ショートショート『タイムマシンとリンカーン』
私は長年の苦労の末に遂にタイムマシンを作り上げた。未来にも、そして過去にも旅立てる完全な物をだ。
その機械は、若い頃からの夢であった。未来のみならず、過去にも行けるタイムマシンは、不可能ではない…信条からそれを公言すると、科学を少しでも齧った人間達からはよく失笑を買い、こんな風に嘲弄されたものだ。
「未来の人間達は何故、誰一人としてリンカーンの命を助けてやろうとしないのかね?」
私は、明瞭な返答をする事ができなかった。
昔された「何故リンカーンを助けに行かないのか?」という指摘は、今も時々考える。
私は今、完成したタイムマシンを前にしながら、想像の上でだけ冒険してみる。我々の内でも最高の人格者の一人とされるその人物は、想像の中で彼を暗殺から救ったタイムマシンを駆る私にこう言う。
「未来にはそんな便利な機械があるのか。では私の家族の命もついでに救ってやってはくれないか?私の祖父は昔、インディアンに殺されたんだ」
私は受け応える。
「存じております大統領。あなたの名はその殺されたお祖父様の名に因んで名付けられたものでしょう?しかしあなたのお祖父様を助ける事は、厳密にはあなたという存在を無い事にしてしまうのですよ。あなたと同じ遺伝情報を持つ人間が生まれ得たとしても、きっと違う名前になってしまいます」
聡明な大統領は返す。
「過去を変えるという事が君の言う通りだとすると、君の時代から見れば、私の後の時代に存在している無数の者達が、祖父の命を助けた場合の私と同じ様に、消え去ってしまう事になるね?」
「そうです」
「でも、私がそれを理解しても尚『助けてやってくれ』と頼んだら、君は頼みを断るかね?君は先に説明した無理を全て承知で私を助けに来たのだろう?…本当を言えばね、私は自分の祖父だけを助けて欲しいんじゃないんだ。私の祖父を殺したインディアンが、そもそも殺したいと思わずに済むようにして欲しいんだ。インディアンが我々移住者を殺したのは、先に我々が彼らを殺したからだ。直接に、間接に。…そして、それは私も同様だった。私は彼らに復讐心を持って大統領という権力者を生きた。本当の願望を言えば、そんなこと全てがそもそも起こらない様にして欲しい。君なら出来る」
「で、でも大統領。そんな事をしたらアメリカも何も無くなります。あなたの遺した偉大な仕事も…」
「いいんだ。それならそれで。私は、私が今知る全てがたとえ無くなったとしても、全ての過ちが正される世界の存在に賭けたい。だってここは自由の国だから。その国では、本当は国境も、国名さえも無くなるのかも知れない。誰かを抑圧していいという程の自由は抑圧されねばならぬのだから」
そう、想像の中で偉大な人物から言われた所で、ふと私は現代の現実に立ち返る。
私は一方で、不幸にして死んだ誰かを助けに行くのが難しいという言い訳を探してもいる。移動する自由が手に入ったのに、その自由を行使出来ないという為の言い訳を。私の前のタイムマシンは、光沢のある曲線的なボディに、何を反射しているのか分からない像を映し続けて佇んでいる。




