17話 命術の真価をお見せしましょう
ヒナギクウルフの身体は漆黒に染まり、さらなるパワーアップをしました。どうやら怒るとパワーアップするようです。呪いあるあるですね。
「ですが、呪い如きで私を倒せると考えてもらっては困ります、ヒナギクさん。周りの人々は追い払いました。遠慮なくタイマンができますから手加減はしませんよ」
ヘイトを稼いで、皆から離したのだ。味方を気にせずに戦うために。
「ガルルル」
「申し訳ありませんが、ワンちゃん語はできないのです。ですので貴女にはワンちゃんもチャンスはありません」
極寒の呪文をドヤ顔で言っちゃいます。オヤジギャグにより敵は凍りつきました!
「グオッ」
まったく凍りつかなかったようで、地面を蹴り足で捲りあげ、ヒナギクウルフは駆けてきます。
「ツッコミ役が必要なのではと思うところです」
スッと手を翳して半身に構えると………あれぇ? 手に持っていた槍がありませんよ? あ、あそこに転がってた。
迂闊です。最初に子猫の術を破られた時に、槍を放り投げていました。ありゃりゃ、失敗。かなり離れた地面に槍が転がってます。
「ととっ」
ゆらりと片足を引き戻し、袈裟斬りに切りかかってきたヒナギクウルフの右爪を躱す。身体を撓らせて、紙一重の見切りで通り過ぎる爪の暴風を目にしながら、右腕を横に構える。
ヒナギクウルフは、左手での袈裟斬りで追撃する。合わせるように右腕を素早く持ち上げて前へと踏み込む。爪の間合いから逃れて懐に入ると左手へと右腕を合わせて受け流す。
そのまま、左脚を振り上げて、前に出てきたヒナギクウルの顎へと一撃を───。
「くっ、速いっ!」
入れることができません。さらに加速してきたヒナギクウルフの体当たりにあって、私の身体は強い衝撃を受けて、空に飛ばされる。トラックにでも撥ねられたかのような強い衝撃に酸素が肺から吐き出されて、苦痛が奔り顰めてしまうわ。
「ガウゥッ!」
止まらぬヒナギクウルフは宙に浮いた私へと口をバカリと開けて噛みつき攻撃をしようとしてくる。格闘ゲームでのコンボ攻撃。タックルからの追撃です。
ですが、私はか弱き身体。連撃を受けるまでもなく、噛みつかれたら体力ゲージは空になってしまうでしょう。
「そうはいきません。パーフェクトは許しませんよ」
『第一命術:熱重ね』
身体能力を強化させる『熱』を重ねがけといきます。私の身体が熱く熱く、溶岩のように煮えたぎってきます。
「はぁっ!」
一種の呼気を吐き、鋭き掛け声にて迫るヒナギクウルフの鼻を掴むと身体を大きく回転させて、ヒナギクウルフの頭上を飛び越えてその場を離れます。
ヒナギクウルフは逃れる私を目で追って、身体をひねると地面へと片足を踏み込み強引なるターンをして、再度両腕を広げて迫ります。
「ワォォォォン」
そのまま爪を振りかざしての連撃。私は地面に足をつけると複雑にステップをして、身体をゆらゆらと揺らして迎え撃つ。
『合気:柳風体』
柳に風が吹いても、その幹はしなやかに撓り、圧し折れないように、ゆらりゆらりと身体を揺らし、ヒナギクウルフの一撃死を齎す爪を躱していく。
「ガウッ!?」
「驚きましたか? 基本技は重ねがけをして、身体能力を向上させることができるのです」
お淑やかに微笑みを向けて、次々と爪を捌いていきます。
私の動きが先程よりも速く鋭くなったことに、僅かに目を広げて警戒と驚きの顔となるヒナギクウルフ。動きに迷いが宿り、攻撃速度が僅かに緩む。その表情から、狂乱の魔物に変じても、少しは知恵があると目を細めます。
(単なる獣ではないということですか。ならば、私の方もそれに合わせるだけです。───とはいえ、短期決戦でないとこちらがまずい)
知恵ある獣ならばこちらもやりやすい。ですが、実を言うと私も限界を超えています。
熱さは身体の限界を超えて軋みをあげており、吐く息は熱を持ち体力がどんどん失われています。
『熱重ね』を使えるほど、この身体は強靭ではないのです。昔、雪男に変化した際は、退治しに来た伝説と言われた退魔師は20重ねまで使っていましたが、今思うと化け物だったんですね。
(私の手持ちのカードは命術レベル1と2が残り一回ずつ使えるだけ……。結構厳しいかもしれません)
切り札たる霊術は既に使ってしまいました。そして、重ねがけをして3倍となった身体能力でもヒナギクウルフにダメージを与えることができていない。
受け流して、敵の身体が泳ぐ一瞬の隙に拳を叩き込む。鋼の糸を編んだかのような毛皮ですが、命術を宿す私の拳は浄化の拳。どろりと溶けて、皮膚を焼きます。
腰を屈めて地を這うようにすると、回転しての足払い。ヒナギクウルフの脚へとめり込みます。
だが、あまりにも私に比べると巨体であり怪力を持つヒナギクウルフの身体は多少揺らぐだけで、致命的なダメージどころか、大きなダメージも入りません。
それどころか、ダメージを与えた箇所が泡立ち、再生していく始末。狼女さんの特性です。
「今日は満月ではないので、あまり能力を発揮できないという縛りはないのですか? さすがは異世界ファンタジーです」
『合気:空気投げ』
攻撃が当たらないと見て突進してくるヒナギクウルフを投げ飛ばす。ですが、先程は見事に受けた投げ技をヒナギクウルフは宙で身体を回転させると体勢を立て直し、スタンと地に脚をつける。
素晴らしい適応力です。地球ならば武の達人となり得たでしょう。これは参りましたね。
息も荒くなり、身体が冷えていく感じがします。限界を超えた身体が崩壊を始めている証拠です。
「皇女様、ご加勢致しますぞ!」
「必要ありません。貴方たちではこのレベルの魔物には足手まといとなるだけです」
私が不利と見た兵士たちが声をかけてきますが断ります。こんなことで怪我人は増やせません。ましてや死者など以ての外。
「武器が必要です。刀を!」
「はっ! 今投げます、お受け取りを! ご武運を!」
隊長らしきおじさんが腰に下げる刀を外すと、放り投げてきます。遠く離れた私に届くように山なりに空高く。魔の力を使っているのでしょう、たいした怪力です。
刀が回転しながら飛んでくるのを、ヒナギクウルフは黙って見ているわけがなく、砕こうと爪を伸ばして飛翔します。私に武器を与えてはまずいと理解している頭の回るワンちゃんです。
「ですが、それは予想してました!」
私は脚を深く屈めると、一気に力を解放してヒナギクウルフの後を追うように飛翔する。ヒナギクウルフの後ろにつくと蹴り足を背中に叩き込むと、飛翔する勢いを地上へと向けます。
『合気:空気投げ』
ヒナギクウルフが体勢を崩して地面へと落ちるのを横目に、飛んできた刀をキャッチすると、鞘を抜く。ギラリと光るその刀身はよく磨かれており、手入れを怠っていない。こんな環境でも腐らずにいる良い兵士なのでしょう。
地面に落ちたヒナギクウルフが回転すると体勢を立て直し、足から降り立つ。そして、すぐに頭を持ち上げて、爪を伸ばすと飛び上がってくる。
刀のずしりとした重さに私は呼気を整え冷静なる表情を変えずにヒナギクウルフへと向けて落下する。
お互いの白刃が煌めき交差する。すれ違いながら体をひねり、連撃を繰り出す。爪と刀が打ち合いをするごとに火花が散り、金属音が響く。
地面が爪により大きく抉れていき、ヒナギクウルフが踏み込むたびに土が捲れて宙に浮く。たいして、私は足跡残さずに、軽やかなステップにて対抗して、何合も激しい打ち合いを続ける。
ヒナギクウルフの振るわれる爪は速度を増し、私は敵の攻撃を読みながら受け流し、流れるようにその身体に傷を加えていく。既に他の兵士が戦いに加われるレベルを超えており、周りの人々は固唾を飲んで見守るのみ。
ぽたりぽたりと血が流れていく。それはヒナギクウルフの物だけではなく、私の傷も混ざっていました。
「ガゥガゥ」
斬ったところが泡立ち再生していくヒナギクウルフは、ニヤリと口を喜色で歪めてみせる。先程と違い攻撃が命中しているためだ。
たらりと額から血が流れて、腕からはポタポタと血が滴る。なぜ攻撃を受けているのかは簡単です。刀の重さの分、私の速度は遅くなっているからです。
人外の速度で行動できたのは『幽体変化』という基本技のおかげ。そしてこの技はどのような効果かというと、自分の存在を幽体へと変化させます。
生身との比率を変えることもできて、今の私はほんの僅かの肉体しか生身ではありません。見かけは人間に見えますが、それは物を持ち戦うことができるようにです。服も着ていないと困りますしね。
なので、私の現在の体重は1グラム。
他は服と刀の重さなのです。少女の力でも1グラムの体重であれば飛ぶように行動できます。いわんや、身体強化した今なら服を着ても神速の速さです。
ですが、意外と刀は重く、私の体重では重心が刀の重さにより崩れてしまいます。なので速度は遅くなり、体術も精彩を欠いているのです。
ヒナギクウルフを倒すには素手は無理。ですが、刀を持つと不利となる。悩ましいものですね。
理由は理解していないはずですが、それでも自分が有利だと考えているのでしょう。ヒナギクウルフの歪んだ笑みは大きくなっています。
ベロリと舌なめずりをして、よだれを垂らすヒナギクウルフ。その様子に思わずクスクスと笑ってしまいます。
「もう戦いに勝利した気分のようですね。ですが獲物を前に舌なめずりは、獲物に逃げられてしまいますよ? 獲物でない相手ならば勝機を失います」
私の言葉に怪訝な顔で警戒するヒナギクウルフ。やはり言葉はある程度理解していますね。
「知恵のある化け物なら、もう少し知恵を使えば良いものを。貴女は既に私の術中にあります」
ヒュウと息を吐き、新たなる生気を練っていきます。あくまでも穏やかさと淑やかさを忘れずに私はヒナギクウルフへと微笑みます。
「魔獣の瘴気が人への毒なれば、退魔師の血は魔への毒なのです。狼さん、狼さん、随分私の血を浴びましたね?」
ギクリと身体を震わすヒナギクウルフ。その身体には私の返り血がそこかしこについています。
私はこの展開を予想してました。刀を使っても勝てないことを。なので、二つの作戦を考えたのです。
「これぞ、基本技にして命術の奥義!」
『第一命術:血』
私の血が浄化の光を宿して光りだす。もちろんヒナギクウルフについた血も。私がわざとヒナギクウルフの身体にかかるように皮膚一枚を切られてつけた血が。
「古より血は浄化と呪い、その両方に使われてきました。浄化における血の力をご覧に入れましょう!」
刀を地面につけると、手を離して素早く印を組む。
「燃え上がれ、我が血を代償に!」
『第二命術:炎』
ライター程度の僅かな炎を灯す命術。されどその炎は血を触媒に一気に激しく燃えだす。
『融合命術:浄炎』
退魔師の基本術。己の血を触媒とすること。血を触媒とするとあらゆる命術の威力は跳ね上がるのです。
ヒナギクウルフの身体が薪のように燃え上がり、浄化の炎がその体を燃やしていく。鋼のように硬い毛皮も、岩のように強靭なる肉体も。
「ウォァォァァァ」
燃える炎に照らされて、浄化されようとするヒナギクウルフを見ながら私は腕を組んで様子を見ます。
ですが、世は無常。常にフラグはとんてんかんと建設されるもの。
「やったか!」
そのセリフを吐きますか。そこの隊長さん、殴って良いでしょうか?




