返答だと皆は意外に思い、顔を見合わせる。


「ほ、本当なのね! わ、私、最前列に行くわ! ほら、あなたも!」


「あ、あぁ、あまり期待を………」


 微かな希望を感じ、顔を輝かせて赤ん坊を抱えて小走りになる妻に、夫も合わせて小走りになる。


「うぬぅ……馬鹿者たちが……。儂もその目で見抜いてくれるわ!」


 おばばが腰を伸ばす。ぐにゃりと腰は伸びて、その肌が見える。ミミズの肌で蠢動する胴体が酷く不気味であった。


 そうして、人の合間を縫いながら、夫婦とおばばは広間へと向かうのであった。


 ───そうして到着すると


「あれが皇女様なの?」


「た、たぶんな?」

 

 ごった返す中で、夫婦が見たものはまだ準備中であるバルコニーの様子であったが、バルコニーの後方、カーテンの合間に銀髪の少女がいた。もぐもぐとおにぎりを頬張って、外の様子を眺めている。

 

 その髪は見たこともない美しさで、顔立ちもか弱い貴族の御令嬢といった感じだ。ただ、おにぎりを食べる姿が心底嬉しそうで、頬を染めているのは、年齢に相応しい無邪気な子供っぽさを見せていた。


「なんというか…………あの方が浄化できるの?」

 

 皇女の姿はまるで今から劇をするが、その前にお客の入りを確認する無邪気な子供のようだ。後ろから側仕えが慌てて引っ込めていた。


 妻の目が悲しげに潤む。夫の方もこれは無理だなと、後でどうやって妻を慰めるかと嘆息する。


 そしてしばらくすると、三人の少女たちが姿を現す。皆、かなり魔物に堕ちており、蜘蛛やノミ、スライムなどに身体が変じており、その服は白服である。


 身を寄せ合って、不安げに皆が見えるようにとバルコニーの前に立つ四人。


「わ、わかったぞい……。浄化の意味が」


「おばば? どういうこった?」


 恐ろしげに震えるおばばに周りが声をかける。


「うむ……皇女の浄化とは………浄化とは………」


 ゴクリと唾を飲み込み……。


「魔物に堕ちる者たちを殺すこと。あれは古来の法である『打ち首』というやつじゃぁぁ。というやつじゃぁぁ」


 おばばはクワッと顔を恐ろしげにすると、絶叫するのであった。


 大事なことなので、やまびこにした模様。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 産まれる前から虫の足だと引っ掛かりそう [一言] ひらがなを読めるから賢者とは某「い世界」を思い出すます
[良い点] おばばが手のひらクルーンして狂信者になるのまでセット! いや…打首かも…
[一言] おばば死んだほうがいいな。明らかに扇動してるよ。
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