50. 雪かきは甘くない
冬のヴァレーの空模様は、気が塞ぐような、どんよりとした灰色だった。
しんしんと雪が降り続け、一日一日と日が経つごとに、雪の層が厚くなる。
時折、一晩でどかっと降ることもあり、朝夕2回、男性の使用人を中心に総出で雪かきをしていた。
僕も、身体が鈍らないように参加した…のだが、思わず途方に暮れて、空を見上げてしまった。
顔に当たる雪は冷たくて、「寒い」を通り越して感覚がない。
吐く息は白く、空気を吸い込むと鼻の奥がツンと痛くなった。
(あああ〜、きつい…!腕も腰も痛い…!!)
雪かきは、想像以上に重労働だった。当たり前だが、雪は水を含んでいて重い。
筋肉がついてきたので、多少の重さくらい余裕かと思ったけれど、そんなことは全くなく。
単調な作業に、腰や身体の節々が筋肉痛になり、身動きするとうめいてしまう程だった。
それでも、雪は待ってくれない。毎日毎日、降り積もる。
今も空から、ぱらぱらと容赦なく降っている。
(ソル王国は滅多に雪が降らなかったから、ヴァレーの雪を初めて見た時は感動したけれど…。今は、嫌いになりそう…)
どんなに恨み言を言っても止むはずはなく、疲れたからと数日休めば、作業量は数倍になってしまう。
だから、みんな黙って、毎日こつこつと雪かきをするのだ。
なるべく、腰に負担がかからないようにスコップでかき集め、手が届かない場所は収納に収納する。
凍ってしまった接面部分は、生活魔法の発火や発熱で溶かしたりと、スキルも活躍した。
(僕、ヴァレーに来てから、スキルを使うことが多くなったな)
自然豊かだということは、反面、時に人間に厳しい表情を見せることもあるということだ。
そんな自然と、スキル・魔法・生活の知恵を賢く使い、無理なく折り合いをつけて行くことも、僕がヴァレーに来てから学んだことの1つだった。
知恵と言えば、ヴァレーの建物は石と煉瓦で作られていて、とても頑丈だった。
それに、屋根が急斜面になっている。
そのおかげで、雪が勝手に滑り落ちるので、重さで家が潰れる心配をしなくても良かった。
さらに、どの家にも、地下に石室があった。
収納に生鮮食品を、石室に保存食を貯蔵しておくのだ。
僕も一度だけ、家の石室を見せてもらったけれど、食料がびっしりと並んでいてびっくりした。
麦などの穀物が入った袋。干し肉・干し野菜・干し果物などの乾物。ソーセージ、塩漬け肉、酢漬け。それに、たくさんのチーズやワイン。
ヴァレー家と使用人たちが、一冬十分に食べられる量が貯蔵されていた。
それに、飲み水を確保するためか、井戸まで掘られていた。
(裏庭に井戸があるし、水生成もある。最悪、雪を飲み水にもできそうなのに、なんで石室にまで井戸が?)
僕は、特に使われている気配のない井戸を見て、ふとそんな疑問を抱いた。
…のだが、石室を出てしまうと、そんな些末なことはすぐに忘れてしまった。
雪かきが終われば、あとは室内で過ごすばかりだ。
日中はだいたい談話室に家族が集まって、それぞれ好きなことをしたり、おしゃべりをしてゆっくり過ごす。
談話室の暖炉には火が入れられ、ぱちぱちと音を立てて薪が燃えていた。
その音や薪の匂い、ゆらゆらゆらめくオレンジ色の炎はとても風情があり、手をかざすと冷えた身体がじんわりと温かくなった。
おじいちゃんはワインとチーズを片手に、机で何やら手紙を認めている。
おばあちゃんは、暖炉近くの安楽椅子で、せっせと編み物をしていた。
今は、僕のために春用のセーターを編んでくれているらしい。
リュカとメロディアは、暖炉から少し離れたラグに寝転がって、一緒に遊んでいる。
寝転んだリュカの背中をメロディアが反復横跳びをしたり、お腹をふみふみしたり。
かと思えば、リュカがメロディアのふわふわの毛に顔を突っ込んで、ぐりぐりしていたり…。
「めろちゃん、ふわふわ〜。しゅき〜!」
「クククー!」
1人と1匹は、今日も仲が良かった。
僕はそんな様子を眺めつつ、ソファで本を読むことが最近のお気に入りだった。
ヴァレー家には高価な本や資料などが収集されていたけれど、中でも面白かったのが、代々の当主が書き残した日記だ。
当時のヴァレーで起こった出来事や、葡萄栽培やワイン醸造の試行錯誤。
時折、葡萄樹喰いやそのほかの害虫に苦しめられたこと。
そんな、苦労を乗り越えてきた人々の悲喜交々は、物語を読んでいるみたいだった。
(おじいちゃんでヴァレー家は8代目だっけ。当主の日記を遡っていけば、何か面白いことが書かれて、そう、だな…)
「ふわあ〜」
次第に、うとうとと眠くなってきた。瞼が重くて、あくびが止まらない。
朝から雪かきをして疲れていたうえ、部屋はぽかぽかと温かく、ひどく眠気を誘う。
手の力が抜け、膝で開いていた日記がぱたんと閉じたのがわかった。
(ちょっとだけ…ちょっとだけ、お昼寝、しよ、う…)
また明日も明後日も、雪かきをしないといけないのだ。
少しくらい寝て、体力を回復させても許されるだろう。
そう自分を納得させて瞼を閉じると、すうと眠りに落ちていく。
「…こうして眠っているところを見ると、まだまだ子どもだ」
「あらあら、毛布をかけてあげましょうね」
「にいに、ねんね〜?」
「クククー?」
家族のそんな言葉を聞いたのを最後に、僕の意識は夢に沈んでいった。
※ 2024/03/14 13:30 サブタイトル修正済み




