19話 呪いを解きました
太陽剣はたった一撃で脆くも砕けてしまいました。サラサラと空中へと灰が散っていき、神聖の効果が解除され、周囲の白き炎がかき消えます。
柄すらも砕けて消えていくのを見て、むぅと唇を尖らせてポイと捨てます。
「くっ、使い終わったら揚げて食べようと密かに考えていたのに……」
あぁ、これは計算違いです。悲しいです。神は神気で作っても、長い時間は存在できないのですか。
「私の太陽神の骨が……コリコリして美味しいはずだったのに」
軟骨揚げを食べてみたかったのに……しょんぼりです。太陽神は鳥なので軟骨が食べられると思ったんですよね。コケッコーって、ラーは泣いていたような記憶があるんです。たぶんコケッコーと鳴いてました。
だから剣にするついでに軟骨揚げにできるように軟骨剣を創ったのに失敗の模様。ガクリと膝をついて悲しみます。使い終わったら、ジュワッと揚げて食べる無駄のない作戦でしたが、最後の最後でしくじりました。
「え……わ、私いったい………」
ころころと鈴を転がすような少女の声音が聞こえてきました。どうやら戸惑っている様子。フフッと微笑んでしまいます。
目の前にはキョトンとした顔の少女が寝ていました。軟骨揚げは食べられませんでしたが、こちらは上手くいったようです。
「おはようございます、ヒナギクさん。良い夢は見られましたか?」
「お、おはようございます? こ、皇女様。これっていったい? 私、ゴブリスたちを倒していて、それで……それで思考が真っ黒になって……」
頭を抱えて混乱している様子なので、助けてあげましょう。近寄って、肩に手を置き優しく教えてあげます。
「露出癖に目覚めてしまった。そういうことです」
「へ? へ……」
キョトンとした顔になり、自分の姿を顧みて、じわじわと顔を赤くして耳まで真っ赤にすると──。
「きゃわーっ! な、ななななんで裸になっているですか!? ど、どうして? 私の服はぁ〜」
元気よく立ち上がり、すぐに体を丸めてしゃがみ込むヒナギクさん。ヒャァーと叫んで両手で大事なところを隠そうとしています。意外と隠せるものです。ただし、扇情的なのは否定できませんですけど。お尻丸見えですし。
「えぇ? ううん、私魔物になったんでは? なにか底無しの沼に落ちていった感覚を覚えております、皇女様。断じて露出癖に目覚めたわけではないです!」
「微かに記憶はありましたか。そのとおりです。貴女は魔物に堕ちて、その後私が神女パワーで浄化したのです」
そうなのです。真っ二つにしたのはあくまでも呪いの肉体。野獣を殺しても、本来の肉体は大丈夫なように、ヒナギクウルフの身体を断ち切っても、ヒナギクさんの肉体には傷一つないのです。
太陽神の神聖により、呪われた姿は浄化され、ヒナギクさんは犬から人間に戻れたのでした。良かった良かった。古来より犬の呪いはラーの力により解かれると相場は決まっているのですよ。えっへん。
「とはいえ、本当は犬耳とか尻尾が痕として残ってしまいました〜的な展開が面白かったのですが……ラーは融通が利きませんね」
丸いお尻に、少しだけ悲しげな胸。そのどこにも魔に汚染されていた気配はありません。さすがは太陽神といったところでしょう。
「じょ、浄化………? ほ、本当だ! 犬じゃないです。人間の顔、手足、毛皮がない!」
「そうですね。その歳で……コホン。本来の姿も可愛らしいのですね。わんこの姿も愛らしかったですが」
ペタペタと自分の顔を触り、手足を見て、ヒナギクさんは驚いて立ち上がる。私もヒナギクさんに怪我一つないことを確認しました。
ふんわりとしたミディアムヘア。青みがかかっており、呪いから解けたばかりの姿なので艷やかで触り心地が良さそうです。クリクリとした瞳で愛嬌がある可愛らしい顔立ちの少女でした。スタイルは小柄で胸は少し残念ですが美少女です。
「わ、わだじ……わだじ……人間に、戻ってる……」
涙腺が緩み、ポタポタと涙を流すヒナギクさん。ですが勘違いしているようなので、訂正します。
「貴女は人間でしたよ、ヒナギクさん。たとえ、不定形生物でも、私は貴女の魂は人間だと、皆に伝えましょう。それだけ立派だったのです」
彼女の在り方は私の心を少しだけ揺るがせました。それはエベレスト山の麓で爆弾を使った程度。されど山は震えて、有り様をほんの少しだけ変えたのです。
私に良心という名の小さな炎を灯したことを私は一生忘れないでしょう。
たしかに彼女は異形の者でした。ですが、その姿に負けず、魂を完全に堕としてもその清廉な心は変わらなかったのですから。
「お、皇女ざまぁ〜、ありがとうございます。ありがとうございますぅ〜」
私に抱きつき、涙するヒナギクさん。ふにんと柔らかい身体と体温が感じられて、なぜか安心します。感動的なシーンなので、私も抱き締め返してあげたいのですが……。
「すみません、もはや体力は限界。オーバヒートというやつです」
ぐらりと身体を傾げて、ヒナギクさんにもたれかかる。血も流し過ぎました。『熱重ね』による身体の疲労も限界です。
おやすみなさい……。
パタリと私は倒れて意識を失うのでした………。
「きゃーー 皇女様が、皇女様が〜! 誰か救護をお願いします〜!」
驚き動揺してワタワタと慌てるヒナギクさんですが
「ぎょえー、この炎消えねー!」
「あっぢぃー! 誰か水、水をくれー!」
「俺の身体が溶けていく!」
どうやら散った太陽神の神剣の残りカスが人々に接触。炎による浄化をして、皆は炎に巻かれて、なんとか消そうと走り回り、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
「誰かぁ〜! 皇女様が重傷です! 助けに来てくださーい!」
そうして、ヒナギクさんの困った叫びだけが、虚しく空へ消えていくのでした。
◇
「知っているベッドです」
このネタは擦り切れるほどに使われているので使いません。
目覚めたら、ベッドの中でした。どうやら気絶してしまった模様。まぁ。結構なダメージを負っていたから仕方ないです。
あれ? シーツがふんわりとししていますよ? 今まではヒナギクさんが綺麗に洗ってくれても、元々の質が悪いのでゴワゴワとした感触だったのに。
疑問に思った私はシーツをさわさわと触り、その絹のような感触に、なるほどと頷き───。
二度寝します。ふわふわ柔らかなシーツに温かいぬくもり。二度寝以外の選択肢はないですよねと、むふふと微笑み、むにゃむにゃと布団に潜りこもうとしますが、そうはいきませんでした。
「まぁ、皇女様がお目覚めになりましたわ!」
甲高い声音で女性が足音を立てずに近寄る。その上品な所作だけで、普通のメイドとは格が違うと理解します。
「お目覚めになりましたでしょうか、レイ皇女様」
淑やかに聞こえてくる声はヒナギクさんではなく、他の女性の声。不思議に思い、ぱちくりと目を開けて……誰ですかね?
「お身体は大丈夫でしょうか? あぁ、わたくし共がお世話をするので、お動きにならないでください」
優しい手つきで、起きようとする私を補佐してくれます。……本当に誰ですかね?
部屋には上等な布で作られたと思わしきメイド服を着た女性たちが四人。そのどれも私は記憶にありません。
前いた側仕えでもないようです。ヒナギクさんはどこかなと部屋を見ると、ポツンと部屋の隅に居心地悪そうに立っていました。一人だけ女中服なので、とても格差を感じます。
「貴女たちは……っ」
口を開こうとして、痛みに顔を顰めちゃいます。腕や肩、額にも切り傷があり満身創痍。ヒナギクウルフとの戦闘はそれだけ厳しかったのです。
傷は塞がっておらず、巻かれた包帯から血が滲むのが痛々しい。でも、顔の半分を包帯で覆ってませんし、ここは私は何人目とボケるのは止めておきましょう。
「あぁっ、お労しい。慈悲深き皇女様がそのようなお姿に……。回復魔術を使用したのですが、なぜか皇女様のお身体は弾いてしまい……。申し訳ありません」
悲愴感をだして、メイドたちはしくしくと泣き始めます。まるで私を心配する忠誠心溢れる家臣に見えちゃいます。素晴らしい演技です。皆で練習したんですかね?
「回復魔術ですか。癒やしの魔術は神女たる私には効きませんので仕方ありません」
魔術。回復も魔術と。即ち、呪いで身体を回復させようと。私の身体は全部吸収しちゃうので呪いは通用しません。この世界、全て魔術で動いているのでしょうか。
回復まで呪いとは呆れてしまいますよ。どうせ、回復する代わりに身体のどこかが変じるパターンなんでしょ?
さめざめと泣くメイドたち、そして、ますます身体を縮こませるヒナギクさん。私の怪我の元凶なので、罪悪感に責められているのでしょう。
はぁ………私は私の目的のために行動したので、罪悪感を覚える必要はありませんよと伝えても駄目でしょう。この子は優しいですからね。
「大丈夫です。この程度は私の神聖術で癒せますので」
そっと手を胸につけると、生気と霊気を練り上げる。パアッと神々しい光が手から溢れ出る。
『神術:受肉復元』
神気が私の体に染み込むと、痛々しい傷は全て消えていき、元のすべすべぷにぷにお肌に戻っていきます。その光は私の身体を完全に癒やし、疲労も溶けるように消えていきました。
「ふむ……こんなものですか」
グーパーと手のひらを握って、動きに支障がないことを確認。問題はなさそうです。
私の傷は実は肉体が壊れただけで、神気に戻ってしまっただけです。例えて言えば、氷が砕かれて気化し水蒸気に戻っただけ。命の象徴たる心臓を完全に破壊されない限りは、神術で修復すれば復活可能です。なんか、ヴァンパイアみたいですね?
これは他の人にもある程度は効果はあるはずです。生気と霊気が残るはずですからね。ですが検証するつもりはありません。たぶん回復魔術で治したあとに、命術による呪い解除をした方が効率的でしょうからね。
神術を使うのが勿体ないとかではないです。本当です。
「治りましたので包帯をとり…………んん?」
なぜか感涙してメイドさんたちは自身の手のひらや頬を触ってます。
「あぁ、光に当たったら治ったわ。魔に汚染されていた肌が!」
「この地に送られて絶望してたのに、やったわ。元の身体に戻ったのよ」
「これがレイ姫のお力……なんて神々しいのでしょう」
なるほど、この人たちも魔に汚染されていたのですか。見かけはさっぱりわかりませんでしたけど、漏れ出る神気だけで治る程度だったのでしょうね。
………イラッときます。なんとなく彼女たちの立場がわかりました。名探偵レイちゃんは常に考えることを止めないのです。今日の夕ご飯はなにが出るかなとか。
「ヒナギクさん、こちらに来なさい。貴女は私の筆頭側仕えなのですから、一番側にいないと駄目でしょう?」
「は、はいっ! ひっ、筆頭……。はいっ!」
柔らかな口調で注意すると、ヒナギクさんの暗そうな顔がパアッと花咲くように明るくなると、テテテと足早に側に来てくれます。
「良い子ですね。さて、このメイドたちが何者なのか、私に説明してくれますか?」
子犬のようなヒナギクさんのふんわりとした髪の毛を撫でながら、感涙して跪くメイドさんたちへと冷たい視線を向ける。
「えっと、この方たちは、その……皇女様と一緒にこの地にきました皇女様の側仕えの方たちです。最近は皆さん、体調不良で……その……」
言いづらそうにもじもじとして、メイドさんたちをチラチラ見ながら教えてくれる。
「あぁ、そういうことですか。では、貴女たちはクビです。ヒナギクさん、洗濯場のお友だちを連れてきなさい。私の新しい側仕えとします」
私はニコリと口元だけを笑みに変えて告げるのでした。




