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30. 初めまして

 僕の成長痛は数日でだいぶましになったけれど、ぶり返す可能性もある。

 そのため、出発して良いものか悩んでいた。


 気持ちは、ヴァレーに早く行きたいと逸っている。


 そんなとき、旅の治療師であるクレメントさんの目的地がヴァレーだということで、同行してもらえることになった。


「ここ数年、私は夏から秋までヴァレーに滞在しているのです。マルタンさん…お祖父様たちとも知り合いですから、お孫さんと同行するのに否やはありません」

「ありがとうございます!クレメントさんが一緒なら、心強いです!」


 そうして、旅が終わりに近づくなかで、また一人旅の仲間が増えた。






 ヴァレーに近づくごとに、緩やかに標高が高くなっていく。


 今朝早くに、チボーは先に出発した。

 単騎で先行して、先ぶれを出すとのことだ。


 だから、今日僕たちが到着することを、おじいちゃんとおばあちゃんはそろそろ知る頃だろう。



 道を進んでいった先の小高い丘から、山と山の間にぽっかりとできた平地を見下ろした。

 平地には、村というほど小さくもなく、さりとて大きなわけでもない、こじんまりとした町があった。



 ひゅうひゅうと強い風が吹いて、僕の髪を乱す。

 白の山脈から吹き降ろしているのか、少し冷たさを感じる風だった。



 視界を遮るような大きな建物や木々はなく、遥か遠くまで、真っ直ぐ見渡せる。


 僕らが進むこの道は、町がある平地を抜け、そのずっと先まで続いているようだが、白の山脈の連なりに阻まれてどこに続いているのかは見えなかった。



 左右を見渡すと、山の急斜面には葡萄の段々畑がびっしりと並んでいて、緑の横縞模様を作っている。

 そこで農作業をしているらしき人々が小さく見えた。



(ここが、ヴァレー…。父さんの故郷(ふるさと)…)



 大切にストレージにしまっていた父さんの骨壷を取り出して、そっと胸に抱く。


 父さんが生まれ育った、素晴らしいこの景色を、見せてあげたかった。


 どんな理由があって、父さんがヴァレーを飛び出したのかはついぞ聞けなかったけれど、心の奥底で帰りたがっていることはなんとなく気づいていた。



(父さん、やっと帰ってこれたよ…)






 ゆっくりと町の中心地に向かう。

 遠くの葡萄畑で農作業をする人たちや、通りすがりの人たちが、馬車に乗る僕たちに気づいて大きく手を振ってくれている。


 僕も窓越しに手を振り返す。


 僕たちのことが知られているのだろうか?

 歓迎されているようで、嬉しかった。



 そして、いよいよ目的の家についた。

 家人たちに紛れて、見知ったチボーの顔が見える。


 真ん中にはおじいちゃんとおばあちゃんと思わしき人たちがそわそわと待ち構えていた。


 止まった馬車から降りて、リュカと手をつなぎ、二人に向き合う。


 おじいちゃんは髪もひげも真っ白だが、矍鑠(かくしゃく)としていた。

 大柄で、目元の辺りが父さんとそっくりだった。


 おばあちゃんも髪は白いが、端正な顔立ちだった。

 色素の薄いシルバーの瞳が印象的で、きっと若い頃はかなりモテたはずだ。

 少し足が悪いのか、杖をついている。



 二人にあったらきちんと挨拶をしないと、と頭の中で何回も練習していたはずなのに、いざとなると言葉が見つからなかった。



「……あ、あの。僕はルイです。この子はリュカ。さあ、リュカ、こんにちはだよ」

「う?…こんちゃっ!」

「……その、初めまして。……おじいちゃん、おばあちゃん」


 おばあちゃんが、泣き笑いの顔で僕とリュカを抱きしめてくれる。

 そんなおばあちゃんを優しく支えながら、おじいちゃんはリュカの頭を撫でたあと、僕の背中を抱いて言った。




「ルイ、リュカ…ずっと会いたかった。よく来てくれた。…ヴァレーにようこそ」

3章に続きます。

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[一言]        ──完── タイトルだけ見るとここで終わりそうですけど、続きますね。
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