31-1.二人だけの王都決戦 - 王城潜入 -
再び俺は情報屋のバレンタインに化けて、入念な情報収集に入った。一日、また一日と日々が過ぎ去ってゆき、それにつれて物事の様相も少しずつわかってきた。
頼んでもいないのにイウルンのやつが姿を現し、俺には手の届かない政治や連絡の部分をカバーしてくれた。
その日もイウルンが宿の私室に現れて、物思いにふける俺の向かいに腰掛けた。
「本気で1人でやる気……?」
「1人じゃない、俺とモモゾウの2人だ」
「少しはあたしらと協調しなよ、なんでもかんでも1人でやろうだなんて無茶すぎ……」
「死の指輪のことを黙っていたくせによく言う」
監獄の有力諸侯たちにあの指輪が取り付けられていたことくらい、イウルンの立場ならば把握していたはずだ。それをこの女はあえて俺に黙っていた。
「しつこいなぁ……。些細な問題でしょ?」
「そのセリフは、その綺麗な指を斬り落としてから言え」
「綺麗ってマジ!? あははっ、国に帰ったら指を褒められたって自慢しよっ!」
「……忘れていたよ、アンタには皮肉が通じなかったんだった」
あの監獄での決起よりかれこれ10日ほどが経っていた。ギルモアたちは自分たちの領地に引き返して、王都から見て西の土地で再集結を始めている。
反乱軍側も出し惜しみしていた兵力をかき集めて、ギルモアたちを迎え撃とうと動き出していた。
「問題はさ……潜入して何をするかだよね~……」
「ああ」
「ホーランド公爵の首を狙うつもりだっんでしょ? 最初は」
「そうだ。首謀者が死ねば戦争が終わると思っていた」
そのつもりで王都に滞在し、暗殺のための情報をかき集めた。だが、ホーランド公爵は調べれば調べるほどに妙だった。
ガブリエルの魔剣のみならず、ギルモアたちの死の指輪までもがこのホーランドが出所だとわかった。女官をガブリエルに斬らせたこともあったそうだ。
「ホーランド公爵、こいつはどうも妙だ。今日まで集めてきた情報が正しいのならば、戦争勃発前後で人格が変わっている。元から狡猾な男だったそうだが、ここまで残虐だと思わなかった。そういった証言が多い」
「なら本当に別人と入れ替わってるとか?」
イウルンにジト目ってやつで指をさされた。こちらの得意技と、あちらの得意技が同じであってもおかしくはない。事実、アイオス王子への擬態は戦局を変えた。今やアイオス王子は英雄的指導者だ。
「その可能性は高いのかもな」
「それか、後ろから指示を出しているやつがいる可能性もあるね。その場合は、ホーランドをぶっ殺しても解決しないね」
「だから悩んでいる。誰の命を盗めば戦争が終わるのか、わからない……」
「いっそ王様を盗むとか?」
「それでは王都での決戦は避けられない。攻城戦になれば民に被害が出る」
「もう、正直じゃないなぁ~。弟とお母さんを守りたいって素直に言いなよ」
アンタ、その情報をどこで知った?
俺は敵意を隠しもせずにイウルンを睨んだ。本気の敵意を向けたはずなのに、彼女は俺の興味が引けたと喜んでいた。
コイツも恐怖心が麻痺している人種らしい。
「ぶっちゃけ、親しみを覚えた。正義のために全てを投げ捨てて戦う義賊ドゥ。それはそれでカッコイイけど、共感しにくかったんだよね~。でも、今はこうして自分のわがままで動いてる」
「家族のことを報告したらアンタを殺す」
「しないよ。ちょっとお母さんと弟とは話したけど……わっ?!」
「2度と近付くな」
ラウンドテーブルにナイフを突き刺して脅した。脅しが通じるやつじゃないが、意思は伝わるだろう。
「うちの王子様たちが、帰ってこいって言ってるよ?」
「俺は誰の指図も受けないと返しておけ」
「あ、そういうセリフ、あたしも1度くらいは言ってみたい。……あ、報告はしないから安心して?」
「本当だろうな?」
「うん、約束する。弱味は握ったつもりだけどね……?」
ナイフを突きつけた俺の手に、彼女は蛇のように指先をからみつかせてきた。
「好きにしろ」
「やった、ふふふ~♪ 何お願いしちゃおうかなぁ……?」
こういう好色なやつには慣れている。
ナイフを腰に戻して、右手は彼女の好きにさせた。……突然始まった指相撲には勝った。
「王か」
「あ、王様を盗むプランでいく?」
「それも悪くないが、王に接触してみるのもいいかもしれないな……」
「あ~、なっる。情報の中枢にいた人だもんね~、うんっ、ありっちゃありかなぁ~?」
席を立った。昼寝中のモモゾウを袋に入れて、それを腰に結び付けた。
「ちょっと待って、決断早くないっ!? ちょっとお布団で休んでからにしようよぉ~?」
「敵が囚われの王に何か漏らしている可能性は高い。暗殺の予行演習にもなる。ちょっと会ってくる」
「性欲を持て余したあたしはっ!?」
「そこで寝てろ」
俺は宿を出て、念のため迷惑がかからないように溜まった宿泊代を支払った。目指すは王城、ペレイラ・クロイツェルシュタインが軟禁されているという王の私室だ。
俺は準備をしておいた裏ルートを使って、兵力不足にガバガバの警備と城壁をすり抜けた。
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どんな手で潜入したかといえば、まあいつものやつだ。俺は将校に化けて城内部に入り込んだ。
仕立屋に同じ軍服を、武器屋に似たサーベルを手配してもらい、姿形も何度も化粧の練習をして似た姿に化けた。
自己評価で60点といったところだ。顔の骨格もだいぶ違うし、まだまだ改良の余地があった。
「これはクリンゲル大佐、何かご用で……?」
「うむ、王に緊急の報告がある。通せ」
「王に、報告……? どういうことです?」
「ホーランド公の指示だ。あの方の酔狂は、我々下々の者にはわからない」
事前調査により、かなり酔狂で雅なやつだと把握している。この話も不自然はないだろう。事実、彼は王の私室を開き、道を開けてくれた。
「大佐、陛下にあまり心労をかけないでやって下さい……」
「貴様、俺に逆らう気か?」
「そういうわけではありませんっ。ただ、ただの私の希望です……」
「一考してやろう」
このクリンゲルという親衛隊の裏切り者だ。高圧的な男を演じて、俺は王の広い私室に踏み込んだ。背後の扉が閉じられ、きっと王は寝室だろうと奥の扉を開いた。
「誰かと思えばお前か、クリンゲル……」
「……いや、少し違う」
寝室の扉を閉じて、王の姿を目で追った。長い髪がボサボサで、ヒゲが伸び放題、風呂に入っていないのか中年男性特有の体臭がきつかった。これは一国の王に対する待遇ではない。
「また我をいたぶりにきたのか? まあ、座れ」
「そうしよう」
座れと言うので、王と同じテーブルに腰を落とした。テーブルの上には汚れの染み着いたティーカップと、こぼれたパン屑が散らばっている。
「何用だ?」
「お聞きしたいことが1つ」
「言ってみよ」
「ペレイラ・クロイツェルシュタイン、王であるアンタに尋ねる。誰の命を盗めば、この戦争は終わる?」
「何を……。む……」
最近は説明するよりもモモゾウを出した方が早い。袋を取り出してテーブルに置くと、中からアーモンドを持ったモモゾウがヒョコリと姿を現した。




