43. 祖父母に手料理を振る舞おう(後)
3品目は、調理長が丹精込めてとったブイヨンを使ったシンプルなオニオンスープと、葡萄の天然酵母で作ったパンだ。
スープはじっくりことこと煮込んでいるので、玉ねぎが甘く蕩けていて、肌寒くなってきたこの時期に嬉しい美味しさだ。
パンはふんわりとしていて、天然酵母由来の甘い匂いを漂わせている。
「なんと柔らかい…。噛み締めるとほのかに甘く、香りが良い」
「硬いパンは食べづらくなっていたけれど、これなら美味しくいただけるわ」
「にいに〜。りゅー、じゃむじゃむ、ほちい〜」
リュカは、収穫の時に食べたジャムを覚えていたらしい。
ちゃっかりなおねだりに思わず笑ってしまった。
仕方がないので、実はこっそり作っていたジャムを少しつけてあげる。
「パンはジャムやバターをつけても美味しいですし、軽く表面を焼くとさらに香ばしくなります。でも、僕はスープにパンをドボンと入れて、パセリとチーズをかけて焼いたのがおすすめです。…ちょっとお行儀が悪いけれど」
前世で言う、オニオングラタンスープだ。僕はチーズをたっぷり入れて食べるのが好きだった。
二人はどうするか悩んでいたが、結局、おばあちゃんはパンそのままの味を楽しんで、おじいちゃんは僕のおすすめのオニオングラタンスープにしていた。
いよいよ、次はメインディッシュだ。
お皿にはクローシュ…保温のために丸い銀の蓋がされているので、まだ何の料理かはわからない。
だから、3人とも何が出てくるのかと興味津々だった。
「こちら、猪肉の赤ワイン煮込みです」
もったいぶらずに、蓋を静かに持ち上げる。
とたんに、湯気と馥郁とした匂いが立ち昇った。
たくさんの香味野菜、ハーブ、ブイヨン、赤ワインなどで猪肉を数時間じっくり煮込んだ一品だ。
猪肉は冬に向けて甘い脂を蓄えるので、今が一番美味しいと言われている。
温めた白いお皿に肉とソースをたっぷり盛り、マッシュポテトと茹でたにんじん、クレソンが彩で飾られていて、目にも美しい。
「わあー、にいに、しゅごい!もあ〜っ、ちた!」
リュカが、ぱちぱちと手を叩いてくれる。
そんなに喜んでくれると、凝った甲斐がある。何とも兄冥利に尽きる弟だ。
さっそく手に取ったナイフとフォークが、すっと抵抗なく入ることに感動しつつ、おじいちゃんとおばあちゃんが一口頬張る。
毎回、料理評論家並みの感想を言ってくれるので、僕はその反応をわくわくと伺っていた。
けれど…待っても、二人は何も言わない。
絶句しているみたいだった。
そうして、しばらくしてやっと感想を言い始めたが、どこか呆然としている感じだった。
「これはなんだ…。肉が溶けたぞ…」
「複雑なコクと脂の甘みがあって、なのにまったくくどくないわ…」
「実は、この煮込みには隠し味にとあるものを入れているんですよ」
僕がにっこり笑ってそう言うと、二人は煮込みのソースに集中してじっくりと味を確かめる。
「!わかったぞ!葡萄だ!葡萄が入っているのか!」
「正解です!」
「まあ、葡萄がお料理に入っているなんて…」
そう、実は隠し味に黒葡萄の実を一緒に煮込んでいた。
もう溶けてわからなくなっているが、黒葡萄の酸味と甘みがソースに深みを出すうえ、肉がしっとり柔らかくなるのだ。
ただ、酢豚にパイナップルが入っているのを嫌う人がいるように、煮込みに葡萄を入れても大丈夫か、それだけが心配だった。
けれど、味見した調理長が親指をぐっとして太鼓判を押してくれたので、自信を持って出せた。
二人は早々に肉を食べ切ったが、このソースを残すのはもったいないと、パンで拭って綺麗に食べていた。
ちなみに、リュカは顔をソースだらけにしていたので、そっとナプキンで拭ってあげた。
「こんなに美味しくて、腹だけでなく心まで満足する食事があっただろうか…」
「そうですわね。孫の手料理と言うだけでも一入ですのに」
「そう言っていただけると僕も嬉しいですが、まだ最後ではないですよ」
「なんと!まだあるのか。これ以上驚かせんでくれ」
「まあ!何かしら」
そうして最後の自信作、紅白パウンドケーキをサーブした。
僕は凝ったデザートは作れないけれど、パウンドケーキなら小麦粉、卵、砂糖、バターを1ポンドずつ、つまり同量ずつ混ぜれば作れる…はず、というあやふやな記憶で作ってみたのだ。
前世の子ども時代、母の日にホッ○ケーキミックスを使って作った際の手順を思い出しながら悪戦苦闘し、何とか様になるものが作れた。
「まあ、紫と白の層が混ざって、とても綺麗な焼き菓子だわ」
「きりぇ〜、おいちしょう」
「これはまた葡萄か?」
「そうです。黒葡萄と白葡萄のジャムを混ぜています。それに…ふふ。あとは食べてのお楽しみです」
僕はそういうと、薫り高い紅茶をおじいちゃんとおばあちゃんに淹れる。
リュカは眠れなくなるので、果実水だ。
「そこまで甘くないのね…あら、これは…」
「ほう…白ワインを含ませているのか」
「そうです。焼き菓子に、白ワインが意外と合うと聞いたので、おじいちゃんとおばあちゃんのケーキには染み込ませてみました」
二人に出したパウンドケーキには、少し工夫を凝らしていた。
砂糖とバターの量を減らして、あえて少し粉っぽく焼き上げたパウンドケーキに甘めの白ワインをたっぷりと染み込ませたのだ。
白ワインは調理長に選んでもらい、味見もしてもらった。
さっぱりとした甘さの、贅沢な大人のデザートになっている。
子ども用はワインを使わないので、ジャムをたっぷり入れていて、しっかりと甘い仕上がりだ。
どちらもたくさん作ったので、家人やお世話になっている人に配ろうと思っている。
執事のティエリーが「レミーさんはああ見えて、意外にも甘党なのですよ」とこっそり教えてくれたので、レミーにも渡すつもりだ。今から反応が楽しみだ。
「ルイ、ありがとう。とても美味しかった」
「本当にありがとう、ルイ。素晴らしいディナーだったわ」
「葡萄もワインも、こんなに料理に使えると思わなんだ。これは客人へのおもてなしにお出ししても喜ばれる」
「あら、それはいいわ!きっと驚かれるわ」
「それなら、今日のメニューのレシピは調理長がわかっているので、好きに使ってください」
時折話に加わりながらも、おじいちゃんとおばあちゃんがすっかり食べ終わるまで、僕は従僕に徹する。
(ちょっとは祖父母孝行できたかな…。作って良かった)
そう嬉しさを噛み締めていると、ふとリュカが静かなことに気がついた。
様子を見てみると、リュカは食べかけのパウンドケーキをしっかり握りしめたまま、何とも幸せそうな顔で寝こけていた…。




