前編:家族への憧れ
※ 賛否両論あるかと思います。暗いお話でもあるので、飛ばしていただいても問題ありません。
私の一番の宝物。
この身以上に大切だと、そう思っていた。
でも、私は、どこで間違えてしまったのだろう──
◇
物心ついた頃には、私は石造りの寂れた孤児院にいた。
修道女に聞いたところによると、ある朝、おくるみに包まれた私が、門前に置かれていたそうだ。
私の名前がわかるようなものは、一切なかったらしい。
かわいそうに思った修道女によって、聖人の名前から、「サラ」と名付けられた。
「6歳の誕生月おめでとう、サラ」
「ありがとう。シスター・ソフィ」
孤児院への寄付金は少なく、日々の生活は質素なものだった。
それでも、修道女たちはやりくりして、その月に生まれた子どもたちに、ささやかなお祝いをしてくれた。
……私は正確な月齢がわからなくて、結局、拾われた月を誕生月にしていたけれど。
精一杯、育ててもらっていることは、幼心にわかっていた。
でも、時々、泣きたくて、無性に抱っこして欲しいと思うことがあった。
けれど、修道女には、甘えられなかった。
その腕には、いつも私と同じ境遇の赤ん坊がいたから。
だから、私は自分の膝をぎゅっと抱きしめて、自分に言い聞かせた。
(きっと、いつか、おとうさんとおかあさんが、むかえにきてくれる)
そう、根拠もなく信じていた。
◇
いつからかあった、自分の虚から目を背けたまま、私は大人になっていた。
孤児院出身の女の子が就ける職は、そう多くない。
中には身持ちを崩してしまう子もいる。
そんな状況を憂いた修道女たちは、早くから手仕事を教えてくれた。
幸い、私は針仕事があっていたのか、身につけることができた。
そうして、卒院すると、お針子として工房に雇ってもらえることになった。
(これで、自由になれる…!)
孤児院を出ることは、寂しかった。
けれど、それ以上に、灰色の場所から抜け出せる嬉しさが勝った。
でも、その嬉しさも一瞬だった。
「そんなことも知らないなんて……はぁ」
「すみません……」
年季の入ったお針子や、同僚からもため息を吐かれる。
孤児だから、普通は当たり前のことを教わらなかったのだろう、と囁かれた。
それは、いっそ怒鳴られる方が、楽に思える日々だった。
そんな時に、私とマルクは出会ったのだ。
きっかけはよくある話だ。
マルクの勤める商会に、下っ端の私が遣いに行くことが多かった。
そうして何度か顔を合わせるうちに、「食事に行きませんか」と誘われたのだ。
驚いた。でも、とても嬉しかった。
初めて、私を必要としてもらえた。
初めて、私は誰かに好かれている。
世界が明るく見えた瞬間だった。
◇
私とマルクの交際は順調で、とんとん拍子に結婚することになった。
優しいマルクは、私の知らないことを1つ1つそっと教えてくれるような人だった。
その大きな体にすっぽりと抱きしめられると、とても安心できた。
かと思えば、私の作った料理を「うまい!うまい!」と喜んで食べてくれて。
(……この人となら、こんな私でも幸せになれるかもしれない)
自然とそう思えた。
そんなマルクだけれど、1つだけ、自分の家族のことは話さなかった。
商会に勤められるほど頭が良く、育ちの良い雰囲気だから、孤児ではない。
だから、私はてっきり死別なのかと思って、深くは聞かなかった。
商会長に立ち会ってもらい、教会で結婚の誓いを交わす。
これ以上ないほど満たされて、頬を伝う涙がとても温かかった。
そして、結婚からしばらくして、私のお腹に新しい命が宿っていることに気づいた。
私とマルクと、この子。
手に入らないと思っていた、私の家族。
嬉しくて、まだそれほど膨らんでいないお腹を、何度も撫でる。
「こんにちは、赤ちゃん…。私がお母さんよ」
けれど、喜びも束の間、初めての妊娠・出産は、幸せなだけではなかった。
つわりがあまりも辛くて、病気かもしれないと、幾度か取り乱した。
食事や運動など、何が良くて何が悪いのか、それすらもわからなかった。
こんな私が、お母さんになれるわけないと泣く日々。
マルクは、私を優しく慰めてくれた。
そして、出産経験のある女性に聞けば安心するだろうと、商会長夫人であるポリーヌさんと引き合わせてくれた。
「知らないことは、これから知っていけばいいんだよっ!」
そう明るく笑うポリーヌさんは、眩しくて、見るからに「お母さん」だった。




