6-2.豚貴族の懐に吹くつむじ風 2/2
「抵抗したら殺す。まず俺の上からどけ、薄汚いヒキガエル野郎」
「んむっ、んむぐぅぅーっ?!」
どかないので豚貴族の股間を蹴り飛ばして、俺はベッドの上でヤツの上にまたがった。
ベッドシーツを引き裂いてそれで手足を拘束し、その手早さでヤツにプロの仕事であることを悟らせた。
「俺の目当てはアンタの命じゃない、アンタの金だ。宝物庫の魔法鍵の場所を教えろ。言っとくがアンタのせいでこっちは最低最悪の気分だ。すぐに答えないなら、股間の汚いモノをズタズタに引き裂く」
豚は口を封じられたまま、鼻で悲鳴にならない悲鳴を上げて漏らした。
それから必死の形相で壁へとあごをしきりに向ける。
魔法鍵は壁に飾られたドライフラワーの向こうに巧妙に隠されていた。
「本物だな。さて、では死んでもらおう」
「フ、フゴォォッッ?!!」
「弱者を食い物にする豚に生きる資格はない。いつか同じ地獄で会おう」
半分本気、もう半分はやっぱり殺しだけは無しだ。
ヤツの顔面にナイフを突き下ろすと、豚は首をよじってそれを避けた。ヤツは恐怖のあまりに泡を吹いて失神したようだった。
「盗賊王に感謝しな。昔の俺だったらぶっ殺してた」
鍵を持ってピッチェ子爵の部屋を出て、宝物庫に向かった。
魔法鍵がかかっていれば盗まれることはないと鷹をくくっていたようで、見張りすら立っていなかった。
あるいは、誰も信用していないのかもな。
「モモゾウ、退路を探ってこい。ん、どうした?」
「こ、恐い……」
「今さらビビるな」
「違うよ……っ。ドゥ、もうあんな恐い声、出さないで……恐かったよぉ……」
「そうか……。悪かった。お前がヘタレなのを忘れていたよ」
「絶対! 絶対だよ、ドゥ!」
モモゾウと別れて宝物庫の目利きを始めた。
小分けにされた金貨袋が床に並べられている。棚の方には宝石の詰められた布袋が置かれていた。
美術品やアンティークの類もあったが、こちらは足が付くので止めておこう。
今回は足取りを追われたくなかった。
大きな荷物袋に宝石を7割、金貨を3割の比で詰めると、モモゾウが戻ってきた。
「そんなに盗むの!?」
「2往復するぞ」
「えーっ、無茶だよぉ……っ!?」
「あれは町から奪われた金だ。根こそぎ奪い取るぞ」
オデットは屋敷近くの林で待機している。
俺は財宝を背負って屋敷1階の屋根に降り、庭園を抜けて屋敷の塀をよじ登った。
「よかった、無事だったのね、ドゥ!」
「うっ……」
「どうしたの、怪我してるのっ!?」
「い、息切れが……」
「あんなに盗んだら当たり前だよーっ」
「わっ、モモンガちゃんが喋ってるぅっ!?」
もちろん、オデットと合流した後にもう1往復した。
ヤツが町の者から奪ったアンティークも奪ってやりたいところだったが、それをしてしまうと町の者が疑われる。それに3往復は体力の限界で無理だった。
暗闇の林の中をロバと一緒に荷台を軽く押して、俺たちは町の郊外へと逃げた。
「ねぇ、なんで町から離れるの……?」
「町には戻らない。この金は外に持って行く」
「ぇ……」
「町に戻してもまた奪われるのがオチだ。それじゃ何も解決しない」
「そっか……だったら、どこかに隠すのよね……?」
「いや。この金で武器と防具を買う」
「えっ、えぇぇーっっ?!」
「完全武装した自警団を編成すれば領主も暴挙を働けない」
「それは、町の男たちも同じようなこと、言ってたけれど……」
「だったら事後承諾で済むな。王都に知り合いの闇商人がいる。そいつならこの金を武器防具に替えてくれるだろう。俺がそこまで運ぼう」
プランに不満があったのか、オデットがロバを止まらせた。俺が持ち逃げするつもりなのではないかと、普通は疑うところだろう。……だがオデットは違った。
「商談なら私がするわ。だってこのお金は元々スティールアークのお金で、商談はドゥの専門じゃないでしょ?」
「アンタには雑貨屋の仕事があるだろう」
「次の町でお母さんに手紙を書くわ。仕入れのために少し離れるって」
「本気か……?」
「手伝わせて。だって私たちの町のことだもの。貴方の善意だけに頼るなんて嫌よ、私! 私たちのために、あんな危険な仕事をしてくれた貴方に、私は酬いたいの! お願い、手伝わせてっ!」
運び屋の仕事だけという約束だったのに、ずいずいと踏み込んでくる女だ……。
「ドゥ、そろそろ人間の友達を作ったら?」
「モモゾウ、急に出てきて人聞きの悪い言い方をするな……」
「だって、こんなにかわいくていい子なんだよっ!? ボクチン、オデット好き! 傭兵からドゥを庇ってくれてありがとう!」
「本当っ!? 私もモモゾウちゃんが大好き!」
「へへへ……親愛の印にボクチンのお腹を触らせてあげる!」
「い、いいのっ!? わっわっ、ふわふわ……ふわふわだわ……っ!」
相棒のモモゾウが認めると言うならば、その相棒として譲歩しなければならないだろう。
『俺はお尋ね者だ。王都で商談が付いたら別れる。それでもいいか』と訪ねると、オデットはためらうことなくうなづいた。
こうして騒がしい同行者オデットが加わった。いつだってモモゾウと2人だけだった旅に、小さなやすらぎが生まれてゆくのを感じた。
俺は盗賊。彼女は商人。俺たちは正反対の存在だ。
富を分け合うのが彼女たち商人なら、俺はただ人から奪うだけの野獣だ。そんな俺にとって、オデットはあまりに歪み無く、正しく、まぶしい存在だった。
「な、なんで……私のこと、そんなに見るの……」
「特に意図はない」
こんな女、生まれて初めてだ。オデットは他のやつとは少し違うような気がする。俺は彼女が不思議でしょうがなく、なのでずっとその横顔を見つめて物思いにふけった。
「見、見すぎっ、見過ぎだってばっ! だからなんなのよーっ!?」
「意図はない。人が星や月を見上げるようなものだと思う」
「はぁっ、意味わかんないわよっ!?」
この女……綺麗だ。
暖かい感覚が胸の中で膨らんで、俺は彼女から視線をそらした。
綺麗な女だ。心も、姿も、生き様も。他者に対してこんな尊敬の念を覚えたのは、盗賊王のジジィに出会って以来だった。
『俺たちは義賊じゃない、盗賊だ。死んでも義賊とは名乗るな』
ジジィの残した悪の流儀は、今もこの胸の中で錆びることなく輝いている。
俺とモモゾウは義賊ではない。俺たちはただの盗賊だ。だから俺たちは正義のためではなく、盗賊としての個人的なわがままに従って、スティールアークとオデットを助ける。
俺たちは悪だ。
悪の流儀に従う悪だ。正義や義賊を騙る気はさらさらない。
俺たちは、悪だ。
もし少しでも気に入ってくださったら、画面下部より【ブックマーク】と【評価☆☆☆☆☆】をいただけると嬉しいです。