85. 葡萄やワイン以外の特産品
晩餐会の次の日。二階の事務室で、白トリュフの価格や販売方法などが話された。
事務員の中には白トリュフを知らないものもいたけれど、知っているものは「ヴァレーであの白トリュフがとれるとは」と、興奮している。
それほど、白トリュフは知る人ぞ知る、幻の食材なのだ。
おじいちゃんが、小さくて形が悪かったり、割れている白トリュフを3つ、事務員たちに見せる。晩餐会で使わなかったものらしい。
綺麗な白布に包まれて、木箱に収められた白トリュフは、状態は悪くとも宝石のようだった。
「いま、テイムスキル持ちに調査をさせておる。どうやら、小動物たちは匂いを頼りに白トリュフを探し出せるようだ。わかっているだけでも、相当量が白の山脈の麓に埋まっているらしい」
「まさか、テイムで見つけられるとは、思いもしませんでしたね……」
レミーが手袋をつけて、白トリュフを手に取る。鼻に近づけて、香りを確かめていた。
事務員たちも順々に手に取り、矯めつ眇めつ眺める。
「香りが素晴らしいです。何よりその希少性から、この大きさでも高値で売れます」
「ああ。しかも、茸の特性から、とりすぎないよう調整すれば、毎年とれる可能性が高い」
「おじいちゃん。それって、もしかして、葡萄やワイン以外の特産品になるってことだよね……?」
「そういうことだ」
おじいちゃんが、満足そうに頷いている。
僕は、ヴァレーに来る道中で、ドニが教えてくれたことを思い出す。
おじいちゃんは、万が一葡萄が駄目になった時のことを考えて、もう一つ何か特産になるものが欲しいと、ずっと言っていると。
それが、ようやく叶ったのだ。
「だが、まだ安心するのは早い。なにせ白トリュフは扱いが難しいと聞く。香気が抜けやすいのだ」
「なるほど……。うーん。おじいちゃん、念の為、僕が鑑定してみても良い?」
「おお。そうだな。頼む」
鑑定をしてみたら、もしかしたら何かわかるかもしれない。
そんな期待を抱きつつ、手袋を嵌め、割れているトリュフを手にとる。
「鑑定」
名前:白トリュフ
状態:可(虫食い)
説明:食用可。ヴァレー産の天然物。地下生菌。加熱には適さない。香気が抜けやすい。生の保存期間は七日。香りに、わずかな幸福成分と催淫成分が含まれる。
僕が鑑定結果を読み上げると、おじいちゃんたちは揃って難しい顔をして、腕を組んだ。
(うーん。虫食いじゃ売り物にはできないし、やっぱり生のまま保存するのは難しいんだな。加熱は特にだめ。それと……この幸福成分と催淫成分って、なんだろう?)
「優良品は収納で必ず保管をすれば、問題なかろう」
「ええ。そうですね」
「質の良いトリュフは、今のうちに一定数確保しておく。来春、王都に行けば、授爵した我が家はパーティを主催せねばならない。ワインはもとより、新芽茶や白トリュフは、新しいもの好きの貴族が飛びつくぞ」
おじいちゃんが、少し人の悪い顔で笑い、口髭を撫で付ける。その様子に、レミーが少し肩をすくめた。
「パーティーの目玉や箔付、そして商売のこの上ない宣伝にもなりますが……。ワインや新芽茶はともかく、白トリュフはいくら公的な鑑定書があろうとも、希少だからこそ、その真偽が疑われる恐れがあります」
「それは、このヴァレーで存分に味わった、紋章官殿が証人になってくれるだろう。王の官吏の言葉を、誰もそうやすやすと嘘だとは断じれまい」
(おじいちゃん、そこまで考えてんだ)
あの豪華な晩餐に、そこまでの意味があったなんて思ってもいなかった。
そんなおじいちゃんを「すごい」と尊敬する気持ちと、その跡を継ぐことの重さを僕はひしひしと感じる。
(父さんも、きっとこんな気持ちだったんだろうな……)
それこそ子どもの頃から、跡継ぎとして、おじいちゃんの背中を見て育った父さん。
父さんが見ていたその背中は、ずっと大きかっただろう。逃げ出したくなるほどに。
(父さん。父さんが逃げた気持ちが、いまなら少しわかるよ)
でも、僕は逃げ出せない。逃げ出しちゃ、いけない。どんなに失敗しても、落ち込んでも。もうここには、守りたいものも、大切にしたいものも、たくさんできてしまった。
だから僕は僕として、今できることをするだけだ。
「……この虫食いの白トリュフも、もしかしたら売り物になるかも」
僕がそういうと、部屋にいる全ての視線が集まる。
「ほう。ルイ、それはどういうことだ」
「ちょっと実験に必要なものを取ってくる。すぐ戻るから!」
そう言って、急いで厨房から品物を取ってくる。
必要なものは、残り物のパンを一本・スライサー・乳鉢・岩塩・オイルの5つだけだ。
すぐに事務室に戻ると、僕は説明を続けた。
「ハーブや花、柑橘の皮って、乾燥させると香りが強くなるでしょう? それと一緒で、白トリュフも乾燥させて加工ができないかと思って……」
何が始まるのかと好奇心の目が向く中、まずは虫がまだいないかを念入りに確認して、白トリュフを少しスライスした。
次に、スライスした白トリュフを生活魔法の乾燥で乾燥させたら、乳鉢で粗く砕いて、半分ほどを岩塩と混ぜる。いわゆる、白トリュフ塩だ。前世では、黒トリュフ塩のごく小さい瓶詰めが、良いお値段で売られていたはずだ。
ぱりぱりと砕いている最中から、生よりも強い香りが立ち昇って、僕は少しくらくらしてしまう。
(良い匂いも、ここまで強いと鼻がつらい……)
口で浅く息をしながら、薄く切ったパンに白トリュフ塩をぱらぱらとかけて、みんなに勧める。
一人一つ食べると、あとは自分で勝手にパンを切って、白トリュフ塩をかけてもくもくと食べ始めた。
「これは美味いな……。使われている白トリュフはごく少量なのに、香りが強い。なんの変哲もないパンが、これだけでご馳走になる」
「塩と混ざってますから、これだけで調理ができるのも手軽で良いですね」
「そうなんだ。パスタ、じゃがいも、卵、リゾット……。なんでも合うと思うよ」
そう言いつつ、取り分けておいた残りの乾燥白トリュフとオイルを混ぜて、こちらもパンに塗って渡す。こちらは白トリュフオイルだ。
「即席だから、オイルの癖の方が強いと思うけれど。ちゃんと時間をかけて漬ければ、オイルに香りが移るはず。そうしたら、料理の味を邪魔せずに、少量でも香りづけに使えると思うんだ」
「ほう……。味がない分、こちらは純粋に白トリュフの香りを楽しめるな」
「オイル漬けなら、保存も効きそうです」
塩、オイルを交互に試食していたら、七人でパン一本なんてあっという間に食べられてしまった。
「優良品はそのまま売って、それ以外のものはこうやって加工して売れば良いかと思ったんだけど、どうかな……」
ごくりと僕は生唾を飲む。みんなの反応は上々だと思ったけれど、商品として売れるかどうかはわからない。
恐る恐る返答を待っていると、おじいちゃんとレミーが目を合わせて頷く。その瞬間、僕の心が快哉を叫んだのがわかった。
(やった……!)
「貴族相手の品だ。売り物にするには、改良してより洗練させる必要があるが……。良くやった、ルイ。生と加工品。これだけの選択肢があれば、白トリュフは十分、第二の特産として成り立つ」
そうおじいちゃんは笑って、僕の背中を優しく叩いてくれた。
4月7日19時20分:推敲済み。文章修正しています。




