57. 祖父への報告
僕たちが家に戻ると、おじいちゃんもすでに外出から帰っていたので、書斎に集まって報告することになった。
茜が差していた部屋が、次第にうす暗くなっていく。
黒に近い革張りのソファーに座ると、身体が沈み込むようだった。
いつの間にか、執事のティエリーが3人分の紅茶を淹れてくれて、静かに退室する。
僕たちは、ありがたくその紅茶に手を伸ばした。
湯気を顔に受けながら、ふぅふぅと冷まして、ゆっくりと口をつける。
お腹も空いているけれど、それ以上に1日出ずっぱりだったので、僕はひどく喉が乾いていた。
熱さに少し涙目になりながらもカップを空にすると、知らず知らずのうちに、はぁとため息が漏れる。
おじいちゃんとレミーも、一息ついてから話し始めた。
「──ということで、ひとまず明日から採取できるよう手配は致しました。私も、しばらくは農園に足を運んで、様子を見るつもりです」
「……二人とも、よくやってくれた。まだ安心はできないが、打てる手を打ってくれた。感謝するぞ」
「いえ。……ただ、旦那様に1つ謝罪が。できるだけ、秘密裏に進めたかったのですが、アヌークさんに理由を教えないなら協力しないと言われまして、鑑定書を見せてしまいました」
「ああ。農園責任者のアヌークにそう言われては、致し方あるまい。そう気にするな」
「ありがとうございます」
殊勝そうにレミーが頭を下げるのを見て、おじいちゃんは鷹揚に頷いた。
「それと、アヌークさんが、葡萄の涙を欲しいと」
「なんだ。押し切られたのか?珍しい」
「いえ、採取量に応じて検討する、とだけ伝えております」
「ふむ。どのみち、販売を始めれば、存在は知られてしまう。物が物だけに、ヴァレーのご婦人方も欲しがるだろう。下手に制限して、畑に盗みに入る者が出ても困る。ただではやれんが、割り引いて買えるようにしても良いかもしれんな」
「はい。ではそのように。そうですね。念の為、自警団にも見回りを増やしてもらいましょう」
僕は話が途切れるのを待って、ティエリーが残していったティーポットからまた紅茶を注ぐ。
自分の分だけではなく、もちろん、おじいちゃんとレミーにも。
「保管と販売についても急ぎご相談したく。まず、保管については、例の保管庫の利用を許可いただきたいのです。腐らせてしまっては元も子もありませんから」
「ああ。よかろう」
「……その、保管庫って何?」
邪魔をしてはいけないと思いつつ、気になった僕はつい質問してしまった。
レミーが、おじいちゃんにちらっと目配せをする。
「……我がヴァレー家が代々管理している、氷河洞窟のことだ。神々の加護で、中にいれたものは時を止めたかのように保管できる。……良いか、ルイ。このことは、決して口外してはならぬぞ」
「はい!」
(氷河洞窟……。神々の加護って、いったいどういうことだろう?)
僕はさらに疑問が浮かんだけど、それ以上、おじいちゃんは何も言わなかった。
きっと必要があれば、いつか話してくれる。そう自分を納得させて、言葉を飲み込んだ。
レミーが話を続ける。
「次は、販売についてです。ごく短い期間しか採取ができないうえ、今回は満足に準備ができておりません。きっと、それほどの量は見込めないかと。希少性が高くなりますので、まずは王侯貴族に販路を限定するのが良いかと考えております」
「ああ、そのほうが良いだろう」
「あの……そのことで、僕からも提案があります」
またしても口を開いた僕に、二人の目が一斉に向く。
その視線に少し怯みながらも、商人ギルドからの帰り道で、ずっと考えていたことを話した。
「黒葡萄や白葡萄の品種、それに樹齢によって、効能や品質に違いがないのか、詳しく鑑定をしてみたいです。もし等級をつけられるのであれば、高いものを王侯貴族に、低いものを地元にといった区別ができるかもしれません」
「ほう、一理あるな」
「確かに、ワインも葡萄によって味わいが違いますから、葡萄の涙が同じように異なっても不思議ではありません」
「よし、ルイ。好きにやってみなさい。……レミー、ルイを助けてやってくれ」
「わかりました」
「おじいちゃん、ありがとう!」
提案が受け入れられて、僕はほっと胸を撫で下ろした。
(僕の鑑定が、もっと役に立つかもしれない!)
たとえ偶然でも、葡萄の涙の価値を発見できたことが嬉しくて、誇らしくて、僕は笑顔を堪えるのに必死だった。
手が震えそうで、ぎゅっと拳を握る。
まさか、自分がとんでもないことを見つけてしまうなんて、この時は思いもせずに……。
■ 豆知識
葡萄の涙は、現実でも起こる現象です。
仏語:Pleurs/英語:Bleeding/日本語:樹液の溢出または溢泌と言うそうです。
また、ワイン用葡萄の樹液を原料とした化粧水・美容液も本当にあります。使ったことはないので、効果のほどはわかりませんが…。
以上をもとに、拙作ではファンタジー世界らしくアレンジしていますので、ご理解ください。




