24-1.信用泥棒、後日談 - 再潜入 -
戦略的に見ればスティールアークでの反乱は捨て置くべきだ。俺たちの目的は奪われた玉座の奪還であり、自滅した領主に手を差し伸べてもなんの意味もない。
反乱を起こした傭兵たちも野盗とそう変わりなく、味方に引き込んでも統率を乱すだけだ。だから今回の作戦は、ランゴバルト正規軍騎馬隊だけで片付けるつもりだった。
『君たちの軍勢は疲弊しているだろう。我がリステンの騎馬兵を連れて行け、300もいれば十分だろう』
『いいのか……? この戦い、アンタたちにとってなんの意味もないぞ』
『利益ならあるだろう。気に入らない男に貸しを作れる』
『……わかった、これはアンタへの借りだ。兵を貸してくれ、どうしても助けたい人がいるんだ』
俺たちは騎馬隊を率いてスティールアークに急行した。もちろんオデットも一緒だ。半日もない距離とはいえ、到着した頃にはもうを夜を迎えていた。
「なっ、騎兵っ!? ヤベッ、逃げるぞっ!」
「んなのわかってらっ!」
「なんでだよっ、こんなに早くくるなんて聞いてねぇよっ!?」
「こらぁーっ、私たちの町から勝手に盗むなーっ!!」
傭兵たちはスティールアークの家々で略奪を行っていた。といっても、人々が捨てた町に金目の物なんてそうそうなかっただろうな。
「盗賊ドゥ、あの盗人どもの掃討に兵を100名ばかし割いてもよろしいか?」
見るに見かねたのか、リステン騎馬隊の隊長が不快そうにそう願い出てくれた。
「そういう話はオデットに頼む」
「ちょっ、こっちに振るのっ!?」
「俺はただの無教養者だ、実は文字も書けん。軍隊の指揮なんて全くわからん」
「我々にはそうは思えませんが……」
「じゃあ……お願い。みんなの物を取り戻してくれる、隊長さん……?」
「お任せを、オデット嬢」
兵力を町に割いた。残り200名はピッチェの屋敷に向かい、正面入り口を封鎖した。
そこからはあえて動かずに沈黙していると、震え上がったクズ傭兵たちはすぐにこちらに使いをよこしてきた。
「だ、団長の言葉を伝えるぜ!? やいやいてめぇらっ、何勝手に攻めてきてやがる!? いいか、豚野郎の命が惜しかったら金と交換だ! 金払わねーなら、ピッチェのクソ野郎を殺すっ!!」
「豚はいらん、勝手に殺せ」
「な、何ぃぃーっ!? ならおめぇら、なんのためにきたんだよぉっ!?」
「屋敷に残ったみんなを助けにきたに決まってるでしょ!」
「とにかく豚はいらん、勝手に処分しろ」
「処分っておい……。ま、言われてみりゃ、その通りなんだけどよぉ……。ちょっと待ってくれ、団長ともう1度話してくるわ……」
こちらの意向を伝えると、交渉役が屋敷に戻っていった。
俺の方は物陰でメイド服に袖を通して女に化けた。メイド長――元領主の娘であるアンナがどうしても心配だったからだ。
「じゃ、交渉は任せたぜ」
「うわ、やっぱり反則だよ、それ……。綺麗過ぎ……」
「これが男で名高き義賊とは、誰も気づきますまい……。いい女です……」
「違う、俺は義賊ではなく……いや、もういい……」
やつらの不満が金の未払いならば、これは金で片付く話だ。そっちはオデットが上手くやってくれるだろう。そしてそんな中、俺の役割が何かあるとすればそれは保険だ。
「ドゥ、モモゾウちゃん、どうかみんなをお願い……。私の知り合いもいっぱいいるの……」
「うんっ、ボクチンに任せて、オデット!」
「ま、やれるだけのことはするさ」
物事の因果関係から見れば、俺がピッチェから金を盗んだからこうなった。そうやっていちいち気負う気は俺にはさらさらないが、もし被害が出たら胸くそ悪い。
俺は以前のように屋敷の生け垣を音もなく駆け上り、夜の庭園内部へと潜り込んだ。かがり火の大半は消されており、兵の数も市内に散開したのもあって少なかった。
この戦乱が俺たちの勝利で終われば、ピッチェはスティールアークの支配権を失う。よってピッチェの身柄にはなんの価値もない。
だが軍師リックソンが言うには、反乱諸侯の1人であるピッチェに恩赦を与えることは、内戦の流れを変える上で大きな価値があるそうだ。
まあ、わからんでもないが……ピッチェが味方になるんだなんて展開は、俺とオデットからすると最悪だ。
「モモゾウ、窓の鍵を開けてきてくれ」
「みんな無事だといいね……っ」
「そのことはあまり考えるな、気を取られるぞ」
「うん……」
影となって庭園を進み、使用人たちが暮らす女子寮の窓辺まで音もなく忍び寄った。
部屋の扉が開けっ放しの部屋を選んで、モモゾウに潜入を依頼した。少し待つと、モモゾウがビタンと窓に張り付いて、全身を使って施錠を解いてくれた。




