じむのひみつ?!
事務員の仕事内容はその職場によって異なります。
多くの企業の事務ではパソコンを使ったデータ入力や資料作成の知識、電話対応の能力も必要になることもあります。
今回の物語は、とある市民センターの男性事務職員のお話です。
武 頼庵(藤谷 K介)様&XI様が主催する『穏やか事務員さんの真実!!企画』の参加作品です。
穂根木は市民センターで事務員として働く青年である。
このセンターには体育館・図書館・和室・トレーニングルームなどが入っており、市民によるサークル活動も盛んにおこなわれている。
代表的なサークル活動は、体育館を使ったバドミントンや体操、和室を使った茶道や生け花などだ。
穂根木が施設利用者の申請書を整理しているときに、上司が彼を呼んだ。
どうやら何か新しい仕事のようだ。
「穂根木くん。実は君には任せたい仕事があるんだ。ジムのことなんだけどね」
「はい。事務ならお任せください」
「そうじゃない。トレーニングルームの運動器具のことだよ。実際の使用感を調べて、季刊誌に載せる記事を書いてほしい」
この施設の筋肉トレーニング用の器具は老朽化していたため、今年に入れ替えたばかりだ。
穂根木も器具の入れ替えに立ち会っている。
「わかりました。会員さんにインタビューをすればいいんですね。以前の器具との使い勝手の違いなどを」
「いや、実際に穂根木くんに体験してほしい」
「はい?」
「君が実際にトレーニングルームを利用して、感想をまとめてほしいんだよ」
「ちょっと待ってください。私にはふさわしくないですよ。見ての通り、運動は苦手ですから」
本人の言う通り、穂根木はインドア派であり、やせ細っている。
ロクに運動をしていないため、重い荷物を運ぶのも一苦労である。
「だからこそ、だよ。こういう器具を知らない人に紹介するものだからね。不慣れな人がいいんだ」
「そんなものですかねぇ……」
「仕事でやることだから、勤務時間帯に無料でトレーニングができるよ。君自身の健康維持にもいいだろう。何よりも、市民にジムのことを説明するときにも役立つはずだ」
「期間はどのぐらいですか?」
「週に2~3回程度で、まずは2か月続けてもらおうか。季刊誌の原稿を書いた後も、希望があればトレーニングルームの利用を続けても構わないぞ。モニター扱いだから、休日の無料利用も許可する」
「……休みの日に職場にでてくるのはちょっと……。わかりました。2か月ぐらいなら頑張ってみます」
「よく言ってくれた。期待しているぞ。穂根木くん」
* * * * * *
数日後、トレーニングルームには穂根木の姿があった。
スポーツウェアを着た姿は、余計に貧相な印象になっていた。
「大杉さん。私はこういうのは初めてなんで、よろしくお願いいたします」
「はいはい。無理をせずにやりましょうね」
彼にはトレーナーの女性・大杉がついていた。
大杉の指導の下、事前に体温や体重・血圧の測定を行い、記録用紙に数値を書いていく。
その後は準備運動代わりのストレッチを行う。
上半身のストレッチがすんだあと、大杉は部屋の隅にあるヨガ用マットを取るように言った。
穂根木はマットを床にしいて、体育館シューズを脱いでマットに座った。
彼は両足をまっすぐ伸ばし、手を足先の方に向けて身体を倒そうとした。
前屈の動作だが、身体はほとんど倒れない。
両手の指さきは彼の膝あたりだ。
「穂根木さん、やっぱり身体が固いですね。このジムにきて正解ですよ」
「いやあ、上に言われなければ自分ではやらなかったです。私はこれが限界です」
「穂根木さん。無理に曲げようとしないで、力抜いてください。背中を丸くするんじゃなくて、おへそから前に倒れる感じで手を前に伸ばしてください」
言われた通りにすると、その背中に大杉が手をかけた。
「私がおさえておきます。穂根木さんはゆっくりと身体を起こして、後ろに押し戻してください」
言われた通り、穂根木は大杉の手を押し戻した。
もう一度身体を前に倒す。
それを何回か繰り返した。
「気づいてますか。穂根木さん。さっきより手が前に伸びてきてますよ」
「あ、ほんとだ。もう少しで足先に手が届きそうですね」
「私の手を押し戻すときに背中の筋肉を使います。それで背中側の血行がよくなって伸びるようになったんですよ。自宅で一人でやるときはタオルを足にかけて、手で引っ張れば同じことができますよ」
そして穂根木は大杉の指導で他の部位のストレッチも教わっていった。
ある部分を伸ばす動作をした後、次のストレッチでは拮抗筋と呼ばれる反対側の筋肉を伸ばすことで、より効果が高まるらしい。
「ジムに来ない日も、ストレッチは毎日続けてください。夜の就寝前と朝起きたときにやるのが効果的ですよ。できればお風呂上りにも」
「はぁ……できるかなぁ」
ストレッチが終わると、ヨガ用マットをペーパータオルとアルコールスプレーで消毒して、元の場所に収納した。
そして次は自転車型の器具・フィットネスバイクに案内された。
「これでウォーミングアップを行います。特に今日のような寒い日にいきなり筋トレすると、冷えた血液が巡って効率が悪いです。先に自転車をこいで、身体をあためましょう」
大杉はサドルの高さを穂根木の予想より高めに設定した。
「大杉さん、椅子が高すぎませんか?」
「このぐらいで丁度いいんです。そういえば穂根木さんが通勤に使っている自転車もサドルが低すぎると思いますよ。あれじゃあ、両方のカカトがベタッと地面につきますよね」
「え? それが普通じゃないんですか?」
「両方のつま先がやっとつくぐらいがいいですよ。スポーツ自転車に乗る人はつま先が両方とも付かないぐらいまで上げますよ。立ちこぎに近い姿勢になって力がいれやすいんです」
「そこまでしなくていいですよ。私のは電動アシストだし」
「坂道以外はアシストを切った方が運動になりますよ。では、その高さで10分ほど漕いでみましょうか。負荷をそのボタンで調整してください」
言われた通り、自転車でウォーミングアップを行った。
終了後、器具の手が触れた箇所をアルコールをつけたペーパータオルで消毒していった。
この消毒作業は他の器具を使った後もやるらしい。
さて、いよいよ筋トレ用の器具を使うことになった。
最初はレッグプレスという器具だ。
椅子に座った状態で、両足で壁を押す。
すると負荷のかかった椅子が後ろにスライドするのだ。
「穂根木さんの体格だと、そうですねぇ……まずは30キロからいきましょうか」
「すみません。完全初心者なんで、最低値の5キロでお願いします」
「あまり軽すぎてもよくないんですけどね。では、機械に慣れるためということで10キロでやってみましょう」
椅子に座って位置を調整。
負荷を10キロにセットし、板に足を置いた。足の位置は大杉に言われて少し変更した。
「じゃあ、ゆっくりと足を延ばしてください。呼吸を止めないでゆっくりとですよ。膝が伸びきる前に止めてください。完全に伸ばすと足を痛めますから」
穂根木が足を踏ん張ると、椅子が後ろにゆっくりとスライドした。
膝が伸びきる前にとめた。
「今度はゆっくりと曲げていきましょう。呼吸はつづけてください。まずはこれを10回やりましょう」
10回続けて台を降りた。
記録用紙に今回の椅子の位置と負荷の数値を書いた。
次に案内されたのは、ショルダープレスという重量挙げの器具の一種だ。
「無理をすると肩を痛めますからね。慣れるまでは軽いぐらいでいいです。5キロでやりましょう」
「一番軽い2.5キロでもいいかも。では、やってみますね」
椅子に座って高さを調整する。
負荷を5キロにセットし、バーを両手で握った。
そしてゆっくりと持ち上げた。
「むぎぎ……けっこうキツいです」
「呼吸を止めずにゆっくりと下ろしてください。そうですねえ。2.5キロに変更しましょうか」
一番軽い負荷に変更してショルダープレスを試し、その後で他のいくつかの器具を試していった。
どの器具もかなり低い負荷にしていたが、穂根木にはキツそうだった。
トレーニングジムでは他の一般の利用者も利用していた。
体格の良い男性がショルダープレスの椅子に座ると、いきなり40キロに設定した。
苦しげな様子もなく、バーを上下させている。
「穂根木さんも、鍛えていけばあのぐらいできるようになります」
「先は長そうです。っていうか、そこまではやりません」
いくつかの筋肉トレーニングの器具を試した後、水分補給を行う。
少し休んで、今度はトレッドミル……いわゆるランニングマシンに案内される。
「今回は機械に慣れるためですので、走らない程度にしましょう。スピードは時速6キロで、速足で歩く程度がいいですね。10分くらい歩いてみましょうか」
穂根木は器具に乗ってバーを握る。
スピードの設定を行うと、ベルトコンベア状の踏み台が動き出した。
歩きながら少しずつ速度を変更し、時速6キロまで上げた。
「慣れてくれば、傾斜を変えて負荷をあげることもできますよ」
「それはまた今度でいいです」
器具の上で早歩きを行う。
このぐらいの速さだと筋トレ器具よりは楽であった。
やがて10分が経過し、穂根木は器具から降りようとした。
「あ、停止させてから降りないと危ないですよ」
「うわっとっと……」
転びそうになった穂根木は、バーをしっかり持って歩行を続ける。
スピードを少しづつ遅くしていく。
「操作パネルにクールダウンのボタンがあります。それを使えば1分かけて少しずつ速度が落ちますよ」
「はぁ。次回はそれを使ってみます」
他のいくつかの器具を試した後、ストレッチをやって終了することにした。
「運動前のストレッチは、準備運動とケガの予防の意味があります。運動後は、疲れを残さないことや筋肉痛を和らげる効果があります。運動後のストレッチはさっきより時間をかけてやっていきましょう。1つの動作で、伸ばした状態で20秒くらい維持してください」
「はぁ……。わかりました」
言われたとおり、ゆっくりとストレッチを行った。
身体が温まっているせいか、運動前のストレッチより伸びるようだ。
「大杉さん、今日はありがとうございます。来週もよろしくお願いします」
「器具の使い方は一通り説明しましたので、後は一人でも大丈夫ですよ。私が次に来るのは来週ですが、穂根木さんは毎日やるんですよね」
「いえいえ。さすがにキツそうなので、週に2回だけにしときます」
「そうですか。慣れてくるまで無理はしないでくださいね」
こうして穂根木の初のトレーニングルーム利用が終わった。
仕事着に着替えて事務室に戻ると、同僚の職員から「お疲れ様です」「これからも頑張ってくださいね」などとねぎらいの言葉を受けた。
穂根木は今回のトレーニングで気づいたことや、他の利用者と会話したことなどをノートに書きだした。
* * * * * *
翌日、穂根木は自転車での出勤途中に公園で一休みをしていた。
身体のあちこちで筋肉痛がでていたが、自宅でもしっかりとストレッチをやったおかげか、たいした痛みはでずに済んだ。
大杉の指示通り、電動アシストを切って走ると思いのほか疲れたのだ。
ここからはアシストをONにした方がよさそうだ。
公園のベンチで腰かけて「ジムってたいへんだー」と言いながら、なんとなく前を見た。
彼の目に映ったのはジャングルジムだった。
事務員さんの仕事風景……とはちょっと違うので、企画の趣旨からズレてるかも?