13. 待ち人きたりて
月も終わり頃。以前にも見たことがあるダミアン商会の見習いが、「旦那様がお呼びですよ」という伝言を残して帰っていた。
タイミング的に、もしかしたらドニ氏が来たのかもしれない。
いよいよかと思うと、なんだか胸が変な感じがした。
リュカをエミリーさんに任せ、商会を訪ねる。すると、ダミアンさんと見慣れない大男がすでに話し込んでいた。
「おお。ルイ、よく来た。さあ、お待ちかねのドニ氏がいらしたぞ。…この子が、ヴァレー夫妻の孫のルイですよ」
「この坊ちゃんが…。俺はヴァレー家自警団長のドニと申しやす。やっと会えましたな!」
ドニ氏は日焼け顔をニカッとさせて、ぶっとい筋肉質の腕でぼくの背中をばんばんとたたく。
普通に痛いし、何というか、だいぶざっくばらんで豪快な人のようだ。
「げほっ。ル、ルイです…。ドニ、さん?」
「俺は使用人ですんで、ドニで結構ですぜ。敬語もよしてくだせぇ」
「?はぁ…。わかった、よ」
さっそく席について、ドニが持参した祖父母からの書状と、ギルドカードをぼくも確認させてもらう。全くの別人が遣いを偽ってましたという可能性も考えたが、どうやら問題ないようだ。ベルナールのことで、ぼくは少し疑心暗鬼になり過ぎていたようだ。
「ダミアンさんに先に話を聞きやしたが、坊ちゃん方はアグリ国に来るおつもりで?」
「うん。ぼくと3歳のリュカの二人だね。小さな子連れかつ冬場だから、無理は承知だけど、なるべく早く出発できないかな?」
「うーむ。そうですねぇ。俺らも着いたばかりですし、根回しや準備の時間は少々いただきたいですな。それに、来る途中、国境沿いは雪が降り始めてやしたから、今頃はもう通行できないと思いますぜ。今出発しても、ソル国内をのんびり進んで、国境の1つか2つ手前の町で春を待つことになるかと」
「ドニがよければ、それでお願い」
「へい。承知しやした」
「あ、そうだ。一応、ぼくの方でも必要だと思われるものは準備しておいたんだ」
購入品リストなどをまとめた木板を、ドニに渡す。
木板に目を通したドニは、なぜか目を瞬かせたあと、うなづいた。
「坊ちゃんは何というか、用意周到というより心配性の母ちゃ…いえ。何でもありやせん。それにしてもよくまとまってますな。これならだいぶ想定より早く出発できそうですぜ」
前半はボソボソっと小声で言われたので聞き取れなかったが、リストは役に立ったようだ。
「多少の漏れはこちらで準備すれば良いことですし。移動は、旦那様方が心配して、ヴァレー家でも一等頑丈で揺れが少ない馬車で来ておりやす。護衛も、俺ともう二人自警団のものが来ておりますんで安心してくだせぇ」
「馬車はありがたいな。でも、護衛が3人って少なくない?」
「いえいえ、十分でさあ。季節柄、野盗や獣の類は滅多に出ませんし、街道は国の兵士たちが定期的に見回っていやす。それに俺たちも腕に覚えのある者たちを揃えてますんで、ご安心を」
「そっか。それなら安心だね。で、その残りの二人は?」
「今は宿の手配や、関係各所への挨拶回りなどで出払ってますんで、後ほど紹介いたしやす」
「お願い。あとは、旅装ってどうしたら良いかな?それと暖房手段って何かある?」
「あぁ、基本は綿入りや毛皮を重ねて暖かくしてくだせぇ。それより、大事なのは靴です。なるべく雨雪が染み込まない・底が硬い・脱ぎ履きがしやすいものをおすすめしやす。暖房については、馬車の中は火の魔石を使った小さな火燵やあんかがあるんで、だいぶ温かいはずですぜ」
「なるほど。わかったよ。ありがとう」
(防寒具はあるもので大丈夫そうだし、思ったより寒さは何とかなりそう。加湿は最悪、濡れタオルを干すとかウォーターでミストを出せないか試してみれば良いか)
「あとは、野営道具はどうすればいい?」
「それは一応、準備がありやす。ただ、ソル王国からアグリ国までは、点々と町や村があるんで、そうそう野営をすることはありませんで。小さな子どもにも良くないですし」
「万が一の備えがあるなら良いんだ。ぼくとしてもリュカのために絶対ちゃんとした宿に泊まりたいし」
「へえ」
ひとまず、懸念していたことはだいたい潰せた。
「あとは、母さんをどうするか、か…」
「ああ、そうだ。ルイ。修道院の件だが、受け入れてもらえるそうだよ。その代わり、だいぶ契約内容は譲歩することになってしまったが」
「!よかった…!譲歩は全然構いません。ダミアンさん、ありがとうございます!」
「そうなると、あとはどのタイミングで切り出すかですぜ」
「話をしたところで、きっと母さんは納得してくれないと思うんだよね…」
「俺としては、坊ちゃん方もきちんと母御とお別れしたいでしょうし、とりあえず話すだけ話して、あとはもう修道院まで護送していくのがいいと思うんですがね。見張りをかねて女性の護衛や下女も準備しやすから、そうそう逃げ出すこともできませんで」
「……結局、それしかないのかな」
「むしろ問題のある家人を修道院に入れるのに、貴族でもこんなに手厚くはしませんぜ。普通は問答無用の力尽くかと」
「母さんに手荒なことはやめてね。穏便にお願いね」
「へえ。それはもちろん」
そうしてドニと相談を済ませ、母さんの方の護衛たちを準備出来しだい、1週間以内を目安に出発することが決まった。




