20話 お披露目会をするのです
予想はしていたのだろう。彼女たちは慌てる様子もなく、クビ宣言を聞いても驚きはしませんでした。それどころか、恭しく頭を下げてきます。
「申し訳ありません、レイ姫様。私共は姫様のお側にてお世話をさせていただく栄誉を放棄し、家に閉じこもっておりました。ですが………この度の姫様のご活躍をお聞きし、我が身を悲しむことを止めて、出仕した次第です。どうか、汚名を返上できる機会を与えてくださいませ」
「申し訳ありませんでした、姫様」
「この命を落とそうとも今度はお仕えします」
後悔してますと、本当に申し訳なさそうに言ってくるメイドさんたち。その心は……悪意は感じない。悪意は感じないが、良心だけという訳でもないでしょう。そして、ニートをしていた私を遠回しに皮肉ってます。ニートをしていた私が原因だから、許してとの副音声も聞こえてきますね。
でも、すっぱりと私は断罪します。薄幸の美少女は泥水の洗面器を持ってきたメイドさんもザマァしたような気がしますし、今度のメイドさんたちもザマァです。たしか断罪したような気がします。
「貴女たちの弁明は聞き届けました。ですが──」
「恐れながら、わたくし共は教育を受けた者たちです。男爵家の次女、三女ですが読み書きそろばんはできますし、礼儀作法も習っております。それに……現在の状況もお伝えできるかと存じます。人事権や領主の経営についてもです」
私の話に被せて、メイドさんが鋭い目つきで自身の有能さをアピールしてくる。
「読み書きそろばん? ………ヒナギクさん?」
「も、申し訳ありません。私は読み書きそろばんはできませんっ」
チラッとヒナギクさんに目を向けると、ペコペコと頭を下げて謝ってきました。あ〜……農家の出ですもんね。寺子屋とかなかったんでしょうか。というか、この世界ではそろばんあるんですね!
「わたくし共は優秀です。ヒナギクにも教育ができるかと」
この展開を予想していたのか、その顔は僅かに得意顔。
ぐぬぬぬ。ザマァというのをやってみたかったのに……。
脳内にて、ベッドの上に立ち、ババーンと断罪しちゃう格好良いレイちゃん対合理的で利益を求める悪魔っ娘レイちゃん。勝負といきましょう。
ゴングがカーンと鳴ります。断罪レイちゃんは、この先の楽々未来図のプレゼンをする悪魔っ娘レイちゃんの話をふんふんと聞く。
そして、バツ文字を手で作る。未来図の中に、美味しい料理とふかふかのベッドが描かれていたことに魅了されてしまいました。秒で負けた模様。
将来的な私の暮らしを考えると、取る手段は限られていますからね……。
「仕方ありませんね。側仕えに戻ることを許します。ですが、ヒナギクさんが筆頭側仕えです」
ヒナギクさんが側仕えであることは変わりません。彼女の忠誠心は百。教育よりも裏切らない人が必要なのですから。
「最初の命令です。ヒナギクさんにきっちりとした教育をなさい」
「畏まりました。では改めまして、寺田ガーベラ。寺田男爵家の長女、太陽たる結城帝国の栄えある結城レイ皇女にご挨拶いたします」
厳かに挨拶をしてくるメイドさん。燃えるような赤い髪をポニーテールに纏めて、その目は理知的で野心的。キツイ目つきで肉食動物に見えますが美女です。18歳くらいでしょう。
「よしなに。これからのガーベラたちの働きに期待します」
楚々とした所作で、頬に手を当てて頷きます。皇女っぽい感じを出すのです。後で扇も用意するつもり。
それにしてもガーベラですか。ガーベラ……。なぜ和風の苗字に横文字なんでしょう。お払い箱にされた私生児の皇女につく側仕えなので、あまり使えない人かと思ったのですが……。
まぁ、第一印象で決めるのは早すぎます。ガーベラのことはおいておいて、優先することを片付けちゃいましょう。
「ヒナギクさん、洗濯場のお友だちを連れてきなさい。それとガーベラ、メイド長を呼ぶのです」
「は、はい。すぐに連れてきまふっ、あいだっ。舌噛んじゃったよぉ」
犬の呪いが解けても噛むのは変わらないようですね。イタタと舌を出して涙目になるヒナギクさんは、ワンコでなくともチャーミングです。
それでもヒナギクさんはナイスガッツで部屋から出ようとしますが───。ガーベラが手を出して制止しました。
「レイ姫様。発言の許可を頂けますでしょうか?」
「なんでしょう? 良いですよ」
「ありがとうございます。ヒナギク様のご友人となりますと、魔物に堕ちそうな者たちのことでしょう。レイ姫様の神聖術で、ご友人の浄化をなさるおつもりかと愚考します」
「そのとおりです。サクッと浄化をしようと思っています。彼女たちは放置していると魔物に堕ちますから」
さっさと浄化をして、後は研究に使う所存。もっと強力な神術を使えるのではと考えているんです。
「寛大なるレイ姫様のご慈悲。大変に素晴らしいものです。ですが、姫様のお力を知らない者たちも多いのです。その証拠にメイド長は体調不良で出仕しておりません」
なんと私が力に覚醒したのに、知らないで家に閉じこもっているとは許せません。なにか忘れているような気もしますが、思い出せないのでたいしたことではないのでしょう。
「そこで、魔に汚染された者を浄化し癒やすと街に触れをだし、神聖術のお披露目会をしたらいかがでしょうか?」
こやつ、策士です。この作戦はたしかに侮られているレイの認識を変える良い方法。一考の余地がありますね。
汚名を返上するとの言葉は本気ということですか。その顔は自信が垣間見えて、口元が僅かに笑みになってます。ザマァができなくて残念ですが、乗ってあげましょう。
「いいでしょう。では……ヒナギクさん、今は何時ですか?」
「えっと……今はお昼ご飯が終わった後です」
ガーン。
ガーン。
ガーン。
あ、私は皇女でした。
「では、お昼ごはんを用意してください。食べ終わったら浄化しますので、おやつの時間の前にお披露目会をします。皆さん、お捻りを用意しておくようにと厳命しておきなさい」
権力発動。ご飯は大盛りでお願いします。ふふふとお腹を押さえて、悲しげな顔を見せます。どこから見ても威厳ある皇女様です。お捻りは飴玉でも喜ぶ所存。
「おやつの時間……ですか?」
ですが、不思議そうな顔になるヒナギクさん。ハッと気づいて、ガーベラたちを見ますが、戸惑ってはいません。ですが困った顔となっています。
平民たちはおやつの時間が無い……。そして、困った顔になる貴族出身たち。
おやつ………ないですね? この世界、砂糖がない? いえ、この街にはないのかも!
「あのおやつとはどんなものでしょうか?」
「ガーン」
おやつという言葉すら知りませんでした! なんと日本語を言ったはずなのに!
「スイーツ、デザート、ドーナツ、クレープ?」
おやつの名前を言い換えても、ますます不思議そうにするヒナギクさん。くっ……ならば……。
「バームクーヘン?」
切り札のドイツ語です。コテリと小首を傾げて願います。これで通じてください、神様仏様、霊気を食べたのは謝りますから!
「も、申し訳ありません、皇女様。わ、わかりません」
駄目でした。しかも泣きそうになっちゃってます。ヒナギクさんのせいではありません。あわわと慌ててしまうじゃないですか。
「良いんです。今のは皇女ジョークです。おやつの時間は今度教えてあげますね」
人の心を持つとは難しいものです。以前ならこんなことで慌てることはなかったのですが。よしよしと頭を撫でて慰めます。私の方が少しだけちっこいんですけど、心はちょっぴり大人ですので。
「は、はい。ありがとうございます皇女様」
「気にしないでください。それでは2時間後にします。ガーベラ、私のお昼ごはんを用意して、皆に浄化の儀式を行うとお触れを出すように」
夜にチラッと見た限りでは、かなりの広さの街でしたので、お触れを広める時間はないと思いますが、何日も待つつもりもないのです。
「皇女様、2時間とはどのような意味でしょうか? 暗号とかいうのですか?」
「………え?」
至極真面目な顔で尋ねてくるヒナギクさん。………そうですか………それほどまでに教育に差があるのですか………。ちょっぴり身分差というものを甘く見てました。そういえば大昔はこんな感じでしたね。
先は遠そうです。まぁ、のんびりと育てていきましょう。それ見たことかと、ドヤ顔のガーベラたちが少しウザいですが、なるほど側仕えが貴族出身な理由は痛いほど理解しましたよ。ベーだ。
神様みたいに、チートスキルを付与できる術があれば良いのですが、私の力だと受肉となります。脳組織を創って移植すると、たぶん世界を支配しようとか、魂という存在を調べようとか、怪しげな人間になりそうなのでパス。
「そうですね。太陽の位置がもう少し落ちてきた頃です。それまでに準備してください」
「わかりました! 皆を呼んできます」
元気よく部屋を出ていく姿を見れば、教育の差などすぐに無くなると思います。
私のようにドイツ語もペラペラになるはずです。バームクーヘンは挨拶の言葉です。
「では、身支度をさせて頂きます、姫様。誰よりも美しく、お披露目会に相応しいお姿に」
数少ないドレスとアクセサリーを他のメイドさんたちが持ってくる。8歳の時のだから入らないんじゃ……。
「勝手ながら、とりあえずサイズを変えました。大きくするために、いくつか露出が大きくなってしまいましたが……。肩出しとスカートが少しだけ………」
「11歳の少女が着るには少し扇情的ですが………あるもので身なりを整えるしかありませんからね。許しましょう」
手際が良い。身支度を整えてもらう際に、さすがは側仕えとして教育を受けただけはあると舌を巻きました。髪の毛を梳かすの上手いですし、服を着替えさせるのも慣れていますので、短時間でした。これは、ヒナギクさんたちにはかなり頑張ってもらわないとなりませんね。
小粒ですが宝石のついたネックレスを首にかけて、銀製のティアラを頭につけて、フリルの少ない清楚なお嬢様を意識させる青いドレスを着て、城のバルコニー前に移動しました。
ゆっくりとした歩き方なので、皇女っぽい。
「あにょ、あれだけ? もう少しゴクン。ヒナギクさん、あれが街の住人? 全員?」
「はいっ! だいたい皆来たようです。皇女様をひと目見たいと、お触れを出したら、すぐに集まりましたよ!」
手にはおにぎりがありますが気にしなくて良いところだと思います。それよりもバルコニーへと幕の裏から覗き込むが、なんとまぁ………。
───広い街並み。中世レベルだとしたら、大都市と言って良い広さ。バルコニー前の広場も東京ドーム並みの広さ。
なのに、5千人程度しか集まってません。
えぇ……前途多難ですよ、これは。
冷や汗をかいて、頭をかかえたくなるのでした。




