92. Shall we Dance?
傘を差し、騎士と神職に守られながら歩く僕たちは、お練り行列みたいだった。
しかも、いつの間にかネージュはフードを外して、薄い紗のベールを被っていた。そのせいで、美貌がうっすらと透けて見えて、さらに人目を集めている。
「ネージュ、フードを被ってなくて大丈夫なの?」
「傘……あるから……大丈夫……フード……息苦しい……」
確かに、フードをすっぽり被っていたら、視界も悪いし、息苦しいだろう。
少し心配したけれど、風の心地良さにネージュは目元を緩めていて、僕も胸を撫で下ろした。
往来の人々に「若様ー!」「覡さまー!」と声を掛けられ、手を振りつつ、中央広場の舞台席に戻る。
今年は、紋章官さまやテオドアさまといった客人をもてなすために、舞台正面に専用の観客席が設けられていた。僕たちも、用意された席に座る。
「おお、ルイ。リュカ。戻ってきたか」
「おじいちゃん!」
「それに、ネージュ様。無茶をされましたな」
「……ご迷惑を……掛けました……」
客人やおばあちゃんとワインを飲みながら歓談していたおじいちゃんが、苦笑しながらネージュに小言を言う。きっとネージュを探し回った神職や騎士から、事の次第は聞いているのだろう。
その顔は怒っているというよりも、どこか面白がっているようだった。
「このような祭りの日だ。あまり堅苦しいことは言わなんだ。来てしまったものは仕方がない。もうすぐ、祭りの目玉である踊りが始まる。観ていかれると良い」
「はい……」
おじいちゃんの許可も出た僕たちは、どこからともなく差し入れられる屋台料理を摘みつつ、舞台で披露される大道芸や演奏を楽しむ。
「若様の隣にいるのは……覡さまか?」
「覡さまって、男性よね? でも、なんで花嫁のベールを被ってるの?」
「ま、何にせよ、ヴァレー家と神殿の仲が良いに越したことはねえな」
そんな声がちらほら聞こえてきたけれど、僕は頬を引き攣らせつつ、素知らぬふりをするしかなかった。
しばらくぽつぽつとおしゃべりをしながら、屋台料理を満喫して、僕たちのお腹がいっぱいになった頃。
舞台の後方が一気にざわつきだした。音楽隊が、待ってました!とばかりに陽気な音楽を演奏する。聞き覚えのあるこのアップテンポな曲は、花娘の踊りの始まりだ!
颯爽と現れた可憐な赤い花のような少女が五人、ぴったりと息のあった軽やかな足捌きで、舞台を縦横無尽に飛び跳ねていく。滞空時間が長い!
ひらひらと翻るスカートを片手でつまみ、くるくると輪になったと思ったら、一本のラインになって、綺麗な足を見せつけるかのように高く上げる。
男なら、そのめくれたスカートについドキッとしてしまうのは、仕方ないと思う。
まるで万華鏡のように美しい踊りだなと思う反面、花娘のうちの一人がアネットであることに気づいて、僕はつい目線を下げた。
去年、お祭りの後に、おばあちゃんに教えてもらった花娘の言い伝えを思い出す。
『昔々、とある麗若き純真な少女が、神々に感謝を捧げながら踊るように葡萄を踏み、ワインを作った』
そんな言い伝えが、年とともに次第に変化していき、今の花娘になったのだそうだ。
花娘に選ばれるのは、未婚かつ乙女で、町でも美しいとされる少女だけ。一度二度選ばれるのは名誉でも、三度四度と続けば……とおばあちゃんは含んだように言っていた。
だから、花娘の恋が必ず成就するというのは、成就させるが正しいのだ、と。
(今世の女性の結婚年齢が若いのは、しょうがないとは思うけれど……)
標的とされた方は、たまったものではない話だった。
舞台と観客席を囲むように、人々も輪になって、友人・家族・恋人・夫婦、それぞれ思い思いのひとと手を取って踊り出す。
おじいちゃんも右手を胸にあて、紳士的にお辞儀をして、おばあちゃんを踊りに誘っていた。
「美しい方、私と踊っていただけますかな?」
「まあ。まあ。ふふ。もちろんですわ」
おじいちゃんは足の悪いおばあちゃんを支えるように、踊るというよりは、軽く抱き合って音楽に合わせて体を揺らしていた。
いつまで経っても、夫婦仲の良い二人だ。見ているこちらの方が照れてしまう。
そんな二人をリュカはじっと見つめ、何を思ったのか、すっくと立ち上がってネージュと向かい合った。
そうして、もじもじくねくねと照れながら、リュカはネージュにお手々を差し出したのだ!
「ねえね、りゅー……ぼくと、おどってくらさい!」
えへへ〜と笑って、ちっちゃな紳士はネージュを踊りに誘う。
僕はその光景に、膝から崩れ落ちそうになった。
(かわいい! かわいいけれど! なんで、リュカは、にいにを誘ってくれないんだ!)
あまりの悔しさに僕が血涙を流しているのを見て、ネージュがくすっと笑う。そして、「よろこんで……」と言って、リュカの手を取った。
身長差のある二人だし、ネージュは傘の下から出られない。それでも、その場で1・2・1・2と小さくステップを踏み、リュカが自分でくるくると回って見せて楽しそうだった。
何より、陶器の人形のように表情に乏しかったネージュが、確かに笑っていた。
取り残された僕は、仕方なくテオドアさまと従者さん、それと紋章官さまの男四人で踊る。決してヤケクソではない。楽しければ良いのだ。
しばらく踊っていると、曲が終わり、花娘たちがパートナーを伴って再び舞台に上がる。
僕は去年の二の舞を警戒をしていたけれど、アネットは同い年くらいの男の子を伴っていた。
ほっと安堵のため息をついた瞬間、アネットと目が合う。……が、「ふんっ」と勢い良くそっぽを向かれた。
アネットのこれまでの態度に、思うところがない訳でもない。でも、彼女は彼女で幸せになって欲しい。僕はただそう思っていた。
その後、やっと僕の存在を思い出してくれたリュカに、「にいに、おどってくらさい!」と誘われる。
僕は複雑な気持ちをすべて水に流して、リュカとネージュと三人、最後まで踊りを楽しんだのだった。
♢
「ルイ……リュカ……ありがとう……ボクのわがままを……叶えてくれて……」
踊りが終わり、中央広場から少しずつ人が捌けてきた頃。約束通りネージュと、僕たちも帰る頃合いだ。
楽しい時間はあっという間で、リュカもしょぼんとしている。
「ねえね。また、あしょぼーね」
「そう、だね……ルイ……良かったら……神殿に……遊びに来て……リュカも一緒に……」
「うん。わかった」
ネージュは淡く微笑むと、最後に「楽しかった」と呟いた。そして、輿に乗ろうとして……ふらっと体が傾く。
あっと思った瞬間には、お付きの神職のノエさんがしっかりと支えていた。
「……やはり、ご無理をされていたのですね」
「ノエ……ねむい……」
「ええ。わかっております。急ぎ帰りましょう」
そういって、ノエさんが介助しながら、ネージュを輿に乗せる。
その様子に、やっぱりネージュを早く帰すべきだったかと、後悔と心配で僕はノエさんに詰め寄った。
「ノエさん! ネージュは大丈夫なんですか!?」
「問題ありません。いつものことで、お疲れになっただけですので……。ルイ様。本日は、本当にありがとうございました。もしよろしければ、これからもネージュ様を、どうか。どうか、よろしくお願いします」
動じていないノエさんの様子に、僕も落ち着きを取り戻す。
ノエさんは深々と僕たちに頭を下げ、再三に渡って礼を言うと、輿を担いでゆっくりと神殿へと帰って行った。
「ねえね、ばいばーい」
僕とリュカは、輿が人混みに紛れ、見えなくなるまで見送る。
僕たちだって、楽しかった。せっかく知り合えたんだ。リュカだってネージュに懐いている。これっきり、また神事の時にしか顔を合わせない関係性に戻るのは、寂しい。だから……。
──ネージュが元気になったら、リュカと二人で遊びに行こう。それで、お祭りの楽しかった思い出を振り返って……。また来年、今度は無茶なんてしないで。ゆっくり一緒にお祭りを楽しもうって、約束するんだ。
また会って笑い合いたい。仲良くしたい。そういう気持ちを、きっと人は「友達」と呼ぶのだろう。
こうして、僕に初めての友達ができるきっかけとなった、二回目の新酒祭りが終わったのだった。




