12話 夜は私の領域です
───ヒナギクが城を飛び出し、農民の救援に向かう同時刻。
カーンカーンと鐘の鳴る音に私は目を覚ましました。最近はちゃんと洗濯されて白いシーツにフカフカの枕。結城レイはご満悦で寝ていました。
私のことです。結城帝国第十三皇女である高貴で夜は早目に寝る良い子の少女です。お肌のケアは若い頃からやらないと後悔すると聞いていたので、日が落ちたら寝ます。電灯もないですしね。
なのに、安眠妨害です。なんでしょうか、この音?
夜中に起こすのは申し訳ありませんが、側仕えのヒナギクさんに状況を聞くために、ハンドベルをチリンチリンと鳴らします。正直、この小さな音でよく召使いさんたちは呼ばれていると気づくものです。感心しちゃいます。
………一分経過。
………………二分経過。
………………………三分経過。
誰も来ません。やはり人々の願望から生まれた都市伝説みたいなものなのでしょう。「あたしメイドです。今ベルを鳴らされたからあなたの後ろにいるの」という怪談です。あまりインパクトが無さそうですが、神絵師に頼めばバズってこの怪談も定着するでしょう。肌露出多めのえっちぃメイドならオーケーのはずです。
仕方ないので、ベルをチリンチリン鳴らしながら、そっと部屋を出ます。廊下に出ると椅子が転がっていて、誰も座っていません。そういえば初めてのエンカウントからこおにっさんの姿を見ないですね? まぁ、気にしなくて良いですか。
「ヒナギクさ〜ん? チリンチリーン」
ハンドベルだけでなく、私自身もチリンチリンと擬音を口にしながら、真っ暗な廊下をペタペタと歩きます。寝間着を着て、暗闇の中、全く戸惑うことなく平気な顔で城内を歩く銀髪の美少女。
怪談になるかなと窓ガラスに映る私にニコリと微笑むと、可愛らしいとしか思えません。怪談は無理ですね。
ちなみに私は光の届かない暗闇でも見えます。見えなかったら商売上がったりですしね。
誰にも出会わずに、ヒナギクさんたち下女の部屋に辿り着きました。ここの警備どうなってるんでしょうか。夜は警備システムが稼働しているとかですかね?
昨今の学校は警備システムを無効化するところから始めないと怪談はできなかったんですよねぇと、嫌な思い出を思い返しながら扉に手をかけると、中から少女たちの声が聞こえてきました。
「ヒナ、大丈夫かな………やっぱり私が行ったほうが……」
「でもでも、ヒナちゃんくらいだよ、ここから時間をかけずに農園まで行けるの。私なんかだと遅すぎるし」
「速さと攻撃力が高いのはヒナギクさんだけですものね……」
魔に汚染されている下女たちの話し声です。気になるワードをいくつも口にしています。心配げにコソコソと話しているところを見ると、なにか起こったようですね。
この場合、私のとる選択肢は……。
「私、レイ。今あなたの後ろにいるの」
「きゃー!」
「きゃわー!」
「ひー!」
扉を静かに開けて忍び込むと、蜘蛛っ娘の背中にべたりとくっつき、暗闇の中で皆へと明るい声をかけることでした。
皆が恐怖の顔で驚いてくれて満足です。ニッコリ。
◇
「はぁ……順番に田畑を守っていたのですか………。だからあれだけ侵蝕が進んでいたのですね。納得しました」
皆が驚いてくれて満足した私はなにが起こったのか話を聞きました。今は藁の上にシーツが張ってあるベッドの上に座り脚を組んでます。ちょっと色っぽいでしょう? まだまだ幼いので、紳士しか喜ばないかもしれませんが。
「合理的な考えですね、それならば被害は抑えられる………」
この世界だけの方法ということです。ようは人柱ですが……。それでも合理的な考えです。
気まずそうに悲しげに佇む少女たちは一見すると化け物にしか見えません。二見しても化け物です。これは客観的な感想であり、百人が百人同じ答えをするでしょう。
蜘蛛の頭をした娘、ノミの身体をした娘、溶けた肉塊のような肢体の娘………。まだ年若い少女たちです。どれだけの苦難を歩んできたのか想像もつきません。ここまで悲惨な人間は地球でも稀にしかいませんでした。
それでも性格を歪めないということは素晴らしいことです。拍手をしてあげても良いです。昔なら魂と引き換えに取り引きをする清らかな魂のレベルです。まぁ、魂はとらないんですけど、霊気を100%貰うので死ぬ結果は変わらなかったんですけどね。
話はわかりました。なぜ、ここまで身体が魔に汚染されているか、そして、この少女たちがどれだけ優しい娘達かも理解しました。
この人たちは悲惨です。助けたいと思って……嘘です、助けたら忠実なる者たちになるかなと自己利益のために、呪いを解こうと密かに検証していました。
私には味方が必要です。私がのんびりだらりと暮らしても、せっせと働いてくれる忠実なる召使いが。横領とか裏切りをはかる者はいらないのです。
どうやら私の命術は普通の人間よりも強力なようで、呪いの浄化にかなりの効果があります。これは人間の肉体ではありますが、神気で創造したことが原因だと思われます。即ち半分はエネルギー体であるということです。
人間が使う命術は己の生気を変換するのですが、その変換率はせいぜい10%くらい。ですが、私はエネルギー体でもあるので100%変換できます。なので、命術の威力が段違い。
命術を水浴びの水に含めて雀の呪いは解呪できました。ですが、人間は、それもここまで魔に汚染されている者は解呪できないことはわかっています。臨床試験が雀から人間にとぶのは酷いとの非難はなしです。だって、自分から試してくれましたしね。私は何も勧めていません。
次の実験はかなりの危険を伴うと迷っていたのですが………ちょうどよいでしょう。あれだけ忠実なる少女を失うわけにはいきませんし。
それにあの娘の優しさは甘い砂糖菓子なのです。
「それでは、私が加勢に行きます。話に聞く限りヒナギクさんの魔汚染は看過できないレベル。どれくらいで魔物に堕ちるかはまだわかりませんが危険なのですよね?」
「はいっ。今回は大丈夫かと思いますが、もうほとんど身体は魔物です………」
盛大なフラグを蜘蛛っ娘が口にしました。
「わかりました。今回でヒナギクさんが魔に堕ちる可能性が高いことが。早く助けにいかないとまずいでしょう。先程、少女ならば魔物に堕ちても弱いと言っていましたが、その見解は間違っていると私は推察します」
ヒナギクさんだけではない。目の前にいる少女たちもそうだ。地獄の悪魔のような姿で暮らしてきて、歪まない性格。どれだけ強靭か私にはわかりませんが、普通の人間よりも遥かに高いことは簡単に予想できちゃいます。
そんな娘が完全に魔物に堕ちたら……嫌な予感しかしません。私の側仕えを血塗れの中で喪うわけにはいかないのです。
「では、ここからまっすぐ行けば良いのですよね?」
窓枠に足をかけて確かめます。少女たちはコクコクと頷きますが
「あの、皇女様が助けに? き、危険です。兵士をお呼びしますので指示を出して頂ければと」
「なかなか面白いジョークありがとうございます。私に従う兵士は玩具の兵隊くらいでしょう。それに私は勇者の末裔たる結城レイ。勇者の力がありますので大丈夫です」
フフッと優しく微笑み返して、体内の生気を練る。
『第一命術:熱』
手足の隅々まで熱が巡り、身体が熱くなり強化されます。ですがこの程度では駄目です。11歳の少女の身体能力が2倍になってもたかがしれています。
────人外の力が必要なのです。
魂を覆う第二のエネルギー。霊気を活性化させて肉体に纏わせる。いえ、侵蝕させると言ったほうが良いでしょう。
肉体が殻を捨てるように青白く輝き始めます。自身の肉体の軛が外れていきます。暗闇の中で、私の身体から青白い光が辺りを照らし、粉のように粒子がキラキラと舞います。
『幽体変化』
ポツリと呟くと、己の肉体の一部を幽界へと存在を移動させます。仲間からの支援魔術はなさそうですし、これで準備オーケーです。私は常に孤高なのですよ。
基本技『幽体変化』。幽界へと己の存在をずらす技。
なぜかぽかんと口を開けている魔物っ娘たちへと、涼やかな目を向けると告げます。
「では行ってきます。お土産はヒナギクさんの笑顔で良いでしょうか」
「は、はぁ…………行ってらっしゃい、ませ?」
スマイルはタダなので、お金を持たない私には優しいお土産なのですよ。
なぜか疑問符のつく答えをしてくる魔物っ娘たちに軽く手を振ると、窓枠にかけている足に力を込めて、一気に踏み込みます。
私の身体は風に吹かれた羽のように飛んでいき、初めてのお出かけに出かけるのでした。
「き、綺麗だねぇ…、あんな光は初めて見たよ」
「う、うん。なんか心が洗われるような神秘さだった」
「お、皇女様ならヒナギクを助けてくれるかも! ううん、きっと助けてくれるよ」
「が、頑張ってください皇女様〜!」
魔物っ娘たちは、闇夜に映る神秘的な光を纏う結城レイに見惚れてしまい、その力が本物だと悟り、声援を送る。
その間も結城レイは、風のような速さで城外へと駆けていき、あっという間にその姿は消えるのであった。
◇
一歩進むと5メートルは進みます。トトトと走るだけで、僅かな時間で城壁へと迫ります。
「ぎ、銀髪!? 姫様! お、お待ちを」
「待ちません」
私が駆けていくのを見て、驚いた何人かの兵士が慌てて立ちはだかってきますが、足は止めませんよ。
「あだっ」
「いで」
「スカートの中が見えた!」
タンと強く踏み込み兵士の頭上を越えて飛翔します。兵士たちの頭を踏み台にタタタと移動して、城壁な目の前に辿り着きます。最後に踏んだ兵士の頭はとりわけ強く踏んでおきました。
「そこからは壁です。止まってください」
見上げると、数十メートルはある城壁です。古くから城を守ってきたのでしょう。分厚く心強よさと威圧感を覚えさせます。
ドヤドヤと集まってくる兵士たちをちらりと見ると、壁に脚をかける。壁は石ではないようでなんの素材かはわかりません。つるりとしていて、キチンと掃除されていれば登るのは困難だったかもしれませんね。
ですが苔は生えており、蔦も絡み付いています。全然城壁として稼働していないようです。
「パルクールは一度やってみたかったのです」
もはや往年の見事さは欠片もないザラリとした壁に脚をつけると、身体を持ち上げるように踏み込む。
トトトッと軽やかな足取りで、私は城壁を登っていく。数秒で登り切り城壁の上に立つ。
「おぉ……。街が一望できて感激です」
強い風が吹き、私の銀髪が靡く。手で押さえながら、私は紅い瞳を街へと向ける。石造りの家が建ち並び、外壁が遠くに見えてその向こうに田畑があった。
「これが私の街…………」
感嘆の声をあげて、私は嬉しさで熱い息を吐く。
「ここならのんべんだらりと暮らせそうです。さて、のんべんだらりと暮らすためにも、ヒナギクさんを助けに行きましょうか」
そうして銀髪の皇女は壁から飛び降りるのであった。




