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4.5億オーラムの損失

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本日こそ、21時にもう1度更新します。

 あの時はさすがにムカついたが、いざ自由になってみるとガブリエルとベロスのアホに感謝したくなった。連鎖的にカーネリアが不憫にもなったが、それはどうにもならない話だ。


「ドゥ、ボクチン、お腹空いた……」

「はぁっ、これだから小動物は……」


「ムギュッ?!」

「勝手に俺の分を漁って食え」


 荷物袋に空腹のモモンガを押し込んで、俺は大都市トリッシュの裏通りから露店街に出た。

 目当ては銀行に預けた1億オーラムの前金だ。今からこれを全額処分する。


「返して下さい! 家ではお腹を空かせた妻と娘が俺を待っているんですっ! 今日こそちゃんとパンを買って帰らなきゃ――」

「うるせぇよっ!」


「アグッ……!?」


 ところが露店街を通り過ぎて寂れたエリアに入り込むと、汚い強盗野郎が貧相な露天商を殴り付けるのを見た。


「おっと悪い、ヒャハハッ、手が滑ったわ」

「ぅ、ぅぅっ……返して……返して下さい、お願いします……子供が、7つの子供が待っているんです……」


「んっ、なんだよ……たった5000オーラムしか入ってねーじゃねぇか。ヒャハハハッ、稼ぎの悪い親父を持ってガキは不幸だなぁ! こんな商売止めて奴隷にでもなれやクズ!」


 これはなかなか理想的なカモだ。俺はよそ見をしている振りをしてその強盗野郎にぶつかって、軽い一仕事を済ませた。


 この強盗、酒とゲロと血が入り交じった嫌な臭いがする。クズの中のクズの臭いに、俺は奇妙な安堵を覚えながら財布を握り締めた。


「おい、小僧ッ、誰にケンカ売ってやがるっ!!」

「悪かったよ、強盗さん。えっと……これでお目こぼししてくれないか?」


「お? おぅ、お前なかなか物わかりいいじゃねぇか。ぶつかって得したぜ、ヒャハハッッ!」


 それ、アンタの財布の金だけどな。


 ハッピーな強盗野郎はバカみたいにヘラヘラと笑いながらこの場を去っていった。

 すぐに俺も路地裏に露天商を引っ張り込んで、強盗の財布から金を抜いた。


「ほら、取られた分はこれで足りるだろ」

「えっ……で、ですが、見ず知らずの方に、こんな施しは受けられません……」


「俺の財布じゃない。これはアイツの財布だ」

「……えっ!?」


 盗んだ金で串に刺した唐揚げを露店で買って、俺は香ばしい匂いと一緒に銀行へと入った。



 ・



「つむじ風のドゥ様ですね……。はい、確かに、ご本人様の指紋のようです。本日はお引き出しでしょうか、お振込でしょうか?」

「ああ、1億オーラムを下ろしたい」


「い……1億っっ?!!」

「多過ぎるか? なら今日のところは5000万オーラムで」


「お、お待ち下さいお客様……それはさすがに、急には無理です……」

「一刻も早く口座を空にしたいんだ。貯金があると、落ち着かん……」


「は、はい……?」

「全額処分して身軽になりたいんだ」


 そうこちらの意向を伝えると、受付嬢が大げさに首を傾げて固まった。


「あの、お客様……? 私にはお客様のおっしゃることの意味が、よく……」

「いいから下ろせるだけ下ろさせてくれ」


「あっ、支店長!」


 ところがそこに受付嬢の上司と覚しき正装(ダルマティカ)の男と、この銀行の用心棒たちがやってきた。そいつらは客である俺を取り囲んで、腰のショートソードを次々と引き抜く。


「それが預金者にする態度か?」

「盗賊ドゥ、当銀行はあなたに渡す金など1オーラムもありません」


 受付嬢が悲鳴を上げて逃げ出してゆくのと入れ替わりで、白髪混じりの上司がカウンター越しに立った。


「俺の金をネコババする気か?」

「当銀行への名誉毀損ですな。あなたが預金された1億オーラムは、クロイツェルシュタイン王国の国庫に返金されました」


「それは――そうか、それはやられたな」

「おや、思いの外に淡泊なお言葉ですね。国に騙され、切り捨てられたというのに……フフフ、ですが、盗賊にはお似合いの仕打ちですよ」


「銀行員からすれば当然の感想だろうな。最近の言葉で言うところの『ザマァ』ってやつだ」


 俺は悪だ。悪党の語る正義ほど矛盾しているものはない。

 騙したやつも悪いが、騙された俺が最も悪い。

 騙し、盗み、人の物を奪って生きている俺が、今回騙される側に立っただけのことだ。


「つむじ風のドゥ、なかなか面白い方ですな……。ですが、貴方には1000万オーラムの懸賞金と逮捕状が出ています。残念ですが、当銀行の資本金となっていただきましょう」

「そんな金、自分たちの懐に入れちまえばいいのに……アンタも大概だな」


 彼がかかれと声を張り上げると、一斉に警備兵たちが襲いかかってきた。

 俺は剣の乱舞をかいくぐり、カウンター攻撃で敵の二の腕をダガーで切り裂いた。


「アンタの動脈を傷つけた。それ、早く止血しないと死ぬぜ」

「気を付けろ! あのナイフ恐ろしく鋭いぞ……っ!」


 兵の1人が仲間の止血に回った。

 1人傷つければもう1人減る。俺は警備兵たちのコットン製の厚手の布鎧を切り裂き、8名いた警備兵たちを残り2名まで減らした。


「な、なんて素早さだ……っ」

「アンタのその剣、ダマスカス鋼か?」


 実は警備兵に取り囲まれた時点で、獲物の目利きを済ませてあった。

 警備隊長が持つその剣は、たかだか銀行の警備兵にはあまりに過ぎたる業物だ。


「そ、それがどうした……っ!」

「それ、どこで手に入れた? アンタごときが買えるような物じゃない」


「これは……これは、その、お、俺がバザーで買ったものだっっ!」

「そうか、盗品か。なら1億オーラムの利息はそれにしよう」


 俺の目利きが正しければ、あれ1本で800万オーラムの価値がある。

 俺は放たれた矢となって警備隊長の懐に突っ込み、斬り裂き、いつものように悪党から価値ある品を奪い取った。


「お、俺の……俺のダマス、カス……うぐっ……」

「帰るぞ、モモゾウ!」

「ピィ……ッ、ドゥはモモンガ使いが荒過ぎるよぉ……っ」


 地方通貨――つまりこの地方だけで流通する札束を背中に乗せて、相棒のモモゾウが俺の肩に飛び戻ってきた。


「でかした、偉いぞモモゾウ」

「へ、へへへ……だってボクチンはドゥの相棒だもん」


「ああ、お前だけが俺の頼りだ」

「ピィッ♪ もう、しょうがないなぁ、ドゥは!」


「いちいち舞い上がるな」


 銀行を出た。小心者の盗賊モモゾウは俺に札束を渡すと、すぐに荷物袋の中に隠れてしまった。

 当然、往生際の悪い連中が俺を追ってきた。何せ俺を捕まえれば1000万オーラムだ。


「待て! お、おい、お前ら邪魔だ、どけっ!」

「アイツを捕まえれば1000万オーラムなんだぞ!」


 そこで俺はモモゾウが回収した紙幣を頭上に撒き散らして走った。

 これも盗賊王に教わった技だ。人が金に群がり、それが混乱となって追っ手を阻む。追撃者は俺を見失った。


 路地裏に身を潜めると、後ろで縛っていた髪を切った。

 たったそれだけで雰囲気も人相も変わる。そのための長髪だった。


「ちょっと高いな、これだけ買うから半値にしてくれ」

「まあいいよ。4000オーラムだ」


 続いてバザー街の人混みに身を隠すと、食料と水を買った。


 モモゾウの好きな木の実を袋に入れてやると、中でイソイソと整理を始めた。……この荷物袋はモモゾウの巣みたいなものだ。


「安いよ安いよ! 超高級水晶メガネが安いよ!」

「それ、いくらだ?」


「おお、お客さんお目が高い、1本28万オーラムでさ! 何せリーングラード製の高級品だからねぇ!」


 濁ったメガネを売る男がいた。

 かけてみると少し曇っていて、磨き方が甘いのか世界が少し歪んで見えた。


「俺の目利きでは1本7万オーラムがせいぜいってところだな」

「はぁっ!? お客さん、商売の邪魔はよしてくれよ」


「そりゃ悪かったな」


 メガネを店頭に返して、俺は残った紙幣をわざと落として気づかない振りをした。

 まんまと詐欺師がそれにつられた隙に、俺は曇ったメガネを1本拝借して店を離れた。


「どうだ、モモゾウ、変装になってるか?」

「うん、ビックリするくらい似合わないよ!」


「なら問題ないな」


 さて、目指すはクロイツェルシュタイン王国王都セントアークだ。

 俺につまらない懸賞金をかけて、1億オーラムを踏み倒したからには、それ相応の報復を受けてもらう。


 盗賊王の教えその5『やられたらやり返せ。ただし盗賊の流儀を忘れるな』

 相手が王侯貴族だろうと関係ない。騙したやつは騙し返す。それが俺と盗賊王の流儀だ。


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