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22. 冬の湖畔にて(後)

 なんでこんなことになったんだろう…?

 自前のエプロンを着て、本職の料理人と肩を並べながら料理をしている自分に、ぼくは摩訶不思議な思いだった。


 そう、きっかけは保管用の料理を作ってくれないかと女将さんにお願いしたことだった。






「料理を作って売ってくれないか、ですか?」

「はい。ここの料理がすごく美味しかったので、旅の間でも食べられたらいいなと思って」

「そうはいっても、保存が効かないから、腐ってしまいますよ」

「ああ。それは大丈夫です。ぼく、生活魔法のストレージを持っているので。魔力も多いので、結構な量をしまっておけます」

「あら、そうなんですね。…あなたー、いまちょっといいかしらー?」


 女将さんに呼ばれて、厨房からぬっとゲジ眉ゴリマッチョな男性が顔を出した。


「なんだ」

「このお客さんが、料理を作って売って欲しいんですって」

「…。材料費と手間賃がかかるが、いいか?」

「!もちろんです!」

「なら、作ってやる。どのくらいだ?」

「えっと、できれば4〜5品で、1品5人前くらいあると嬉しいんですが、大丈夫ですか?」

「それなら問題ない」

「じゃあお願いします!楽しみにしてます!」


 やったー!とぼくが喜んでいると、ドニたちは呆れた顔をしてこちらを見ていた。


「ルイ坊ちゃんは、リュカ坊ちゃんのことを食いしん坊だと言いやすが、俺たちからすればルイ坊ちゃんもよっぽど食いしん坊ですぜ」

「そうっすよねー。この兄にしてこの弟あり!って感じっすよねー。っていうか、ルイ坊ちゃんがこだわって料理したのを食べて育ったから、リュカ坊ちゃんは食いしん坊になったんじゃないっすか?」

「おお、絶対そうですぜ!」

「(こくこく)」


 何やら外野がうるさいが無視だ。

 と思ったら、旦那さんはぼくが料理をする、というところに興味を持ったようだ。


「坊主は料理するのか」

「え、はい。一応…。といっても簡単な家庭料理ですけど」

「いやいや、坊ちゃん謙遜はダメっすよ。そりゃあ本職には負けるかもしれないっすけど、こないだ食べさせてもらったシチュー、めちゃくちゃうまかったっすよ!」

「チボー、うるさい」

「ふむ」


 口の軽いチボーが茶々を入れるのは困ったものだ。美味しかったと言われるのは嬉しいが、本職の前ではあまり言って欲しくない。


「…坊主。明日のランチのあと、暇か?」

「え、はい…」

「なら、手伝え。それと、もし何か珍しい料理や食べ方を知っていたら教えてくれ。手間賃は負けてやる。内容によっては、材料費もだ」

「それは…」


 正直、魅力的な提案だ。この旅で結構お金を使ってしまっているので、節約できるならしたい。でも、美味しいものは食べたい。


「俺は、元王宮料理人だ。その技を近くで盗める機会だぞ。1つでも学んで、弟にうまいもんを作ってやれ」

「…!やります!」

「その意気だ」


 若干、煽られた感じだがしょうがない。旦那さんの言葉の通り、確かにこんな機会はなかなかない。


「…でもいいんですか?ぼくなんかが厨房に入って」

「俺は構わん。が、確かに嫌がる料理人もいる。俺も誰でも良い訳じゃない」

「旦那さんがいいなら、いいんですが…。逆に邪魔になりませんか」

「調理は俺がやる。坊主は下ごしらえの手伝いだ。それなら問題ない。それに、少しくらいの手間は、坊主が目新しい料理を知っていれば帳消しになる」

「やけに、目新しい料理にこだわりますね」


 ぼくの言葉に、旦那さんは難しい顔をしてため息をついた。


「…昔、王都で修行していた時は、同じように修行しているやつがたくさんいた。それに、時々流しの料理人とも働いた。そいつらが作る料理は、ソル王国とは違う国の郷土料理や荒削りだが創作のものもあった。俺もよく、そこから学んだものだ」

「?なるほど?」

「小さい村なうえ、自分の店を持ってるいまはなかなかそんな機会はない」

「ああ、要は新しい料理に飢えてるんですね…」

「そうともいうかもな」

「…わかりました。それならいくつか知ってる…と思います。あ、できれば魚介を多めに仕入れてもらえませんか」

「ふむ。まあわかった」






 そして今に至る。


「さて、坊主。何か作りたいのはあるか」

「えっと、魚介を使って、パン包み・天ぷら・フライ・パエリア・ワイン蒸しの5品を作りたいんですが、知っている料理はありますか?」

「パン包みはなんとなくわかるが、ほかは知らん」

「それなら、よかった。えっと、一応ざっと作り方は木板にまとめたので、見てもらえますか」

「……ふむ。この木板はもらえるか?手間賃・材料費はなしでいい」

「いいですよ」






 やっぱり本職の料理人はすごい。仕込みも調理も、何もかも手捌きが違う。

 ぼくが書いた木板を見ただけで、ある程度作る順番も見当がついているようだった。

 しかも、料理人は見て食べて覚えろなのかと思っていたが、旦那さんはぶっきらぼうな喋り方ではあるが、教え方もうまかった。


 ぼくがぜひ盗みたいと思っていたベシャメルソースのコツを、丁寧に教えてくれたのだ。

 まずは旦那さんが作りながら、火の強弱はこう、どのタイミングで何を入れる、塩加減はこのくらいと教えてくれる。

 その後に、ぼくに作ってみろと言って作らせて、ここはこうするといいなどを細かく教えてくれたのだ。


 これじゃあ、ぼくの方がもらいすぎている感じがするが、旦那さんはお金はいらないという。

 あのレシピにそれだけの価値を感じてくれたのだろうが、なんだかぼくが申し訳なくて落ち着かない。

 なので、昨夜書いたのはいいけど、時間がかかりすぎるからとボツにしたレシピを渡すことにした。


「…これはなんだ」

「フラット貝の鍋で作る燻製のレシピです。お酒のお供にぴったりな料理ですよ。…こんなに丁寧に教えていただいたので、せめてもの御礼です」

「ふむ。悪いな。ありがたくもらっておこう」






 なんだかんだ二人で作業したので、夕方の仕込みに余裕で間に合う時間にすべての料理を作り終えた。


 まずは1品目。パン包みは、チャーという白身魚・サーモン・フラット貝のペーストをそれぞれベシャメルソースと合わせて、ぼくの手持ちの柔らかい食パン2枚で挟むように包んでオーブンでカリッと焼いたものだ。

 手早く、ガッツリ食べたい時に重宝するし、リュカも四等分に切り分ければ食べやすい。これは、時間があるならパイ包みにしてもまた違って美味しい。



 天ぷらは、久しぶりにぼくが食べたかったというのもあって、候補に入れてみた。

 すでにあるフリットに比べると天ぷらは衣が軽いので、カリッサクッという食感は目新しいはずだ。


 衣の配分は旦那さんがこだわって細かく調整してくれた。ぼくは十分美味しく感じたが、旦那さんは納得がいってないようで、「研究のしがいがある」と言っていた。

 そうしてできた衣を使って、魚介と野菜を色々揚げてみた。特に、甘味のある芋やかぼちゃはリュカもきっと気に入ると思うので、多めに揚げてもらった。

 基本は塩で食べるが、味変にすりおろしたリモンの皮を混ぜても爽やかになっていい。



 フライは、せっかくオイルを使うならと思って、ついでに揚げてもらう。

 衣には旦那さんの提案で、特製ブレンドのハーブを混ぜたので香りがとても良くなり、レシピの数倍は美味しくなった。

 ソースもマヨネーズもないので、トマトソースをかけて食べるのがおすすめだ。

 そのままおかずにしても、パンにサラダと挟んでサンドにしてもいい。


 そして、一番楽しみだったのが、パエリアだ。

 元日本人のぼくは、定期的に米が食べたい欲に悩まされる。でも米はない。少なくとも、まだ今世では見つけられていない。


 なので、今回は米の代わりに大麦を使ってみたのだが、旦那さんが仕込んでいたチキンスープがいい仕事をしてくれて、肉と魚介の旨みをたっぷり吸った大麦は涙が出るくらい美味しかった。水加減もさすが、ばっちりだ。これはしばらく米を食べたい欲を紛らわせることができそうだ。

 そのあまりの美味しさに、ぼくはつい味見以上に食べてしまうところだった。旦那さんも「うまい」としきりに頷いていた。



 最後に、ワイン蒸しだ。これは簡単だ。たくさんの魚介・ガーリック・ネギに白ワインと塩を少々入れ、蓋をしてじっくり弱火で煮ただけだ。

 これにパスタを入れてもいいし、パンにつけてもいい。アレンジの幅は結構広い。

 今回はリュカも食べるのでシンプルな塩味にしてもらったが、大人だけなら辛味を出してもお酒が進む一品になる。


 これはほかにどういう食べ方をすると美味しいか、使う酒はどんなものがいいかといった話題で、思いの外旦那さんと話が弾んで楽しかった。



「はあー、たくさん作りましたね…。色々と教えてくださって、ありがとうございました。材料もいっぱい使わせていただいて…。本当に勉強になりました」

「俺も、勉強になった。…坊主は、筋がいい。研究熱心でもある。きちんと修行すれば、良い料理人になる」

「えへへ。そう言っていただけると、嬉しいです」


 本職の料理人に褒められるのはやっぱり嬉しいし、自信に繋がる。

 料理の合間に、色々と話も聞けて勉強になったし、レパートリーも増えた。

 久しぶりの料理は楽しくて、ぼくは達成感でいっぱいだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] カキフライ食べたくなった。酒蒸しもいいな…。
[一言] ワイナリー継ぎに行くはずなのに料理人の道が拓けたぞ。
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