51. 念願の雪遊び
雪は、たっぷりひと月は降り続いた。
(このまま、真っ白の世界に閉じ込められちゃいそうだ…)
いつ窓の外を見ても真っ白で、僕がそんな風に憂鬱に思い始めた頃。
やっと雲が途切れ、晴れ間が見えるようになってきた。
こうなってくると、基本は晴れて、3〜4日の頻度で雨か雪が降るくらいになると、執事のティエリーが言っていた。
久しぶりの天気に、さっそく庭に出てみることに。
もちろん暖かく着込んで、リュカとメロディアも一緒だ。
リュカにとっては、念願の雪遊びだ。
これまで、雪が降る中で遊ぶのは、身体が濡れて風邪を引くからと止めていた。
だから、僕が「雪で遊ぼう」と言うと、リュカは青い目をきらきらと輝かせた。
「きゃあ〜、ゆき!まっちろ〜!しゅご〜い!」
「クククー!」
庭に出たリュカは、途端に喜びを爆発させ、きゃあきゃあ言いながら雪を掻き分けて駆け回る。
かと思えば、しゃがみ込んで両手で雪を掬い、空に向かって放り投げた。
「ちゅべた〜〜〜い!」
リュカは自ら雪を被りに行って、楽しそうに頭を振って雪を落としている。
その肩に乗ったメロディアも、はしゃいだ声をあげ、「あたしも走るー!」とでも言うように、雪の上に降りて走ろうとした。
……のだが、そのままズボッと雪に小さな穴を空けて、埋もれてしまった。
「ククーン…」
穴から、悲しそうな声がする。
どうやら、さらさらの雪に、身動きが取れなくなってしまったらしい。
苦笑しつつ穴から拾いあげると、メロディアは僕の手のひらの上で、頭をぺこりとさせた。
賢いメロディアは、「ありがとう」の意思表示もできるようになっていた。
ちょいちょいと指でメロディアの頭を撫で、雪を払って上げる。
そのまま肩に乗せて、リュカの方に向かうと、何を思ったのか、リュカがいきなり背中から倒れ込んだ!
「リュカ!?」
僕がギョッとして近くに寄ると、リュカは手足をバタバタさせ、自ら雪に埋まっていた。
「ゆき、たのちい〜!ふわふわ!」
どうやら、雪に身体が埋もれる感覚が楽しいらしい。
リュカは、ほっぺと鼻を真っ赤にさせながら、きゃらきゃら笑っている。
寒さも、吐く息の白さもなんのそのだ。
まだ誰も手を付けていない新雪に、何度も倒れては埋まってを繰り返し、全身で雪を堪能している。
そうして、庭のあちこちに、小さな子どもの雪型が大量に作られていった。
そんな無邪気なリュカがとてもかわいくて、ほっこりしてしまった。
楽しそうな様子を見ているうちに、僕もやってみたくなってきてしまって、えいっと思いきって雪に寝転んでみる。
(おお〜。これは確かに、気持ちいい!)
背中で、もきゅもきゅとした雪の感触を楽しみながら、真っ白な世界から見上げる空は、目に染みるほど明るくて。
ここしばらくの憂鬱な気分なんて吹き飛ぶような、綺麗な青だった──
それから数日後のある晴れた日。
僕・リュカ・メロディアは、下男に付き添ってもらって、町の中心を通る大きな道の端に立っていた。
あの日、僕たちが雪遊びをするのを、家人たちは室内から見守っていたらしい。
(あんな、子どもみたいなはしゃぎっぷりを見られてたとは…)
ちょっぴり恥ずかしかったけれど、「そんなに雪遊びがお好きでしたら」と、この時期、町の子供たちが楽しみにしている『そり遊び』のことを教えてもらったのだ。
「リュカは、もっと雪で遊びたい?」
「!あしょびちゃいっ!!」
リュカに聞いてみると、食い気味に即答されたので、今日行ってみることにしたのだ。
その遊び場には、有志が馬でそりを引いて、連れて行ってくれるらしい。
町の中心の広場から出発するので、この大きな道で通りかかるのを待つ。
しばらく待っていると、ぱかっぱかっと足音を立てて、焦茶の馬がやってくるのが見えた。
葡萄畑の農作業で、見たことがある馬だった。
「おお〜!おうましゃん!おっきー!」
「クククー!」
リュカとメロディアが、手を叩いて喜んでいる。
ちなみに、今日のメロディアは雪と同化しないように、赤いスカーフを首に巻いている。
そんな1人と1匹の様子を尻目に、手をあげて合図すると、御者が手綱を引き、そりを止めてくれた。
馬はブルルルと鼻を鳴らして、白い息を吐いている。
そりには、すでに6人ほどの小さな子供たちが乗っていたけれど、詰めればまだ乗れそうだ。
僕はリュカを抱き上げて、そりに乗せてあげる。
(こんな小さな子たちばかりで大丈夫なのかな?)
そう思ったけれど、馬で見えなかっただけで、付き添いの大人や準成人を超えた子たちは、後ろから早歩きでついてきていた。
それを見て、僕もそりの後ろからついていくことにする。
御者が手綱を軽くパシッと弾いて、馬を走らせる。
並足から早足くらいの速度、人間で言う早歩きから軽いジョギングくらいの速度なので、そう早くはない。
けれど、子どもたちにとっては違うらしく、そこかしこから「おうまさん、はやーい」とか「すごーい」といった歓声が上がって、とても微笑ましかった。
馬はゆっくりと真っ白に染まった町の間を走り抜け、僕たちがヴァレーにきた際に通った小高い丘に向かっていく。
どうやら、目的地はあの丘らしい。
丘を上がっていくにつれて、速度も上がり、馬の足元やそりの底に白い雪がざっざっと舞い上がった。
顔を吹き抜ける冷たい風を感じながら、懐かしい景色を見渡す。
左右の山の急斜面には葡萄の段々畑が並んでいるはずだが、今は雪に埋もれていて、影も形もわからなかった。
代わりに、雪が太陽を白く反射して、目が痛い。
そうして、「いけー!」や「おうまさん、がんばれ〜」といったかわいい声援のおかげで、馬は無事に丘を登りきってゆっくりと止まった。
その登った先には──
「お、ルイ坊ちゃんたちも来たんですか!久しぶりですな!」
「ドニ!」
そこには、ドニたちを初めとした自警団のメンバーが、仁王立ちで待ち構えていた。
カクヨムさまでも、掲載を始めました。




