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【書籍化】祖父母をたずねて家出兄弟二人旅  作者: 泉 きよらか
第3章 ヴァレーでの暮らし
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42. 祖父母に手料理を振る舞おう(前)

 収穫から葡萄樹喰い騒動と忙しかったが、今はやっと落ち着いた日々を過ごしている。

 ただ、新酒祭りに向けてまた忙しくなることがわかっているので、束の間の休息だ。


 若い僕ですら、(オリ)のように疲れがたまっている感じがするのだ。

 矍鑠(かくしゃく)としてはいても、もういい年のおじいちゃんなら尚更ではないかと思う。


 そんなおじいちゃんのために何かできないかと考えた結果、僕は収納(ストレージ)にある葡萄で元気の出る料理を作って振る舞おうと考えたのだ。

 孫の手料理というだけでもきっと喜んでもらえるはず、という下心もある。


 そう計画すると、僕はさっそく執事のティエリーや調理長のグルマンドに秘密裏に相談してみた。

 リュカやドニたちから僕が料理が得意であることを聞いているみたいで、反対されるどころか、「それはようございますね」とにこにこと喜ばれ、協力してもらえることになった。


 僕は、ヴァレー家のこういう堅苦しくない雰囲気が好きだった。



「ルイさま、それでメニューはどんなものをお考えなのですかな?むふっ」



 調理長のグルマンドが質問してきた。

 グルマンドはほっぺが膨らんだお餅みたいにもちっとしていて、いかにも『食べることが好きです!』という雰囲気だ。

 今も、重たそうなお腹をたぷたぷと揺らしている。



「もちろん、いくつか考えているよ。それで、調理長には材料の仕入れや手伝いをお願いしたいんだけどいいかな?」

「もちろんお任せください!むふっ」



 調理長のグルマンドと一緒に、メニューを決める。

 幸い、僕が使いたい調味料や食材は、概ね準備できるとのことだ。



 そうして根回しもできたので、自室に帰ってきた僕はあるもの(・・・・)を仕込んでいた。



「にいに、こりぇ、なあに?」

「クククー」

「ふふ。これはね、美味しいパンの素だよ」

「う?ぱん?ぶどう??」

「ククーン?」

「はは。そうだよね。まんま葡萄にしか見えないよね」



 わけがわからないリュカとメロディアは、仲良く首を傾げている。


 そう。僕は、天然酵母作りに挑戦しているのだ。

 グルマンドに聞いたところ、いつものパンは小麦粉と水から作った酵母を使っていて、葡萄から作った酵母を使うというのは初めて聞いたらしい。


 ワイン作りが盛んな町なので、僕は当然あると思っていたのだが、当てが外れてしまった。

 仕方がないので、こればかりは僕が一から作ることにしたのだ。


 前世の知識を頼りに、綺麗に洗って洗浄(クリーン)をかけた瓶に、皮ごとの葡萄と水を入れる。

 そして、常温で放置して、時々蓋を開けたり振って混ぜるだけだ。

 今回はせっかくなので、試しに白葡萄と黒葡萄の両方で酵母を作ってみる。


 失敗するのではないかとドキドキしたが、2日目にはうっすらと泡立つようになった。

 それから、時々鑑定で確認しながら見守ること5日目。

 瓶からは炭酸が弾けるような音がして、白い泡がぶくぶくと出ていた。



「鑑定」



 名前:酵母

 状態:良

 説明:食用可。黒葡萄から培養した天然酵母。



「できた!成功だ!」



 黒葡萄と白葡萄、どちらも無事に酵母になっていた。

 喜び勇んで、できたばかりの酵母をグルマンドのところに持っていく。

 さすがに本格的なパン作りは僕にはできないので、あとはプロにお任せだ。






 それから数日後の休日。今日が決行の日だ。



「せっかくだから、給仕も僕がやってみたいんだけど、いいかな?」

「では、形から入りませんと」



 そう、給仕をしたいと言い出した僕が悪かったのか。

 なぜか、僕は執事のティエリーがノリノリで用意してくれた、従僕のお仕着せを着ることになってしまった。


 上下黒の燕尾服に白シャツ白ネクタイ。上着には葡萄の意匠がついた鈍い銀色の大きめボタンがきらりと光る。

 僕はこの数ヶ月でだいぶ身長が伸びて、今は前世でいう170cmを超えたくらいだろうか。

 なんとか服に着られることはないが、僕じゃないみたいで据わりが悪い。



(むむ。でもこうなったら、恥ずかしがっている方が格好悪い。開き直って、なりきるしかないか)



 そうして、お仕着せを着た僕がワゴンを押しながらダイニングルームに入ると、おじいちゃんとおばあちゃんは見事に困惑していた。

 反対に、リュカは見慣れない僕の姿に大興奮だ。



「ルイ、それはどういう…」

「あらあら、まあまあ」

「にいに、かっこいい!」



 覚悟はしていても、その反応にやっぱり少し恥ずかしさを感じて、こほんと咳払いで誤魔化す。

 これからは、お仕着せに合わせて口調も敬語に変えて喋る。僕は今この時だけ、従僕なのだ。



「えー、今日の夕食は、調理長に手伝ってもらって僕が作りました。ぜひご賞味ください」



 ぺこりとお辞儀をして、まずは前菜を並べる。



「前菜は、葡萄のピクルスとチーズ、生ハムのピンチョスです」



 チーズの土台にワインビネガーに漬けた葡萄をのせ、くるっと生ハムで巻いてオイルを垂らした一品だ。

 ワインビネガーは、醸造所(ワイナリー)でワインの副産物的にひっそりと作られていたのを使っている。


 本当は、このピンチョスに黒胡椒をかけると味が締まってもっと美味しいのだが、この世界では香辛料はとても高価なので諦めるしかなかった。


 葡萄は丁寧に皮を剥いて種を取り、白葡萄は白ワインビネガーに、黒葡萄は赤ワインビネガーに漬けているのがこだわりだ。

 あんまり酸っぱすぎても胃に負担がかかるので、水で希釈しているうえ、はちみつで甘みもつけている。

 そのおかげで、酸味が丸く和らいで食べやすくなっている。



「ほう、これはうまいな。さっぱりして食が進む」

「葡萄のピクルスは初めて食べたけれど、美味しいわ」



 おじいちゃんとおばあちゃんは、1つ摘んではワインをごくり。お酒にも合うみたいで、よかった。

 リュカはある意味いつも通り、あっという間に食べ終わって「もっとー!」コールが鳴り止まない。



 全員が食べ終わった頃を見計らって、季節のサラダ〜なんちゃってバルサミコソースがけ〜を並べる。

 新鮮な葉物野菜ときのこのソテー、旬のいちじくを使い、ナッツを散らした秋感たっぷりのサラダだ。

 ちなみに、リュカにはスプーンでも食べやすいように、細かく刻んである。



「サラダには、赤ワインを煮詰めて砂糖と赤ワインビネガーで味を整えたソースをかけています」



 赤ワインをソースにしているというと、おじいちゃんとおばあちゃんはびっくりしていた。

 というのも、これまでワインは肉のソースの香りづけとして使うもので、ワイン自体をソースにする発想がなかったからだ。

 期待通りの反応が返ってきて、僕は内心にんまりしていた。


 二人は一口目を恐る恐る食べていたが、二口目以降はフォークの進みが早かった。

 その食べっぷりが『気に入った』と物語っている。



「ううむ。この料理にはどんなワインを合わせるべきか。ソースが赤だからと言って、赤ワインはくどい。ならば白、それもドライで爽やかな酸味のあるものが良いか…」

「色々な食感があって、とても楽しいわ。それに、ワインのソースといちじくってこんなに合うものなのね」

「にいに、おいちーい!」



 3人が美味しそうに食べてくれるのは、本当に嬉しい。

 調理人たちがいるので頻繁には無理だが、時々なら手料理を振る舞うのも悪くない。

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[一言] 確かまだ14歳よな? それで170cmはでけえな…
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