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5.雑貨屋のオデット

 王都を目指す俺はその日、スティールアークと呼ばれる町に立ち寄った。

 いや引き返してきたとも言える。あの時は隣に勇者カーネリアがいて、なぜだか嬉しそうに笑う彼女にこの町の話をしてやった。


「ドゥ、待って、なんか変だよ……?」

「知ってる」


「この町は止めようよ……なんだか、おちりが、ピリピリするよぉ……」

「ああ」


「ああ。じゃないよぉーっ?!」


 ここに寄ったのは半月前だっただろうか。

 パッとしないがそれなりに活気のある町だったのに、今は空気が淀んでいるというか、ピリピリとしている。


 その原因はすぐにわかった。


「そこのメガネ、止まれ! ……おい、お前だ、止まれと言っているだろう!」

「ああ、俺か」


 振り返ると、曇ったメガネの向こうに人相の悪い傭兵風の男たちがいた。


「旅人か?」

「……旅をしながら各地の歴史を研究している。そちらは?」


「そうかい、ついてなかったな、学者さん。俺らは雇われの徴税官だぜ」

「その風体で徴税官? 冗談だろ?」


「悪いなぁ、学者さん。俺たちも仕事でなぁ……んじゃ、財布を出しな」

「別にいいが……。前にきたときはこんな町じゃなかった。何があった?」


 出せと言うので素直に財布を差し出した。

 どうせ元から俺の金じゃない。彼らは財布を平気で人に渡す変わり者に驚いていた。


「領主が変わったんだよ」

「ピッチェ子爵。あれは俺らもドン引きのヒデェクズ野郎だぜ」

「守銭奴な上に、若い娘を食い散らす変態野郎だ」


「おい! 雇い主なんだからそこまでは言うな……」


 空っぽのスカスカになった財布が返ってきた。

 クズ貴族による臨時徴収。たまにあるらしいが実際に遭遇したのは初めてだ。


「お前……もしかして同業か?」

「なぜそう思う?」


「俺らにビビらねぇ……。んな学者なんてそうそういるわけねーだろ」

「傭兵はやったことないな」


「本当か?」

「ああ。これで世界中を回っているから、荒っぽい連中に慣れているんだ。ん……?」


 さてどうこいつらから金をスリ返してやろうかと、俺はチャンスをうかがっていた。

 ところが妙なことになった。というのも俺のすぐ隣にうら若い女が突然に割り込んできて、無謀にも傭兵たちを睨み付けたからだ。


 そしてその女は長さもあってやたらと目立つブロンドを日射しに輝かせながら、少しもおくびれずにこう言った。


「待ちなさいよっ、その人はこの町の人じゃないわ! いくら領主様でも旅人から臨時徴収をする権利なんてないはずよっ!」


 年齢は18歳前後だろうか。その灰色の瞳には迷いがなく、女だというのに鋭く勇敢だった。

 同時にこう思う。この子は『善』だ。あるいは誰にでも噛み付く頭のネジが飛んだ狂犬かのどちらかだ。


「おう、気の強ぇお嬢ちゃんだな。だが、ちょいと若すぎるな……」

「ケツの青いガキは引っ込んでな。こちらの学者先生はよ、納得してんだからよ」

「ああ、この程度で済んでよかったと思っている。ありがとう、傭兵さん」


 ここはこの娘を出汁にさせてもらおう。

 俺は言い争うつもりはないと演じて、傭兵の1人とハグをして見せた。


「よしてくれよ、学者さん、男のハグなんて嬉しくもねぇ!」

「ああ、俺もだ。だがこうすれば彼女も引っ込む」


 傭兵たちに背を向けて、彼女の背中を強引に押した。


「ダメよ、学者さん! お金、取り戻さなくていいのっ!?」

「いいんだ。アンタのおかげで、その必要もなくなったしな」


「へ……?」

「おい待て、学者! ……その女を口説くのは止めた方がいいぜ。いくらなんでも傭兵にケンカ売るなんて、頭おかしいぞ、ソイツ……」

「ヒャハハッ、違いねぇ! 止めとけ止めとけ! アレに噛みつかれるぜ」


 酷い誤解だが、堅気の子を巻き込みたくなかったので俺は演じることにした。


「いいんだ、俺はこういう女が好みなんだ」

「え、ええっ……?! なっなっ、学者さん何を言って……っ」


「いいからこっちにこい。傭兵にケンカを売るなんて、何を考えてるんだアンタは……」


 俺は善なる女を引っ張って、ちょうど目に入った飲食店(ダイニング)に入った。


「おや、オデット! なんだぁ、彼氏連れかぁ!?」

「知り合いか?」

「だって、ここうちの近所だし……」


「なんだ、彼氏じゃねぇのか?」

「オデットに助けてもらったんだ。外で臨時徴収を食らってな」


「ああ……そりゃついてねぇな、兄ちゃん」

「助けてないわよ! お金、取られちゃったじゃない……」


 悔しそうな顔だった。自分のことで精一杯だろうに変なやつだな……。


「金ならある」

「え……でもお財布……」


「この金貨が目に入らないのか?」

「おおっ、10万オーラム貨が3枚も! 兄ちゃん意外と金持ちだねぇ!」


 もちろん、さっきのやつから盗んだ金だ。

 奪われた金と差し引けば、26万オーラムほどの黒字だった。

 ただ、これは臨時徴収として奪われた金だ。この町の外に持ち出すべきではない。


「そうだな、オデットに世話になったのだから、この金はこの店で全て使ってしまおうか」

「……へっ?! つ、使うって、まさか30万オーラム全部ってこと!?」


「店主、この金でありったけの飯を作ってくれ」

「あ、ああ……。こっちは不景気だからそりゃ、いいんだが……」


「オデット、家族や知り合いをこの店に呼べ。この店に入るだけ全員だ。そしたらどうにか食い切れるだろう」


 店主もオデットも口をパクパクとさせていた。

 当然、いやそういうわけでもいかないと遠慮されたが、最後は俺の望み通りになった。


 店主が臨時のバイトを雇って食材をかき集め、その奥さんたちが厨房でフル稼働で働き、料理を店中のテーブルに配膳した。


 人が集まり、それがちょっとした祭りとなってさらに人が集まり、酒樽がどこかの家から持ち込まれ、臨時徴収に膿んでいた人々の心を潤わせた。みんなが笑っていた。


「酷いな……」

「酷いなんてもんじゃないよ。うちの店ももう3度も売り上げを持って行かれてさ、もう仕入れのお金も底をついちまったよ……」


 オデットはこの雑貨屋の娘だった。

 父親が近隣の町や村で仕入れをして、母と娘でそれを売る。そういう昔ながらの商売をしている小さな商家だった。


「ありがと、ドゥ。ドゥのおかげでみんな元気になったわ。うちのお母さん、ずっとふさぎ込んでたから……」

「ごめんね、オデット。お腹がいっぱいになったら途端に元気が出てきたよ」


 ジジィ、いや盗賊王ならどうするだろうか。

 俺はオデットとその母、酒と飯に陽気さを取り戻した町の連中を眺めながら考えた。


 領主から金を盗む?

 いや、盗んだところで徴収が激化するだけだ。町の者が疑われ、全て取り返されるだけだろう。


「ドゥ、助けようよ」

「喋るな。お前は俺に飼われるただの食いしん坊モモンガだ」


「助けてあげてよ、ドゥ!」

「わかったから黙れ」


 店の者がもう働けないと根を上げてお開きになると、俺は夕空を見上げながら店を出た。

 領主から金を盗み、そしてそれを奪われない富に変える。そのために歩き出すと、引き留められた。


「ドゥ、待って!」

「なんだ?」


「そっち、領主の館がある方向……」

「……そうだったか」


「ドゥ!」

「なんだ、まだ何か用か?」


「私、思い出したわっ。大盗賊ドゥ、リーングランド王の王冠を盗んだ男……っ。それが、こんなに若かっただなんて……」

「はっ、偽名を使った方がよかったな……。そうだ、俺がそのドゥだ」


「じゃあ、さっきの金貨……」

「あれはさっきの連中から盗んだ物だ。あいつらはどうせ徴収額なんて数えちゃいない」


 盗賊というのは変な生き物だ。

 己の悪行を秘密にしなければならないのに、その仕事を人に語りたくなる。盗賊王だってそうだった。


 盗みに気づいてくれる存在に、ついつい好意を覚えてしまうのが俺たちだ。


「領主様から盗むの?」

「……さて、どうだろう」


「なら手伝わせて。ドゥ1人に任せるなんてできないわ!」

「いや、だが……それは……」


 俺は悪で、彼女は善だ。俺と関われば彼女は歪むかもしれない。

 俺だって昔は純粋だった。だが悪党に囲まれて生きてゆくうちに、黒く染まってしまった。


「お願い、私がいれば少しでも多く奪い取れるでしょ?」

「……確かにな、確かにその通りだ。だったら運び屋――運び屋だけ頼もうか」


 だが気が変わった。

 俺たちは奪われた物を取り返しに行くだけだ。


 取り返すことは罪ではない。誰もが持っている正統な権利だ。

 俺は若い割にやり手の商人オデットに、ロバ車と変装道具の手配を依頼した。


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