64. 素材のおいしさ
元日本人の性だろうか?
葡萄の新芽を摘み取った時に感じた、罪悪感と、捨てるのはもったいないと言う気持ち。
忙しさについ流してしまった、あのささくれ立ったような気持ちを、僕はやっと思い出していた。
葡萄の新芽は、一度にすべてを摘み取るわけではなく、樹の勢いを見極めながら、何回かに分けて行う。
そうして、摘み取った芽は、小作人たちが肩に斜めにかけている籠に入れられ、専用の小屋に集められるのだ。
なんでも、そのまま畑に捨ててしまうと、病害虫の発生源になる可能性があるかららしい。
集めた芽は、これまでは燃やされてしまったり、家畜の糞などと混ぜて堆肥にするくらいしか使い道がなかった。
だから、僕はいま、作業小屋に集められた大量の新芽を前に、ヌーヌおばさんに直談判していた。
「ヌーヌおばさん、これ、どうせ捨てちゃうなら、もらっていい?」
「いいけど……また変なものを欲しがるねっ」
案の定、ヌーヌおばさんは怪訝そうな顔だ。
ヌーヌおばさんにとっては、もう新芽はごみなのだ。そのごみを欲しいと言われたのだから、理解できないのは無理もなかった。
けれど、僕にとっては、美味しそうな宝の山に見えた。
なぜなら……。
(鑑定)
名前:葡萄の新芽
状態:良
説明:食用可。葡萄の若く柔らかい芽。生食には適さない。体に良い成分を豊富に含んでいる。
そう、葡萄の新芽は食べられると出たのだ!しかも、体に良いともある。
恐る恐る古樹の新芽も鑑定してみたけれど、結果に違いはないようだった。
ヌーヌおばさんに不審そうな目でみられながらも、僕はその鑑定結果に舞い上がり、ほくほくした気持ちで、収納に新芽をしまったのだった。
♢
「ルイ様の鑑定を信じていないわけではありませんが、本当にこれが食べられると?」
「うん。そうなんだ」
僕はさっそく、持ち帰った芽について、レミーに相談をしていた。
また、葡萄の涙のような結果になってしまうのは困るけれど、だからと言って怖がって隠すようなことはしないと、僕は決めたのだ。
それに、一人では無理でも、おじいちゃんやレミーといった心強い味方がいれば、きっと最善策が見つかるはず。そう信用していた。
そうして、僕から相談を受けたレミーは、芽を1つ摘み上げ、しげしげと眺めている。
いまいち信じきれないみたいで、草が食べられるなんて、と顔に書いてあるかのようだった。
「味までは鑑定してもわからないから、まずは食べてみよう」
「……そうですね」
そうと決まれば、厨房で料理だ。
葡萄の芽は、葉が青々として綺麗なものを選び、よく洗う。念の為、洗浄もかけた。
それを、塩を入れたお湯でさっとゆがく。
すぐに葉が濃い緑になるので、取り出して、冷たい水で締めたら、シンプルなおひたしだ。
厨房についてきたレミーにも皿に盛って渡したが、食べようとしない。僕の方をじっと見てる。
……その目は雄弁で、何が言いたいのかよく分かった。
(毒味をしろってことだよね)
仕方がないので、僕が先陣を切り、芽を1つフォークに刺して食べてみた。
「もぐもぐ」
「……いかがですか?」
なんと言ったらいいのだろうか。まずくはない。けれど、美味しいかと言われると、それも違う。
歯応えは柔らかく、シャキシャキ感はない。むしろ、先端の穂の部分が少しもちもちしていた。
味も苦味はないのだが、ほんのりした甘さを感じたあとに、酸味がやってくる。
僕が首を捻っていると、ようやくレミーも覚悟を決めたのか、顰めっ面で1つ食べてみた。
「……これは確かに、なんとも微妙ですね」
「だよね」
(醤油とか出汁とかがあれば、もっと美味しいのかもしれないけれど……)
むしろ、タラの芽と一緒だと考えれば、オイルの方が合うかもしれない。
そう考えて、揚げてみることにした。
木製の粉ふるいで、小麦粉をふるう。
鶏の卵をしっかり溶き、冷たい井戸水を入れたら、ふるった小麦粉に注ぎ入れて混ぜる。
正確な分量なんてわからないので、目分量だ。
(確か、混ぜ過ぎずに、ダマが少し残っているくらいがよかったはず……)
鍋にオイルを薄く張り、温まった頃に衣だけ、ぽとぽととスプーンで落として試してみる。
いい感じに揚がっているので、大丈夫だと思いたい。
不安ではあるけれど、葡萄の芽に打ち粉をし、衣をつけて、オイルにそっと泳がせた。
途端に、じゅー、ぱちぱちっと良い音が上がる。油の良い香りが、ぷんっと立ち昇って、お腹が空くようだった。
ふと見ると、レミーも興味深そうに鍋をのぞいていた。
(おいしそう……)
裏返して両面をよく揚げたら、取り出して、塩をぱらぱらと振る。
便利な油切りバットなんてものはないので、少しお行儀は悪いが、揚げたてを立ったまま頬張った。
サクッ!なんとも小気味のいい音がした。
「あつっ!はふはふ……。んー! やっぱりオイルで揚げた方が美味しい!」
とにかく、衣のサクサクとした食感が良い。芽の柔らかさや酸味は変わらないけれど、揚げたおかげで鼻を抜ける風味が良くなっていた。
それに、甘みも増している。多めに塩を振ると、味が締まって、引き立つようだった。
逡巡していたレミーも、一つ食べてみると止まらなくなったのか、二つ三つと食が進んでいる。
「これは良いですね。白ワインに合いそうです」
そうして、熱々の天ぷらが冷めないうちに、僕とレミーの二人で、競うように食べ切ってしまった。胃もたれも、胸焼けも感じない。若いって素晴らしい!
ほう、とオイル臭いため息をつく。久しぶりに食べた揚げ物の満足感に、僕はお腹をさすりつつ、口直しに水を飲んだ。
レミーも、艶々とテカっていた唇をハンカチで拭っている。そうして、何事もなかったかのようにハンカチを胸に挟み直すと、僕に鋭く切り出したのだ。
「……それで、葡萄の芽を使って、どうされたいのですか。まさか、実は食べられました、だけではないのでしょう?」
活動報告「祝・総合評価3万ptのお礼&書籍化進行中について」を公開しました。




