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88. 叙勲式と新酒祭りの始まり

※昨日更新分は18時→20時に変更してアップしています。まだの方は前話からお読みください。

 新酒祭り当日は、見事な秋晴れだった。ぽかぽかと暖かく柔らかな光が、鮮やかに町を照らしている。

 広場中央の舞台を取り囲むように、華やかに着飾った仮面の人々が、始まりを今か今かと待ち()びていた。



(わあ〜。すごい人だ……)



 舞台の脇からぐるっと辺りを見まわした僕は、去年以上の人の多さと熱気に、圧倒されそうになる。


 前回は簡素だった舞台も、今回は足元に赤い絨毯が敷かれていた。

 背後には、新しく決まったヴァレー家の紋章が()られた旗が、風に大きくはためいている。


 真ん中に白の山脈を(いただ)き、大地には葡萄の房、左右の空には掲げたワイングラス。そして、それらを葡萄の蔦と葉でぐるっと取り囲んだ紋章は、なんともヴァレーらしいものだった。


 隣に立っているリュカが、僕の服をくいくいと引っ張った。何かと思って少し身を屈める。すると、リュカはこしょこしょ話をしたいのだろうけど、全然ひそめられていない声で僕に言った。



「にいに〜、あのね〜。じいじ、かっくい〜ね〜」



 きらきらと光る青い瞳は、おじいちゃんをじーっと見つめている。

 リュカのその言葉を聞いてしまったらしいおばあちゃんやテオドアさまが、かすかに笑う気配がした。


 今日は僕たちも正装をしているけれど、おじいちゃんはまさに当主らしい、(いかめ)しい装いだった。

 光沢のある艶やかな黒葡萄色のマントを羽織り、腰には宝石で装飾された剣を()いている。


 そのおじいちゃんの正面には、ドニたち騎士団が整然と整列していた。

 久しぶりに見るドニたちは、なんだか以前よりも精悍(せいかん)な顔つきになったような気がする。



「──ヴァレーのものたちよ、ついに、待ちに待ったこの日がやってきた」



 おじいちゃんが右手を挙げ、静かな声で語り出す。

 去年のように歓声は上がらない。みな、緊張した面持ちでおじいちゃんの言葉を待っていた。



「我がヴァレー家は、これまでの功績が認められ男爵となった。しかし、貴族となろうとも、ヴァレーの民として白の山脈の神々に感謝を捧げ、この地とワインを愛することに変わりはあらぬ!」



 ぴりりと静まり返った空気に、おじいちゃんの声が朗々(ろうろう)と響く。僕はごくりと唾を飲んだ。



(いく)久しくこの地の繁栄と、民の平和を守ることを誓い、ヴァレー家当主マルタンがここに『白の盾騎士団』創設を宣言する!……団長ドニよ、前へ」

「はっ」



 ドニが前に進み出て、右手を胸に当てて立った。

 おじいちゃんは、紋章官さまから受け取った剣帯をドニにつける。次に黄金の拍車(はくしゃ)を手渡すと、ドニは(うやうや)しく受け取って(かかと)につけた。そして、ゆっくりと左膝を立てて(ひざまず)く。



(おお〜! ドニ、かっこいい……!)



 いよいよ叙勲だ。この世界の男子なら一度は憧れる光景に、僕も知らず知らずのうちに手に汗握った。

 おじいちゃんが腰の剣を抜き、大きく空に(かか)げる。


 静かに振り下ろしたその剣の(やいば)を、くるっと横に向けた。軽くドニの左肩、右肩と順に叩き、威厳に満ちた声で告げる。



「ドニ、(なんじ)を騎士とする」

「はっ。ありがたき幸せ。この地と民を守る盾となることを、この剣と神々に誓います」



 いつもの口調はどこへやら、かしこまったドニがそう宣誓した瞬間、町中から大歓声が上がった!


 (おごそ)かな雰囲気なんてどこかに行ってしまって、やんややんやの拍手喝采(かっさい)だ。

「うをおおおおお! ドニー!」とか「抱いてくれー!」なんて(はや)し立てる野太い声も、どこからか聞こえてくる。

 ドニが驚いたように目を見張ったあと、照れたようにニッと笑って拳を突き上げると、歓声はさらに大きくなった。


 もうそこからは、賑やかなお祭り調子だ。


 騎士を一人一人叙勲するたびに、歓声と野次が上がる。それが三十一名、すべての叙勲が終わるまで続いた。だいぶお酒が入っているかのような、大変な盛り上がりだった。



(はは。陽気なヴァレーの人たちらしい)



 おじいちゃんも最後の方は終始苦笑していたけれど、最後にまた右手を挙げる。

 人々が(しず)まった頃合いを見て、また話し始めた。



「今年は、あいにく収穫期に天候に恵まれなかった。しかし! こうして、例年に勝るとも劣らないワインが誕生した! これも、みなのお陰だ!」



 また上がった歓声の中、おじいちゃんはヌーヌおばさんとレオンさんを舞台へと手招きする。握手を交わし、肩や背中を叩いて健闘を(たた)えた。



「さあ、これで叙勲式は終わりだ。みなも、もう待ちかねたであろう。では……この凝縮された美しい自然の恵みと、そして、白の山脈の神々の加護に感謝を!」


「「「「「感謝を!!」」」」」


「『ヴァレー新酒祭り』を、これより始める!!」



 おじいちゃんの宣誓に、ヴァレーの大地が揺れたかのようだった。



(今年も、新酒祭りが始まった……!)



 二度目ともなれば多少の耐性はつく。僕はリュカの両耳を手で塞ぎながら、その熱狂をわくわくとした気持ちで眺めていた。

■ 参考図書

ヴィジュアル版 中世の騎士 武器と甲冑・騎士道・戦闘技術

著:フィリス・ジェスティス 他


上記を参考にさせて頂きつつ、創作しています。資料の騎士や儀礼儀式等とはあえて変えている部分も多分にありますので、フィクションとしてお読みいただければ幸いです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「この地とワインを愛することに変わりはあらん!」だと「変わるだろう」じゃないか、と思います。「変わりはなからん」かな、と。
[気になる点] 跡目争いもあるし保安目的に鑑定しまくるとか謎の神器を持ってきてるのかとか…
[一言] ヴァレーに来てから、二回目の新酒祭りですね。 今回はどんな出来事が起こるのか。 次の更新を楽しみにしています。
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