76. 成長の絵姿
※昨日は18時から21時に公開時間を変更して、アップしています。
まだの方は、前話からお読みください。
(『お手がみ、ありがとう。かあさん。ぼくもリュカも、かあさんからのお手がみを、すごくたのしみにまっています』と……)
母さんへの返事の書き出しを延々と悩んで、結局、僕は素直な気持ちを書いた。
前世では、手紙なんてほとんど書いたことがなかった。唯一、子どもの頃に、年賀状を書いたきりだ。
大人になってからは、すべてメッセンジャーアプリやメールといった便利なもので完結して、紙とペンを使って、手で文字を書く機会はどんどん減っていった。
今世でも、すぐに人と連絡が取れるといいのにな、と思うことはある。
けれど、手紙が届いた時のわくわくした嬉しさや、どんなことが書いてあるんだろうと開く紙の手触りと、インクの色合い。何より、手書きの跡に思いをめぐらせる時間も楽しいことを。どれも、僕は今世で初めて知った。
だから、僕もインクが紙に引っかかって滲まないように、ゆっくり丁寧に、気持ちを込めて書く。
そうしてしばらく集中して途中まで書くと、詰めていた息をはあと吐いて、ペンを置いた右手をぶらぶらと揺らした。
(……手紙だけじゃなくて、ほかにも何か送りたいな)
母さんのいる聖リリー女子修道院は、厳しいところだと聞いている。嗜好品の類を受け付けてくれるかは、わからない。
葡萄の涙や新芽茶を送るのはどうかなとも思ったけれど、きちんと届けてもらえるかは運だ。最悪、劣化したり、盗まれてしまう可能性がある。
(そういえば。母さん、僕とリュカがどんな風に成長したのか、気にしてた)
ならば、手紙の隅にリュカの手形と足形をつけようか。
それに、写真も動画もない世界だけれど、絵ならある。僕に絵心はないけれど、商人ギルドなら絵師を紹介してもらえるはずだ。
(それこそ、小さなハガキサイズの絵なら、送っても問題ないはず……!)
そう思いつくと居ても立っても居られなくて、通りすがったティエリーに声をかけて、僕は商人ギルドへと駆け込んだ。
♢
次の休みの日。
商人ギルドで紹介してもらった絵師が、さっそく家にやってきた。絵は客間で書いてもらうので、下男に案内してもらう。
今日の僕とリュカとメロディアは、普段よりかしこまった格好をしていた。
僕は白シャツに葡萄色のジャケット。リュカはメロディアとお揃いの青いリボンで髪を結んで、白シャツを着ている。慣れない格好に、少しだけ首元がむずむずした。
きっと紙の大きさの問題で、胸から上しか描かれないと思うし、白黒になってしまうけれど。
それでも、多少は立派に成長した僕たちを、描いて欲しかった。
絵師がイーゼルにキャンバスを立てかけ、頷いて合図をしてくる。
「さあ、リュカ、お絵描きしてもらおうね」
「う? えー?」
「そうだよ」
僕はリュカを膝に乗せて、ソファーに座る。構図的には、これでちょうど同じ位置に顔がくるはずだ。
僕はじっと動かずに絵師を見ていられるけど、すぐに四歳児のリュカとメロディアは飽きてしまって、きょろきょろもぞもぞし始めた。
話しかけたり、人形で気を逸らしたりしたけれど、ついにリュカが「やー、ありゅくの!」と僕の腕から海老反りで抜け出そうとしたところで、絵師が描き終わった。
(え、早い……!)
時間にして10分ほどだろうか。あまりにも早すぎるので、心配になって見せてもらうと、木炭で下書きが描かれていた。
一発書きだけど、柔らかい線で生き生きと僕たちの特徴を捉えている。
僕の目から見ても、「僕たちだ」とすぐわかった。
「わー、すごい……!」
「これで下書きができたので、あとは持ち帰って清書します。今回は彩色なしとの依頼なので、インク書きになります」
「はい。出来上がり、楽しみにしてます!」
僕が問題ないと太鼓判を押すと、絵師はさっと道具を片付け、長居することなく帰っていった。
そして、待つこと数日。家に清書した絵が届けられた。
その絵をみて、僕たちもだが、おじいちゃんやおばあちゃん、家人たちも驚いてしまった。
「まあ、素晴らしいわ」
「これは……こんな絵師が、ヴァレーにもいたのだな」
「ね! すごいよね。インクだけなのに、僕とリュカだって、一目でわかるよ」
本当に、想像以上の出来栄えだった。
リュカのまあるいほっぺに、背が伸びて少年から青年になりつつある僕の顔つき。
リュカの肩に乗るメロディアのふわふわな毛や、窓から差し込む光の柔らかさ。
緻密なタッチの線で、ものの形・重さ・質感・陰影が絶妙に描き込まれていた。
まるで、僕たちがこの絵に息づいているようだ。
(本当にすごい! あの下書きから、こんな風になるなんて……! お願いしてよかった。これなら、母さんもきっと喜んでくれる)
胸に抱いた絵と、隅にリュカの手形と足形を押した手紙を、大事に包む。
紐をかけたら、表に宛名を書き、溶かした蝋を垂らして封をした。
今回は、ローメン国方面に商売にいくヴァレーの商人に、この小包を託す手配になっている。
相場より高くついてしまったが、そんな些細なことはまったく惜しくない気持ちだった。
──笑ってくれるといいな
包装紙のしわを伸ばし、紐のリボンを整えながら、そっと願う。
言葉と、言葉では伝えきれないことが、きっと届くと信じて。




