84. 歓迎の晩餐(後)
「ほっほっほっ。とんでもない馳走じゃ。このワインと良く合うのう」
「ありえない……。美味すぎる」
テオドアさまは、ワインと料理を交互に楽しんでいた。紋章官さまは絶句して、絞り出すように唸っている。
「この薫りの高さ。間違いなく、新鮮な白トリュフだ。断面がうっすらと赤いのが、本物の証。……なんて素晴らしい」
(ええー! 紋章官さまの知的なお顔が、うっとりとしちゃってる……)
なんとなく、見てはいけないものを見てしまった気がして、僕は慌てて目線をお皿に固定した。
そのまま、残りを平らげる。一皿目は量も少ないので、すぐに食べ終わってしまった。
空いた皿が下げられ、次の料理がサーブされる。先ほどとは打って変わって、黒い夜空に輝く小さな三日月のような、ふわふわオムレツだ。ソースや付け合わせはなく、寂しい印象すらある。
そこに、また白トリュフが削り掛けられた。一品目より、さらにたっぷりとだ。
(ひえぇ〜〜〜)
その躊躇のなさに、僕は戦々恐々とする。一人一つ、白トリュフが目の前に置かれているけれど、すでに三分の一は欠けていた。
紋章官さまは皿に鼻を近づけ、恍惚としている。軽い十五禁だ。
僕は左前を見ないように、正面のおじいちゃんの様子を伺う。おじいちゃんは、スプーンでそっと掬って食べていた。それを見て、僕もスプーンを手にとり、大きなかけらをのせた一口を食べる。
(うわっ。溶けた……)
メレンゲをたっぷり泡立てて作られたオムレツは、口の中でしゅわっと溶けた。まっすぐな塩味に、チーズのコクと、白トリュフ。
料理自体はとてもあっさりとした味わいだけど、これは香りを食べる料理だった。
一口もう一口と、気づけばお皿はもう空。寂しいなんて、とんでもなかった。これは夜空に君臨する、女王のごとき料理だ。
「この料理を知ってしまうと、もう教会の質素で冷たい食事には、戻れそうにないのう」
「私はすでに、王都にすら帰りたくありませんよ……」
「あら、あら。そこまで喜んでいただけて、大変うれしいですわ」
おばあちゃんが上品に笑いながら、さりげなく話題を振っている。
それぞれの国の最近の流行り、ヴァレーに来る道すがらの話。ここ最近のヴァレーのワインの出来については、新酒祭りが近いこともあって、紋章官さまもテオドアさまも食いついていた。
話が一瞬途切れた頃合いで、別のグラスに赤ワインが注がれる。紫にもみえる綺麗な赤だ。
「お次は、四年物のソワレ・エレガント。ジューシーな果実感と、繊細かつ優雅さを兼ね備えた香りが特徴でございます。少し冷やしてありますので、温かなスープとの温度の変化もどうぞお楽しみください」
そうしてサーブされたのは、小さな深皿に入った白いスープだ。オイルが渦を巻き、中心にはパセリのような深緑の葉っぱが掛かっている。
「むふっ。スープは、まずはそのままでお召し上がりくださいっ。残り半分ごろに、白トリュフをかけるのがおすすめですっ。むふん」
厨房と行ったり来たりのグルマンドが、また姿を表してそう言うので、素直にひと匙を掬って口に運ぶ。
その途端、僕は驚いて目を見開いた。
(ああ〜! そうきたか!)
この、上に掛かっていた深緑の葉っぱは、古樹の新芽茶を砕いたものだ。
白ワインのような芳醇な香りに、お茶と白インゲンの甘みや旨みが渾然一体となって、別格のスープになっている。
大人たちは、スープのすぐ後に赤ワインを飲み、またスープを飲み、と手が忙しい。
「温冷温冷と温度の変化によって、舌に感じる味わいの違い……。そして、この赤ワインの滑らかで落ち着いた渋みが、スープにさらなる深みを生み出している……」
「ほう。紋章官殿は、美食家でいらっしゃる」
「そんなことはありません。しかし、紋章官として各地を査察してきましたが、これほどの美食は初めてです……。このスープの上に掛かっているもの。これは何でしょうか」
おじいちゃんは紋章官さまの言葉に気を良くしたのか、微かに笑った。
「そちらは、葡萄の新芽を茶葉にしたもの。来春から売り出す予定の茶葉を、先駆けてお出しさせていただいた。気に入ったのであれば、多少融通を致そう」
「! ぜひ」
スープを綺麗に完食すると、次はポルチーニ茸のクリームパスタ。麺が見えなくなるくらい、たっぷりの白トリュフが削り掛けられる。
『真剣に食べる』と言うのはおかしいかもしれないけれど、一口一口を記憶するかのように、みんな無言で味わって食べていた。
(一生分の贅沢をした気分だ……)
幸せのため息しかでない。まだまだお腹に空きはあるけれど、胸がいっぱいだった。
しばらく陶酔していると、最後の料理が運ばれてきた。
「メインは、鴨肉のローストと肝のソテーでございますっ。た〜っぷり脂肪を蓄えた、たいっへん、美味しい旬の素材でございますっ。むふふっ」
お皿には、いかにも柔らかそうな赤み肉の上に、艶々に照った肝がのっている。僕はその肝の厚さと大きさに、目眩がしそうだった。
「この肉料理には、七年物のビジュー・ルージュ、樹齢八十年の古樹から作り出された赤ワインをご用意しました。凝縮された濃い果実味を感じられる、力強いワインでございます」
ティエリーがワゴンに乗せた、蓋付きの硝子瓶を手で示す。その中で、深く少し暗い赤色のワインが静かに輝いていた。
(おじいちゃん、随分と奮発したんじゃ……)
古樹ワインなんて、僕もヴァレー家に来て初めて目にした。本当にあったのか、と思ってしまったくらいだ。
テオドアさまは、さすがに年の功で悠々とグラスを手に取っている。けれど、紋章官さまはぶるぶると震える右手でグラスを握って、左手で抑え込んでいた。
一人だけワインが飲めない僕は、そんな大人たちを尻目に、温かいうちにナイフとフォークで肉料理を頬ばる。もちろん、白トリュフはたっぷり掛けてもらった。もう、ほんの少ししか残っていない。
ローストは肉汁がじゅわっと溢れ出して、歯でやすやすと噛みちぎれた。肝はキャラメリゼのパキッとした食感がして、後からねっとりとした肝臓の甘さが押し寄せてくる。
(あっまい……! うぅ、美味しすぎて泣きそう……)
大きな一口で食べるのがもったいなくて、ちびちびと切り分ける。最後は残ったソースをパンで拭って、お皿をぴかぴかにしてしまうほど、美味しかった。
「はあ……。あの手この手を使って、ヴァレーへの査察を勝ち取った甲斐がありました……」
「いやはや。寿命が十年は伸びたのう。大変、美味じゃった。こんな歓迎をしてもらえるとは、ヴァレーに来てよかったわい」
紋章官さまもテオドアさまも、頬を少し赤くして、上機嫌だ。喜んでもらえて本当によかった。
晩餐の締めくくりとなる最後のデザートは、旬の栗をペーストと甘露煮にして、メレンゲをのせた秋らしいものだった。
そのデザートにも、従僕が指をすりおろさないように気をつけながら、白トリュフの最後のかけらを掛けてくれる。
(ん〜。優しい栗の甘さがちょうど良い)
香りの良い紅茶と一緒に、デザートの最後の一口を楽しんで、僕はナプキンで口を拭った。もうお腹も心も、大満足だった。
■ 一言
・子どもの拳サイズの最高級白トリュフが、一人一つで計五つ。さらに、フォアグラや高級ワイン。この世界の相場や需要と供給などを考えると、この晩餐だけで最低でも一千万は超える価値があるかと……。恐ろしいです。
・累計300万PV達成の活動報告を書きました。よろしければ、作者プロフィールに飛んでお読みいただけると嬉しいです。




