16話 狼女と戦います
ヒナギクさんは魔物に堕ちてしまったようです。しっかりとフラグは回収されました。なので、私のせいではありません。忘れていた私のせいではありません。
弁護人レイの弁護により無罪、ノーカン、私は知りません。もちろん裁判官も検事もレイちゃんです。
「まぁ、尻拭いはするつもりですけどね。なにせ、私の側仕え、責任も私にあるというものです」
ホブおっさんに突き刺した槍を抜いて、ブンと振る。血がピシャリと地面を濡らし、ずしりとした重みが手にきます。
「ヒナギクが魔物に堕ちたぞ!」
「残念だが………殺すしかあるまい」
「あぁ、ここまで頑張ってくれた優しい娘なのに」
人々は沈痛な表情ですが、それでも手慣れた様子でヒナギクさんを囲みます。魔物に堕ちる人を片付けることに慣れているのでしょう。悲惨で可哀想なことです。
私はズキリと心が……全然痛みませんね。ちょっと人間としてどうかと思いますが、人間に戻ってたった10日間ですので、この先で変わっていくしかないでしょう。サイコパスにはならないように気をつけないとです。
農民の格好をしている人たちは下がり、兵士たちが槍を向けてヒナギクウルフさんと対峙します。哀れみと緊張した表情から推察するに、負けることはないとの余裕も垣間見えますが、さてどうでしょうか。兵士たちの手腕を拝見させて頂きます。
「全員、一斉に突きかかれ。隙を見せずに槍衾とするのだ」
「よし、囲め。逃げられないように気をつけろ」
「おぉ! 頑張ってくれたヒナギクちゃんの想いを無駄にしないためにも一撃で決めるぞ!」
悲愴の覚悟で、兵士たちは摺足にて慎重にヒナギクウルフさんへと包囲を縮めていき……。強く踏み込むと一斉に槍を突き刺します。
練度が足りないのか、その攻撃はばらばらで一斉にとの言葉とはほど遠かったですが、速さはかなりのものでした。人外と言って良いスピードで、ヒナギクウルフが唸っている間に、毛皮に槍を突き立てます。脇腹、胸、腕、脚と鉄の穂先は刺さり柄は撓っていき───。
「ガオッ!」
少し可愛らしい鳴き声をあげてヒナギクウルフが軽く身体をよじると、槍は弾けるように砕けました。
「なっ!? グハッ」
兵士たちは木片となった槍の残骸が宙に飛び散るのに目を剥き、豪風と共に振られたヒナギクウルフの腕に吹き飛ばされました。
まるで槍と同じかのように兵士たちが軽々と吹き飛んで、鞠のように畑の中を跳ねて、稲穂の中に消えていきました。
たった一撃です。前面に展開していた兵士たちは纏めて吹き飛ばされて全滅。対してヒナギクウルフはノーダメージ。どうやら鋼よりも強固な毛皮が守ってくれる模様。
「な、そんなパワーが!? 怯むな、ここで殺すしかない!」
包囲していた後ろの兵士たちが、ヒナギクウルフのあまりにも凄まじい怪力に動揺し顔を歪めますが、それでもめげずに後頭部を狙います。
「安らかに眠らせてやるぞ、ヒナギク!」
兵士の身体から生まれた闇が流れるように槍を覆う。
『豪槍』
突き出された槍は踏み出された足により地面が陥没したことからも、その威力は高いことがわかる。手に持つ柄がミシリと音を立てて、兵士の顔が力みで歪む。
「魔に堕ちし技を見よ!」
『風払い』
もう一人の兵士が槍を背中にまでつくほどに振りかぶると、横に振るう。細い槍であるのに突風が巻き起こり、途上の稲穂が激しく揺れて、ヒナギクウルフを薙ぎ払おうとする。
「すまぬ、ヒナギクよ! 恨みは地獄で聞こう!」
『鞭打ち』
3人目が苦悶の表情で叫ぶと、飛翔して槍を鞭のように撓らせて、打ち放つ。ヒュンと風斬り音がするとまるで刃のように襲いかかる。その軌道は曲線を描き、受けるには難しい。
あれが魔術というものでしょう。いえ、魔技とでも言うのでしょうか。どれも地球の戦国時代ならば、名を馳せるだろう威力を伴っています。鞭打ちだけはネーミングをやり直してください。
魔技を前には、既に人の心が消えて、獣の心へと堕ちたヒナギクさんは、本能でその攻撃が危険だと考えたのか、僅かに腰を落として身構えると──。
三者の魔技が命中する寸前にその姿が消えました。そこに立っていた証拠に、土塊が天へと舞い上がり、小さなクレーターが残っています。
魔技が空を切り、それぞれが体勢を崩して、お互いの武器が当たってしまう。ガギンと金属の曲がる音と木が砕ける鈍い音がして、槍が使い物にならなくなる。
「グウッ、俺の槍が砕けた!」
「穂先が歪めば、もはや使い物にならないぞ」
「ヒナギクはどこに消えたのだ?」
舌打ちしながら兵士たちは周りを見ますが、視認ができる速度を大幅に上回ったのだろう。ヒナギクウルフの姿を見失ってしまう。
「ガウッ」
そして舞い上がった土塊よりも、さらに上に飛翔していたヒナギクウルフが拳を握り、地上に落下する。ようやく気づいた兵士たちが顔をあげるがもう遅かった。
頭上へと振り下ろされる拳はハンマーのように重く、兵士は頭から跳ねるように地面へと叩きふせられてしまう。
「くっ! これほどの力の魔物に堕ちるとは!」
柄が折れて使い物にならなくなった槍を投げ捨てて、他の兵士が剣を抜きざまに斬りかかるが、間合いを詰めて肩からぶつかるヒナギクウルフに吹き飛ばされてしまう。
「なぜだ!? ただの下女のはずなのに、なぜそのような力を!?」
激しく動揺しながらも、最後の兵士が穂先が歪んだ槍を突き出すが、もはや使い物にならない槍では身体に傷一つ負わせることができなく殴り飛ばされる。
ヒナギクウルフを包囲していた兵士たちは全滅し、遠巻きに見ていた農民は、その能力の高さに怯え後退ります。
なぜあれだけの力を持っているんだと疑問顔です。本来は下女の少女。力も無いか弱き者が魔物に堕ちても、弱い魔物になると考えていたのです。だからこそ、田畑のまもりに使うことにした生贄なのです。
しかしながら、その思惑は間違っていました。私にはわかるんです。
せめて城内の人たちのように悪意を持って、蔑みを潜ませて、ババを引いた馬鹿な奴とでも周りの人たちは考えていればマシでした。結果は憎しみと復讐心を宿して闇に堕ちた小物の魔物に成り果てたはずです。証拠はホブおっさん。
ですが、ここにいる皆は罪悪感を持ち、良心を痛めて、優しき心にてヒナギクさんを扱いました。その心は鏡に写すかのように、ヒナギクさんの心を鍛えて、気高く優しさを持つ者としてしまった。
聖人であるほど闇に堕ちると、その闇は深く底が見えないもの。
そうです。皮肉にも皆の善心が彼女を強力な魔物に堕としたのです。
「私は貴女を尊敬します、ヒナギクさん。それほどの呪いに侵食されても正気を保ち笑顔を見せる貴女の強さ、優しさは蜂蜜たっぷりのホットケーキの味でした」
それって褒めてるのと、近くにいた人が見てきますが、私としては最上級の褒め言葉ですがなにか?
立派な貴女だからこそ、主である私が倒さなくてはならないでしょう。それこそが主である私の責任というものです。
「私の最奥の技をお見せしましょう」
ゆっくりと呼気を吐き、息を整え、体内に気を練り、前傾姿勢となる。
私が難敵と戦う際に常に使ってきた秘奥。
前に倒れるようにどんどん身体を傾げて、両手を地面につけます。そして多少腰を上げて、そろそろと忍び足。
そして一言。
「にゃーん」
銀髪の美少女が匍匐前進しながらの「にゃーん」。猫へと変化して、敵へと不意打ちを行える秘奥です。
敵は仔猫の前に油断して、不意打ちを受けます。子猫の前に人は無防備となるものです。人の身になった今は猫に変化は難しいですが、銀髪の美少女が可愛らしい鳴き声をあげて子猫の真似をして近づけば油断して──。
「イタァッ!」
身体に強い衝撃が奔り、横殴りにされて地面を転がってしまいました。土が寝間着を汚し、柔らかい肌に擦り傷がついていきます。肌がヒリヒリしてとても痛いです。
転がりながら手をつけて力を込めて地面を叩きます。ふわりと身体が浮いて、私はくるりと回転すると地面へと立つ。
「仔猫を攻撃するとは、犬が猫を嫌いなのは都市伝説というわけではなかったようですね」
擦り傷で滲む血を見て、眉を顰めて元凶へと顔を向ける。腕を振るった体勢で鼻息荒くヒナギクウルフが立っていました。
ここは「ワウ?」と小首を傾げて近づく仔猫レイを不思議そうにみるヒナギクウルフに、私がニヒヒとコミカルに笑って一撃を入れるパターンなのに、アメリカンジョークがわからない人ですね、まったくもぅ。
皇女様、それはどうなのと周りが見てきますが、いつもなら上手く行くんです。本当です。
頬をぷっくり膨らませて抗議しちゃいます。
「それに目的は達したようですし」
「グォォォォォォ!」
ヒナギクウルフが恐ろしい程の大音量で咆哮します。先程までの咆哮とは違い、激しい怒りによる咆哮です。
「ふふっ、私の髪は痛かったでしょう? なにしろ命術の熱をたっぷりと注ぎ込んだ髪の毛ですからね」
見下ろすように、蔑むように告げる私の視界には、左目を細い銀の髪の毛に貫かれているヒナギクウルフの姿がありました。ピンと伸びた髪の毛はまるで針のように、狼の眼球を貫き、今もなお眼球を焼き煙を吹き出しています。
槍の一撃をまともに受けても傷一つ無かったヒナギクウルフ。ですが、呪いを浄化する命術が込められた神気で創られた私の髪の毛は防げなかったようですね。
激昂し、牙を剥き出しに唸りながら瞳の闇を吹き出すヒナギクウルフ。怒りに燃えて、私をターゲットにしたのでしょう。鋭き爪を構えて睨みつけてきます。
「ガウッ」
膝を屈めると、バネのように飛びかかってくる。その速さは瞬きの一瞬で私との間合いを零にしてきますが───。
『合気:空気投げ』
突進してくるヒナギクウルフの身体に恐れを見せずに立ち向かい、私はそっと身体をずらします。ヒナギクウルフはそれだけで身体を回転させられて、空高く放り投げられると、外壁と叩きつけられる。
柔よく剛を制す。力なき私でも突進してくるだけの狼さんを投げ飛ばすのは楽なこと。
「ヘイトを稼ぐのはどうやら充分。皆さんは下がっていてください。神女たる結城レイがこの戦いを決しましょう」
今のダメージと、髪の毛の一撃、そして子猫の真似による悪戯で、ヒナギクウルフは私だけをターゲットにしました。
真摯な口調で凛々しい表情で皆へと伝えます。銀の髪が風に吹かれて、月明かりの下、身体をそらして、青白い光に覆われる私の肢体が仄かに幻想的に美しく、皆の目に映る。
声音から口調、その立ち位置から構えまで、人を魅了する魅せ方をするのは私の十八番なのですよ。これでここにいる人々は私への評価を高め、敬愛の念を持つ可能性が高まりました。
「グォォォォォォォァァァァ」
「ここで華麗に倒せれば、私の株は今日のおすすめに入るのですが……そう上手くはいかないようですね」
ゴキリゴキリと鈍い音をたてて、ヒナギクウルフの身体から漆黒の禍々しいオーラが吹き出し、さらに膨張します。3メートルの背丈から5メートルはある体格へとパワーアップ。
「私の寝間着が真っ赤に染まるか、貴女が倒れ伏すか。闘牛士ならぬ闘狼士となり、今日は二人で踊りましょうか」
涼やかな声音に楽しげな感情を込めて、私は柔らかな笑みで口元を薄っすらと曲げるのでした。




