先輩男子高校生(あだ名ヤクザ)が自分の新しいマスコット(MNイガグリちゃん)だった件
山道は静かすぎてペダルを漕ぐ音が響くくらいだった。
「春村先生、今日で辞めちゃうんですか」
「私も歳だし、前から、上に引退を進められていた。時間は流れた。ハリハリ!当たり前のことをさ!」
前カゴで春村先生は白衣をはためかす。その様子にため息を交らせながら聞いた。
「キャラを装わないでください、この前のことが原因ですか」
この前のことを思い出すと、ママチャリのハンドルを握っている両手に力が入る。前カゴにいる春村先生は一瞬悲しそうに目を伏せた。
「あのバカな一般人が、私の写真を撮ろうとして逃げ損なって砂利が当たったくらいでギャーギャー騒いだことが原因なんですね」
「ココロ!そんなこと言うな!うっかり人前で喋っちゃったらどうする」
「じゃないとこんな人目のない山奥に」
「ここは町から自転車で15分くらいだからそんな山奥じゃないよ。私はともかく、ココロはほとぼりが冷めたらきっと大丈夫だから。ほら、もうすぐ現場につくよ」
山の急カーブを曲がったすぐ先に現れたのが山の斜面がずり落ちて崩れた道路だった。山のずり落ちが始まっているところにそいつ、アシキモンがいた。
「きらめくニードルが貫くは病み!ケアシンキュー!」
「あいよ!ハリネズミ先生も一緒だよー」
そうやって変身して目の前のアシキモンと対峙する。山奥だからアシキモン以外誰もいないが、癖で変身名を名乗る。どうも私魔法少女ケアシンキュー。こちらがマスコットのハリネズミ先生!
さて今、日曜朝8時15分。私たちがなんでこんなことしているかというと日本は日曜日が休みじゃないから。
50年くらい前のある春の日曜日、朝8時になると謎のモンスターが各地で発生して暴れた。怪人と呼ばれる人っぽいのもあれば、小山を軽く超える大きさを持つ怪獣というものが現れた。自然発生したか、はたまた人為的に作られたものかは専門家じゃない私たちはわからない。
どうであれ大混乱の幕開けである。このまま滅びると思えたかもしれない。でも日本人、急に進化した。
ある者はフルフェイスの鎧を纏い刀を構える。
ある者は外国の魔法使いのように三角帽子と箒に乗り、杖を振る。
ある者は天に手を届くような巨人になり拳を振り上げた。
日曜日の朝の8時から真夜中の12時までの間で、みんな変身して不思議な力が使えるようになった。そしてモンスターはアシキモンと呼ばれるようになった。最初に変身した人の誰かが最初につぶやいた言葉だ。響きが良かったし、何か他の名称を付けるにはアシキモンが馴染みがよかったんだろう。
そしてこのアシキモンを倒す人たちはこう呼ばれるようになった。サンデーモーニングヒーロー、略して、サンモンヒーローと。
「ニードルスパーク!痛いの痛いの飛んでいけ!」
日本の国土から範囲10キロメートル外にアシキモンを出せばアシキモンが消えることに気がついたのは最初の巨人が海にモンスターを放り投げた時だ。アシキモンが弾け、光の粒になり消えた。それから空中か海にアシキモンを押し出すようになった。ようは日本全土からアシキモンを押し出す押し相撲を私たちはやっているわけだ。
いつもの通り、アシキモンを蹴り飛ばした。そしてアシキモンが壊した物はアシキモンが消失すれば直る。
バーンと花火のように大きな音を立てアシキモンは光の粒になり消える。
今回の道路と山の斜面も何もなかったかのように元通りになった。
決めポーズをしたら変身が解ける。しかしいつも肩に乗って一緒に決めポーズをしてくれるハリネズミ先生はどこに?
「ピーヒョロロー」
トンビってなんで飛ぶ時ピーヒョロローってゆうのかね?ってあのトンビなんかくわえているな。トゲトゲしてる?
「ケアシンキュー!助けてー」
「ハーリーネーズーミ先生!なんでトンビに食われるの!」
ハリネズミ先生、人間に戻って!いやあの高さで人間に戻ったら、春村先生の腰やる。というか足全部やられる。死ぬ。
変身が解けてなかったらあの高さは楽ちんで飛べる。しかし、今生身!変身解除してすぐに変身はできない。春村先生が小さくなる。もうダメと思ったときトンビに茶色いボールがぶつかる。トンビが春村先生を離した。叫びながら落ちていく春村先生をなんとかキャッチする。
「春村先生、大丈夫ですか」
「大丈夫、じゃ」
春村先生が帰ってきて一安心していた時だった。
「おいそこの魔法少女、自分のパートナーをトンビに攫われるって!」
こえのするほうを見ると、毬栗が立っていた。いや違う。春村先生と同じハリネズミの姿のマスコットだ。胸元と背中にも同じようにお花の模様があって結構かわいいデザインをしてる。
「ごめんなさい」
「次似たようなことをやるなよ」
見た目かわいいのに結構きついことをいうし、なんか言葉使いが荒っぽい。男の子のマスコットか?だけど、アシキモンがいないからと気を抜いてしまったのは私の責任だ。
でも、どうして、このマスコットはここにいるのだろう。近くに他に魔法少女がいるのか。それに次って、どういうこと。
「まあまあ、僕は無事だったから落ち着いて!わざわざ来てくれてありがとう!」
春村先生は私の手のひらから降りる。そして、そのマスコットに近づいて短い両手をバッとそのマスコットに向けた。
「ケアシンキュー、紹介するね。彼が君の新しいマスコット、名前は……」
「マスコットネーム、イガグリちゃんだ。よろしく」
そのマスコット、イガグリちゃんはそう言ってお辞儀をした。
みんな変身できるからと言ってみんながみんな変身をするわけじゃない。人を救いたい人はお医者さんになるように、アシキモンを倒したい私はサンモンヒーロー、魔法少女になった。
しかし、このサンモンヒーロー、それぞれ所属する組織があり、それぞれテーマがある。日本医療局が組織するサンモンヒーロー団体NIKに私たちは入っている。
「お、おかえりなさい〜ケアシンキュー?ココロちゃーん?どうしたのー、どうしてそんなに怒ってる?」
「富山先生、選んでください。一、春村先生とバディ解消させられること、二、知らないマスコットと組まされること。どちらで私は怒っているでしょうか?」
「んー、両方」
「正解です!」
あの後、急いで事務所がある富山総合クリニックに戻って来た。
私の上司、富山先生は空を見る。
「仕方ないよ、上も若い魔法少女を長くしまっておけるほど平和じゃないのを知っているから」
諦めたように下を見る。富山先生も私がまだ表舞台に出るのをやめた方がいいと再三上に掛け合ってほとぼりが冷めるまで、裏で小さいアシキモンを倒す役目に徹する方向にしたかったが、さっさと表舞台に出す荒療治に上が舵を切ってしまった。
「次に街でアシキモンが出たら、君が出動することになる。そこにいるイガグリちゃんをマスコットにして」
もう一度、机の上に乗っているイガグリちゃんを見る。私と目を合わさずにそっぽを向いている。
「イガグリちゃん……サシモトくん、あなたも変身を解きなさい。失礼でしょうが」
富山先生はイガグリちゃんに変身を解くように言った。イガグリちゃんの本名、サシモトというのか?富山先生から君付けで呼ばれているくらいだから、私と同じくらいか、少し下か上くらいのとしかもしれない。それで少し嫌な予感がした。しかし、その予感が当たって欲しくないから、いろいろ考える。
もしかしたら違う地域のサシモトさんかもしれない。きっとそうだ。刺本さん、きっとたくさんいる。違う絶対に違う。漢字が違うはず絶対そうだ。
そんな考えをしている私をよそに机の上に乗っていたイガグリちゃんが床に降りた。そして光に包まれ、姿が変わる。
がっしりとした体、私より高い背、短いチクチクの茶髪。何より、私の学校の男子の制服。そして、サシモトという名前。これに当てはまるのは自分の中で一人しかいない。
「自分は 刺本 彫司。よろしく」
鋭い目で私を見る自分の学校の不良がそこにいた。
「ほら、ココロちゃんも!ちゃんと名乗る!」
状況が飲み込めない私をよそに富山が私に名乗るように勧める。しかし、内心は絶叫していた。
なぜうちの学校で不良と名高い、NIKメディカルスクール二年生、刺本 彫司が目の前にいる。さっきも言ったが彼はうちの学校で名高い不良だ。
学校をよく休むことをさることながら、目立つ体格と今私を見ている目つきの鋭さからヤクザサシモトと呼ばれている。
しかし、そのくせ頭がよく、学年一位をキープし続ける訳のわからなさと顔の良さ。それで学校では常に悪名とファンクラブがデュエットしている。
というのが学年違いの私が知っている情報だ。
「えっと、私は繕衣 心、ヒーローネームはケアシンキュー、です。こちらこそよろしくお願いします」
「よろしく」
普段自分が全く関わりを持たないタイプの人間だ。だからこそよ。めちゃくちゃ怖いの。これから仕事仲間になるとはいえ、歩み寄れるところがあるか。
まずは、聞くのはマスコットネームの由来が一番か?
「イガグリちゃんってかわいい名前ですね。由来は?」
少し目を流した後、富山先生を指差した。
「富山先生」
「えっっと、刺本くん。悩んでいたみたいだから!手伝っただけ、もーちゃんと自分が選んでつけたって自信持っていいなさいよ!」
富山先生、あなたが背中をバシバシ叩いている彼は学校一の不良なんだけど。
彼、名前に対して思い入れが無さそう。というか、富山先生に説明させるな!自分で説明しなよ!その態度にイライラしているときだった。
机の上の赤ランプが点滅してビービーと警報音がなる。富山先生はさっきまでのふざけた態度を吹き飛ばし、眉間に皺を寄せてる。
『富山総合クリニック院長、富山に連絡する!今すぐにケアシンキューとそのマスコットの出動を許可する!場所はNIK街北病院』
タイミングがいいのか、悪いのか。いまさっき組んだばかりのサシモトと街に出ることになった。
現場に着くと、サンモンヒーローたちが戦い始めていた。
「ケアシンキュー!到着しました!」
「ケアシンキュー!とハリネズミ先生?」
先に来ていたサンモンヒーロー、メイーシャさんが首を傾げる。自転車の前カゴでぐったりしているサシモトをみていた。
ごめんよ。めちゃくちゃ荒い運転したわ。
「新しいマスコットか!よろしく!」
メイーシャさんのマスコット、犬のガードマンさんがサシモトがいる前カゴに両前足をかけて覗き込む。
「イガグリちゃんです。よろ、しくお願いします」
息も絶え絶え。少し休憩させた方がいいが、サンモンヒーロー、素早い対応が被害を減らす対処方法なのである。サシモトを小さなマスコット用のポシェットに入れる。
「それじゃあ、状況を説明するね。」
話しかけているとき、人とも獣ともつかない形相の化け物が滑るように動きメイーシャさんに飛び掛かる。
「お待たせしました。444番でお待ちの方、診察のお時間です!」
メイーシャさんは診察に使うペンライトを模したステッキを光らせる。間近で光らされて、それに怯んだ化け物にそのステッキをフルスイングでぶつける。化け物は少し唸り声を上げたあと霧散した。
「んん、ケアシンキュー、イガグリちゃん、発生しているのは2体のアシキモン!今倒したのは手下ね!先に二人、魔法少女とアーマーが戦っている!発生場所は病院の敷地内のレストラン、近隣の人の避難誘導と護衛は私たちがやるから!」
「わかりました!」
現場のレストランに着いたとき、一般人の避難はほぼ完了していた。アシキモンに捕まったご家族を除いて。
「きらめくニードルが貫くは病み!ケアシンキュー!」
「イガグリ、ちゃんです」
決め台詞と共に名乗る。サンモンヒーローの作法だ。サシモトは決め台詞をまだ決めていないらしい。これは一般人を安心させるためにいうものらしいが。
「え、ケアシンキューが来たの?」
「謹慎が解けたのか?」
今の私がいうと意味ないー
先に来ていたレストランの魔法少女さんだろうコック帽とフライパンで手下を叩く女の子と板前の人がかぶる帽子みたいな兜とでかい包丁を振り回すフルフェイスのアーマーさんたちの二人に大きな声でそう言われた。
むしろ不安にさせている感がすごーく、ほんとすごーく伝わってくる。
「人質の救出をメインに動いて欲しいのにケアシンキューは」
困ったように眉を下げる魔法少女さん。私には避難誘導に失敗して一般人を怪我させてしまったという前科がある。任せたくないのだろう。
「わかった、俺が行く!ケアシンキューさんはアシキモンと手下を退治してください」
アーマーさんが前に出た。しかし、ぬるぬる動くアシキモンの手下がそれを阻む。アーマーさんは魚でも捌くように手下に刃を入れているが数が多いからか。かなり苦戦している。
魔法少女さんもフライパンで叩いて手下を倒しているがやっぱり数が多いからアシキモンまで届かない。そういえば魔法少女さんのマスコットは?
「大丈夫よー、ぜったいに、助かるから!」
魔法少女さんのマスコットであろうニワトリがアシキモンを近づけないようにバリヤーを張っている。しかし、2体のアシキモンに攻撃されてそんなに長く持たないのは目に見えていた。
「誰か、助けて」
その声は捕まっている家族の少女のものだった。子ども用のパジャマを着ている。その子は守られるようにその子のお父さんとお母さんが抱きしめられていた。
「私が行く」
「ケアシンキューさん?!」
手下の間を縫うように進む。飛び越えて、時に丸まって転がって、手下の壁を通り抜けた。アシキモン二体の真正面に躍り出ることができた。ポシェットをたたく。
「アシキモン!あなたが発生させている痛み!治させてもらうわ!」
このアシキモンたちは人の姿に近かった。一体は乾いた皮が張り付いた枝のような姿。もう一体は油を吸ったように崩れかけた姿。
手下を発生させているのは油っぽい方らしい。アシキモンが体を捻ると滴るように手下が生まれている。
「おとなしく、その家族を解放させなさい!そうしてくれると楽な治療をしてあげる。ニードルスパーク!」
蹴り出す足に細長い針を何千本を纏わせて、油っぽい方をける。アシキモンの体に針が食い込む。枯れ木の方のアシキモンはが私に飛びかかってきたから避ける。しかし避けきれず、アシキモンの爪が私の右頬を引っ掻いた。
アシキモンたちは完全に人質より私の方に注意を向けた。今がチャンスだ。
「人質と、そのマスコットの援助!」
ポシェットからサシモトを出し投げた。弧を描いて人質の元につく。サシモトは人質を守るように鋭い棘を纏うバリヤーを展開させた。
手下がバリヤーに飛びつく。しかしバリヤーに触れた瞬間霧散した。なにあれすごい。私知らない。
「もう、あなたたちにアシキモンを近づけない!」
小さい体で胸を張る姿はその身からは想像できないかっこよさを放っていた。
油っぽい方は手下を生み出し私に襲わせようと体を捻ろうとした。しかし、体は捻れない。私が捻れないように針を通したから。
「もう、手下は出ません!お二人とも今です!」
魔法少女さんはフライパンを、アーマーさんは包丁を構える。私は床に伏せた。
「スペクトルチャーハン!召し上がれ!」
魔法少女さんのフライパンからは七色の光線が、
「明時の開き!一丁上がり!」
アーマーさんの包丁からも閃光を纏った斬撃が飛んできてアシキモンを空高く打ち上げた。バーンと音が響き、光の粒になって消えた。
すると、手下が消えて、アシキモンとの戦闘で荒れ果てていたレストランに何も無かったように黄色いチェック模様のクロスがかかったテーブルと椅子が並べられていた。
「やった!」
「倒せたぞ!」
私も二人と同じように倒せたことに安心しかけた時だった。アシキモンに引っ掻かれた右頬が熱い。治ってない⁈
背後にあったテーブルがひっくり返る。枯れ木の方のアシキモンが私に飛びかかってきた。
しまった。完全に油断した。避けることも身構えることも無理だ。
「毬栗!」
茶色いボールが勢いよくアシキモンにぶつかった。そのままの勢いで壁を貫く。私以外のこの場にいた人たちは何が起きたか理解していない。
私は慌ててサシモトとアシキモンが飛んで行った方に走った。
レストランがある病院の広場の中心でサシモトはアシキモンに踏まれていた。バリヤーを張っているが、さっき守るのに力を使ってしまったのか、ガラスにヒビが入るような音が鳴っている。
「私のマスコットから足を下ろしなさいアシキモン!痛いの痛いの飛んでいけ!ニードルスパーク!」
私はアシキモンを思いっきり蹴り上げた。アシキモンは打ち上がり、バーンと音を立てて消えた。
「やあ、やった」
思わず、力が抜けてそのまま地面に倒れ込みそうになった。しかしそうはならなかった。マスコットから人間に戻ったサシモトに支えられたからだ。
「すごいな、ケアシンキュー、本当にすごいなあ!」
「あなたも、すごかったよ。イガグリちゃん。ありがとう」
サシモトの目が少し曲がり細くなった。口の両端が上がっている。笑っている。それに釣られて同じような表情に私もなった。
私はサシモトに右手を差し出す。サシモトはそれを握り返した。
「「これから、よろしく」」