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【書籍化】祖父母をたずねて家出兄弟二人旅  作者: 泉 きよらか
第3章 ヴァレーでの暮らし
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41. 経営者の顔とワインの醸造

 おじいちゃんがテオドアさまに使者を送ると決断したので、僕も同行できないかと名乗りを上げた。

 けれど、それはすぐさま却下されてしまった。



「でも、僕が同行した方が、テオドア様との交渉がスムーズになるんじゃないかな」

「もちろん、面識がある者がいるに越したことはない。けれど、こういったことは、責任ある大人が使者として赴く姿勢が大事なのだ。一片の失礼も隙もなく、粘り強く交渉しなくてはならないのだから。…ルイ、今は私たち大人に任せなさい」

「…はい」

「それに、テオドア様は高名な方で、お噂はかねがね伺っている。この国に名のある専門家がいない以上、面識があろうとなかろうと、どのみち、すぐ近くの隣国にいらっしゃるテオドア様に助力を願うのは、そう変わったことではないのだ」



(おじいちゃんの言う通りだ。確かに、子どもの僕に出番はない…)



「おじいちゃん、ごめんなさい。…あの、僕からテオドアさまに手紙を書くから、一緒に届けてもらうくらいはできるかな?」

「ああ。それはもちろんだ」



 僕がおじいちゃんの目を真っ直ぐ見てそういうと、少し張り詰めていたおじいちゃんの空気がふっと弛んだ。



(?…なんだろう)



 僕はおじいちゃんの雰囲気が突然変わった理由がわからず、首を傾げる。



「…ヴァレー家は、この地の人々の生活と経済を背負っている。そう安易な決断はできん。時には厳しいことを言い、非情とも言える決断をしないといけないこともある。それは、たとえ肉親であってもだ」

「うん。僕もまだ1年経たないけど、傍で見ていてそれは当然のことだと思う」

「そうか。それは良かった。…だが、あれはいつだったか。私はマルクに対しても、だめなものはだめと言い、意見を突っぱねたことがあった。その時、マルクは肩を落とし、そのまま何も言うことなく立ち去ってしまった」

「そんなことが…」



 僕はその時の父さんの気持ちもわかる気がした。


(そりゃあ、誰だって否定されたくないし、怒られたくない。褒められたい。ましてや、一番に認めて欲しいと思っている相手であればなおさら…)



「私は意見を却下したが、ルイはそれを素直に認め受け入れた。それは、当たり前のようでいて、難しいことだ」

「おじいちゃん…」



(前世でも、意見に反論すると自分のことが嫌いだからだとか、攻撃された!って勘違いする人、いたもんな…)



 おじいちゃんは、そのことを良くわかっていたのだ。だからこうして言葉を尽くしてくれているのだろう。



「これだけは覚えていて欲しい。意見を言うことは悪いことではない。むしろ良いことではあるが、賛同できなければ、当然私は反対する。だが、それは決してルイを否定して傷つけたいからでも、ましてや貶めたいからでもないのだと」

「うん…!」






 テオドアさまへの手紙を預けた使者が、セージビルへと旅立って行くのを見送ったあと。


 収穫はとうに終わり、葡萄樹喰いの駆除も順調に進んだ。

 幸いにも発見が早く、産卵する前の親を駆除できたことで、卵を産みつけられる樹の割合を抑えることができたようだった。


 おじいちゃんが指揮を取る必要もなくなり、元のヴァレーに戻りつつある…と思ったが、次第にワイン商人たちがヴァレーを訪れるようになった。


 みな、初冬の新酒祭りにあわせて早めにやって来たのだ。

 祭りまでの間に商談をまとめて、祭りで新酒を心行くまで楽しんだらさっと去るのが、毎年の恒例らしい。

 何せ、ヴァレーは白の山脈に囲まれていて、標高も高い。本格的な冬になってしまうと、雪で国境が閉ざされてしまう可能性があった。



 それもあって、醸造所(ワイナリー)は今の時期が一番忙しかった。



 ワイン作りは、簡単に言えば葡萄を潰して、温かいところに置いて発酵させるだけだ。

 けれど、実際はもっと複雑で手間がかかるし、白ワインと赤ワインとでは工程も違う。


 まず、収穫した葡萄は醸造所(ワイナリー)に運ばれ、フォークみたいな道具で房から実だけをとる。

 この時、完熟していなかったり、腐っている実は除かないといけない。


 あとは、実をひたすら潰す。潰す。

 量が量なので、潰すだけでも重労働だ。



(可愛い女の子が歌って踊りながら素足で潰す、なんていう夢を見てたけど…)



 現実は残酷だ。

 10人が入れるかどうかの大きく深い槽に、むさ苦しいおっさんが全身すっぽり入って踏み潰すのだ。

 もちろん、念入りに洗浄(クリーン)をかけてはいるけれど。



(ほぼパンツ一丁のおっさんが足で潰した葡萄で作るワイン…いや…考えるのはやめよう…)



 潰した黒葡萄は皮や種なども全てそのままで、白葡萄は逆に濾して果汁だけにして、それぞれ発酵させる。

 発酵は、温度管理や酸素供給、衛生面など、注意することが多い。

 だからこそ、このタイミングで、神々からいただいた奉納の返礼である酵母を加えると、安定して管理がしやすくなるらしい。


 この時ばかりは、レオンさんも真剣な表情で作業をしていて、初めて醸造家(ワインメーカー)らしいと思ったほどだ。



 僕は、葡萄樹喰いの点検作業が落ち着くと、醸造所(ワイナリー)で手伝いをすることが多くなっていた。

 醸造は、意外と色々なものが汚れる。人、部屋、器具、道具。衛生管理が重要なのだが、洗うのは地味に重労働だった。

 だから、魔力量が多く水生成(ウォーター)洗浄(クリーン)を使える僕は、貴重な労働力だった。



 実際に少しでも体験したからこそ、ワインの醸造がいかに重労働で、大変な手間暇がかかっているのかがわかる。

 そして、そんな苦労の先に出来る美味しい新酒を、誰もが待ち望んでいることも。

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― 新着の感想 ―
[一言] おじいちゃんはルイが子供だからダメだと言いましたが、子供だからとかは関係なく普通に何かあったら相談してきてと言ってくれた師匠に弟子がお願いする方が印象とか変わると思うのですが…。責任ある大人…
[一言] 否定の仕方次第で相手の人格を叩き潰してしまうやり方なんだよね~
[一言] ルイのワイン踏みの想像は有名な絵画からかな? 効率考えたら一つのところで全部踏まないと思うし、もしかしたら特別な品として作るものにはルイが夢見た光景もあるかもしれない。 父親も反対された…
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