52. そり遊びと、ドニの勇姿
思いも寄らなかった面々に、僕は目を瞬かせた。
「ドニたちは、なんでここにいるの?」
「監視のためでさあ。大人が付き添っているとは言え、山の天気は変わりやすいもんで。念のため、俺ら自警団も監視することになってるんですぜ」
「へえ〜。自警団ってそんなこともしてるんだね」
「へい。思わぬ大雪や雪崩が起こらないとも、限りやせんから」
「ああ、なるほど。確かに、それは自警団がいてくれると、助かるね」
僕とドニがそんなことを話している間に、ほかの自警団のメンバーはせっせと雪でかまくらを作っている。
辺りを見回すと、ここ数日で作ったのか、もうすでにいくつかできていた。
自警団は、ブノワ・チボーのほかに、初めて見るメンバーが3人いる。
みんな揃いの毛皮の上下に、同じく毛皮でできた帽子を被っていた。
帽子は耳まで保護できるように毛皮が垂れ下がっていて、顎で紐を結ぶ形だ。
それぞれ、腰に木刀と、ナイフを1〜2本ぶら下げている。
「あれは……?」
「ああ、休憩用の雪の小屋を作ってるんでさあ。ルイ坊ちゃんは初めて見ますかね?頑丈に作ればしばらくもちやすし、意外と中は温かいんですぜ」
「へ、へえ〜。初めてみたよ」
(この世界だと、かまくらは雪の小屋って言うのか…。確かに、「かまくら」なんてないもんなあ)
「にいに、はあ〜く〜!あしょぼ〜!」
「クククー!」
付き添いの大人にそりから下ろしてもらったリュカが、そわそわと裾を引っ張って僕を急かしてくる。
遊びたくて仕方がないようだ。
ドニに断り、リュカと手を繋いで、そり遊びの滑走路に向かう。
そりは共同のものが用意されていて、大人たちが2〜3つずつ手分けして運び込んでいた。
子どもたちが開始地点にぞろぞろと集まると、慣れたように付き添いの大人が注意事項を説明し始める。
「ちゃんと並んで順番を待つこと。先に滑った子が退いてから、滑ること。そりに座って、前を向いて滑ること。この3つは絶対に守るんだぞー。じゃないと怪我するからな。わかったかー?」
「「「はーい!(ククー!)」」」
子どもたちが元気にお返事をして、手をあげている。
リュカとメロディアもつられていて、ちょっぴり笑ってしまった。
小さい子はお先にどうぞと言われた結果、僕たちの順番は始めの方だった。
リュカは、先ほどのわくわくした様子とは一転して、僕の太ももにぎゅっとしがみつきながら、順々に滑っていく子たちを食い入るように見ていた。
(大丈夫かな〜。怖気付いちゃってるみたいだから、滑らなさそう…)
内心そんな心配をしていると、いよいよ僕たちの順番が来た。
僕は、ひっつき虫になっているリュカに聞いてみる。
「どうする、リュカ、滑る?やめておく?」
「……しゅべるぅ」
「ククーン」
滑ると言うので、そりの前方にリュカとメロディアを乗せる。
僕も、後ろからリュカたちを抱き抱えるように乗った。
リュカは小さなおててで紐をぎゅっと握って、僕にもたれかかってくる。
そりは、前世と似たような形だった。
木製で浅い船型になっていて、底に溝がついている。
手前には紐がついていて、バランスが取れるようになっていた。
「しっかり紐に掴まってるんだよ。メロディアを落とさないようにね」
「あい!」
「よ〜し。じゃあ、いくよ〜。はい!」
そりが斜面を滑り始めた。
ざざざっと舞い上がった粉雪が、風に乗って顔に降りかかる。冷たい!
そこまで速さは出ていないはずだけど、視点が低くなったからだろうか。
「おお〜〜!はやい!」
「きゃあ〜〜〜!」
「クククー!」
ぐんぐんと走っていくそりは、なぜか速く感じて、爽快だった。
それに、少し雪で盛り上がったところを滑った時の、ふわっと身体が一瞬持ち上がる感覚は、スリルがあった。
あっという間に駆け抜けて、そりは自然と速度が落ち、やがて止まった。
「はあ〜〜。楽しかったね〜。リュカはどうだった?楽しかった?」
「たのちかった!!しゃあ〜〜〜って、ちた!」
「クククー!」
「あははは。よかった。そしたら、もう1回滑る?」
「!しゅべる!もっかい!」
「よ〜し。じゃあ、もう1回だ」
僕はリュカと手を繋ぎながら、ゆっくりとまた開始地点に戻っていった。
何度か滑ると、飽きてきた子どもたちが、二手に分かれて雪合戦をし始めた。
リュカも一緒に遊びたそうにちらちらと見ていたので、僕は「行っておいで」と送り出す。
(大丈夫かな〜。一緒に遊べるかな)
リュカは普段、おばあちゃんや子守りが面倒を見てくれている。
ヴァレーに限らず、この世界では、子どもが小さなうちは家で育てるのが当たり前だった。
だから、リュカが同年代のお友達と遊ぶのは、セージビルの教会に通っていたとき以来だ。
僕はリュカが友達の輪に入っていけるか心配で、はらはらと様子を見ていたけれど、どうやら杞憂だったらしい。
リュカ思いのメロディアが、まずリュカと同い年くらいの男の子の気を引く。
声は聞こえないが、「かわいいね」とでも言われたのか、リュカがにっこりした。
そうして、おしゃべりをしながら二人して仲良く座り込んで雪玉を作ると、相手陣に向かって投げ出したのだ。
(……子どもって不思議だな)
それまで知らなかった子とも、気づけばあっという間に仲良くなって、一緒に遊んでいる。
そうやって遊ぶ中で、家族とは違った人との意思疎通の取り方や協調性といったことを学んでいくのだろう。
リュカが鼻水を垂らしながら、楽しそうに友達と遊んでいるのを見て、僕は考えた。
(やっぱり、普段から、リュカに友達と遊べる機会を作ってあげたいな……)
家で育つことが悪いこととは思わない。けれど、やっぱり友達と遊ぶ中でしか、学べないこともあると思うのだ。
どうしたらいいだろうか。
(……帰ったら、ちゃんと考えよう。リュカのために)
そうして、できれば、すべてのヴァレーの子どもたちのために。
ぼんやりと、僕はそんなことを考えていた。
僕が物思いに耽っているうちに、大人たちも雪合戦に参戦して、白熱した戦いを見せていた。
というか、完全に悪ノリしていた。
最初は、自警団VS子ども全員と付き添いの大人たちの連合だったのだが、自警団が強すぎた。
子どもたちの雪玉は、相手に当たるどころか、短い飛距離でぽしゅっと落ちてしまう。
付き添いの大人たちは、なかなかいい玉を投げるのだが、自警団のメンバーは最低限の動作でひょいひょいと避けてしまった。
「うーーー!ずるーい!」
「そうだそうだ!つよすぎるぞ!」
子どもたちから抗議が上がり、編成を見直すことになったのだが…。
「そうっすねー。団長がそもそも強すぎるっすから、団長は一人でいいっすよね」
「(こくこく)」
「俺一人対全員なんて、全く良くねえだろうがっ!」
なぜか、チボーの一声で、ドニ対全員になってしまった。
自警団のメンバーは、みんな賛成のようで、拳を突き上げている。
(……もしかして、チボーたち、この機会に、日頃の不平不満を発散しようとしてる?)
そんなちゃっかりした様子を笑って見ていたら、なぜか僕にまでとばっちりが来てしまった!
「んー。それだけでも、まだちょっとこっちが不利っすね。……ハンデをつけるっす!」
「だ〜か〜ら〜。俺は一言も良いなんて、言ってね〜!」
「ルイ坊ちゃん!」
「え、僕?」
「そうっす!団長は、大事な跡取りのルイ坊ちゃんに雪玉が当たらないように守りながら、自分も当たらないように気をつけるルールにするっす!そんくらいで、ちょうどいいっす!」
「えええ、僕を守りながらって、そんなルールありなの?」
「……はぁ」
もう怒る気力もないドニと、困惑する僕を置いてけぼりにして、雪合戦が始まってしまった。
自警団のメンバーや付き添いの大人たちの目つきは、「真剣」と書いて「マジ」と読むくらいの殺伐さだ。
何かドニに恨みでもあるのだろうか?
「〜〜〜かぁっ、しゃあねえ!ここで逃げたら男が廃るってもんですぜっ!ルイ坊ちゃんは、俺がこの身に代えてもお守りしやすんで、安心してくだせえっ!」
吹っ切れたドニが叫んで、木刀を抜く。
毛皮の上着に包まれて見えないはずなのに、広背筋がぬんっと盛り上がった気がした。
(えええええ〜。そんな遊びで、木刀抜いていいの〜!?)
僕が驚愕していると、自警団のメンバーたちが大きく振りかぶって、綺麗なフォームで雪玉を投げた。
情け容赦ない速さの雪玉が、いくつもこちらに向かってくる!
「ひゃあ〜〜」
僕がぎゅっと目を瞑ると、ぼすっぼすっと雪玉が崩れる音がした。
恐る恐る目を開けると、前にどっしりと立ったドニが、全て木刀で受けとめていたのだ!
気迫なのか、ただの汗なのかはわからないが、ドニの身体を覆うように、ゆらりと湯気が立っている。
ドニが木刀を上段で構え、上から下に、下から上に、自然な一振り一振りで雪玉を全て切り捨てていくのは、見応えがあった。
(おお〜!さすが自警団長!)
子どもたちもすっかり投げることを忘れて、「だんちょう、がんばれー!」と応援し始めてしまった。
その広い背中に守られながら、僕はこの大人気ない戦いの決着が着くのを、じっと待つばかりだった──




