19.渡岸不能の総司令ベロス
・総司令ベロス
総兵力25000人。万全とは言えなかったがやつらを叩き潰すには十分すぎる軍勢を率いて、我が軍は最終目的地ランゴバルド領への進軍を開始した。
諸侯のせいでだいぶ出遅れることになったが、この戦はもはや勝ったも同然だ。色々とストレスもあったが、最終的にはこのベロスが勝つ。勝利の栄光と大出世は目前だった。
「すまぬ、ベロス卿」
「どういうことだ、モース伯。なぜ跳ね橋を下げない……?」
「下げないのではない、下げられないのだ……」
やがて我が軍はアインガルド市に入った。
時刻は夕刻。一部の軍勢だけでも今日中に橋の向こうに渡らせる予定だったというのに、東側の跳ね橋が上がったままだった。
「情けない話だが、動力を盗まれてしまった……」
「盗まれた、だと……?」
「ルードと名乗る兵士に化けた自称学者に、動力室から秘宝【鳩の心臓】を盗み取られたのだ……」
「ハ、ハハ、ハハハハ……。ああ、それは、ヤツの常套手段だ……」
「は、ヤツとは誰のことだ……?」
「盗賊ドゥだ……。ヤツ以外に考えられん……」
「だが盗賊ドゥは、勇者と共にまだ沿海州いるのでは……?」
「ならば答えろっ! 他に誰がっ、あのアインガルドから宝を盗み出せるというのだ……!? やつ以外にはあり得ない!!」
どこまでも、どこもまでも、どこまでもあの薄汚い掃き溜め生まれの下民は俺の邪魔をして……っ!!
この橋を渡ったら、貴様の四肢を惨たらしく牛に引かせて引き裂いてくれる!!
「ベロス殿、息が荒い……少し落ち着かれよ……?」
「はぁっ、はぁぁっ、お、俺は落ち着いている……」
「ええ、そうですな、落ち着いて下され」
「うむ……。とにかく復旧を急がせてくれ、これ以上の遅延はまずい……」
「いや、それは無理なのだ、ベロス殿。あの橋は、秘宝がなければ全く動かないらしい……」
「な……っ、なんだとぉぉぉ……っっ?!!」
「おまけに誰が裏で糸を引いているやら、船まで消えた……。渡し船の手配から始めねば、あの河は渡れない」
ドゥ、貴様……貴様ふざけるなっっ!!
これでは、これでは渡れぬではないかっ、貴様を叩き潰しに、行けぬではないかっ!
俺はなんてホーランド公爵に言い訳すればいいのだ!?
か、解任……このままでは、解任されてしまいかねん……っっ。は、腹、腹が……っ。
「どうにかしろっ、どうにかしてくれっ!! ここで足止めされたらっ、俺の立場はどうなるっ!?」
「お察ししますよ、ベロス卿。いやぁ参りましたねぇ……」
「何をのんきな! 貴侯も責任を問われるのだぞ!」
「いっそ、向こうに亡命するというのは……?」
「裏切り者の我らが、今さら許されるわけがあるかっ!」
渡岸不能。動力は盗まれ、恐らくは敵の手の内。
辺りの船という船をかき集めて、アインガルド大橋なしで全兵力と物資をあちらに渡した上で、補給線を維持してゆかなくてはならない……。
俺は頭を抱えながら、ホーランド公爵への言い訳の報告書を作るはめになった……。
盗賊ドゥは単騎で1万の兵を超える強敵。盗賊ドゥに盗めぬ物なし。ヤツを過大評価した報告書は、1文字1文字が俺には拷問だった……。
俺は認めない……。
ヤツが世界で最も優れた工作員であるなど、絶対に認めない……!
ヤツは愚かで無能な下民であるべきなのだ!




