にいににないちょ!こっしょりおかし
このお話は、ep.64「60. 満開の白い花」〜ep.65「61. 見えざる神々の意思」の間くらいのお話です。
「あにょね、にいににー、おかし、ちゅくりたいの!」
下女に連れられて、当家の末のお孫さまであるリュカぼっちゃまが厨房に来るやいなや、こんなことを言い出したのですっ。
「はてさて。何か理由がおありでも? むふっ」
「グルマンドさん。実はリュカ様はルイ様の十五歳のお誕生日に、お菓子をプレゼントされたいそうなんです」
「なるほど、なるほどっ! ですが、ルイ様の誕生会は、旦那様が戻られるまで延期のはずではなかったですかなっ? むふんっ」
「ええ。でも、『おめでとうしたい!』と言われてしまって……」
「おにぇがい!」
びっしゃーん!
そのリュカぼっちゃまの汚れなき無垢な眼の懇願に、このグルマンド、胸を打たれましたっ! なんというご兄弟愛。泣けてくるでは、ありませんかっ。断るなんて、わたくしにはできませんっ!
「お任せくださいっ! このグルマンドが、ひと肌脱ぎましょうっ! むふふっ」
「やっちゃー!」
♢
まずは、火が落ちた石窯に薪を入れ、温めておきましょうっ。その間に、生地を作っていきますっ!
「では、リュカぼっちゃまは、小麦粉をふるってくれますかなっ? むふんっ」
「あいっ!」
リュカぼっちゃまの元気な返事は、なんともおかわいらしいっ! 目が細くなってしまいます。
ああ。下女が補助に入っているとはいえ、リュカぼっちゃまのふるいを叩く手のリズミカルなこと。たいっへん素晴らしいですっ!
おっとっと。見ているばかりではだめですねえ。わたくしも、手を動かさなければっ。
ボウルにバターと砂糖を同量ずつ入れ、泡立て器で白くなるまでかき混ぜていきます。
この作業はたいっへん疲れるのですが、ここで手を抜いては調理人の名折れっ!
「はふっはふっはふっ……。むふんっ!」
ふうーっ。このくらいで良いでしょう。それにしても、すっかり真夏のように暑いですねえっ。お菓子作りは、体力と筋力勝負ですっ!
自分に洗浄をかけたら、溶き卵を数回に分けて加え、さらによく混ぜていきますっ。
横着して、一度に全てを加えてはだめですよっ! バターが分離して、もこもこになってしまいますからねっ。
丁寧に手を動かし、綺麗に混ざったら、リュカぼっちゃまがふるった小麦粉を入れ、ヘラで十字に切るようにさらに混ぜます。
決して練ってはいけませんっ! 手早く、さささっと。
ほんのり粉が残っているくらいで、香り付けに赤ワインと微塵切りした干し葡萄を加え、ひとまとまりに。
これで綺麗な紫色をした、ビスコッティ生地の完成ですっ!
「むふふっ。さあっ、ここからリュカぼっちゃまの出番ですよっ!」
「? あいっ!」
生地を伸ばし、ローラーをころころと転がします。葡萄と蔦のかわいらしい模様が、一面についていきますねえっ。
「ぶどうー! かあいい!」
「そうでしょう。そうでしょう。むふふっ。リュカぼっちゃまには、八重の花の型抜きをお任せしますっ! 遠慮なく、ぐっと生地に押し込んでくださいっ。そうですっ! お上手ですよっ!」
「よいしょ、よいしょ……」
さあ。わたくしは型抜きできたものから、焼いていきますよっ。石窯で、ほんの数分。この見極めがむずかしく、何度、真っ黒に焦がして泣いたことでしょう。
ここっ!という瞬間に鉄板を取り出すと、ビスコッティの良い匂いが。焼き色もちょうど良く、さすがわたくしですっ。長年の経験と勘が、きらりと光っていますっ!
ああ。バターの香りは、どうしてこんなにも人をうっとりとさせるのでしょうか。
リュカぼっちゃまも、じゅるりとよだれを垂らして、焼きたてのビスコッティを見つめていますっ。その気持ち、よーっくわかりますぞっ!
「むふふ。ささっ、リュカぼっちゃま。おひとつ、味見をどうぞ。お熱いですから、よくふーふーして、召し上がってくださいっ! 焼きたては、作ったものの特権ですっ! むふっ」
「! やっちゃー! いたっきまーしゅ!」
お皿に一枚、取り分けたビスコッティを、リュカぼっちゃまは一生懸命ふーふーされてから、ぱくり!
おお。綺麗に半分、歯形がついていますねえっ。
「おいちー! しゃくっしゃくっ」
なんとも冥利に尽きますっ。このおいしい笑顔を見たくて、わたくしたち調理人は、日夜腕を磨いているのですっ!
♢
「にいに、おたんじょーび、おめっとうごじゃーますっ!」
「えええ! リュカ、ありがとう! でも、これどうしたの?」
その日の晩の、デザートタイム。
責任持って、綺麗に籠に盛り付けたビスコッティをお持ちしたところ、リュカぼっちゃまがさっそく、ルイ様に差し出しました。
ルイ様のこの驚きよう。わたくし、良い仕事をしましたっ!
「えへへ〜。りゅー、ちゅくった!」
「!? リュカが作ったの!?」
ルイ様がわたくしに「本当に?」と目線で問いかけてきましたので、「本当ですとも!」と大きく頷き返しておきましたっ。
「すごく綺麗なクッキー、かな。いただきます!」
さくさくと良い音をしながら、なんとも美味しそうに、幸せそうに食べるルイ様のお顔。
はあ。わたくしも、なんだかお腹が空いてきましたっ。
そのあと、リュカぼっちゃまの熱烈な視線に負けたルイ様が、分けっこどころか、半分以上をリュカぼっちゃまに食べられてしまっていましたが、それも仕方ありません。
食いしん坊とは、そういうものですからっ!
こうして、リュカぼっちゃまのサプライズは大成功!……だったのですが。
時折、ルイ様の目を盗んでは、リュカぼっちゃまが「おかし、くーだしゃい!」とひょっこり厨房に来られるようになったのは、大誤算でした……。むふふん。
リュカはルイの目の届かないところで、家人たち(特に調理人長)に可愛がられ餌付けされていた、というお話でした。




